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03 孤児院

更新履歴

2024年09月02日 第3稿として、大幅リライト。

2021年12月03日 第2稿として加筆修正

 孤児院の夕食は、とても質素なものでした。ひとかけのパンと野菜が少し入ったスープ――ただそれだけです。

 食堂には20人ほどの子供たちが集っていますが、食べ飽きているのかなかなか食が進みません。パンをつんつんしたり、ため息をついたりと、もっとおいしいものが食べたい思いばかりが募ります。

 そんな中、リーゼの様子だけが違いました。一心不乱にスープをすすり、パンにかじりついているのです。


 んぐんぐんぐんぐ……もぐもぐもぐもぐ……。


 あまりの食べっぷりに、向かいの席に座るダニーがあっけに取られました。


「なんだぁ? そんなに腹減ってたのかよ?」


 エミリーが自分のお皿の固いパンをちぎって、大きい方を差し出しました。


「私のも半分食べる?」

「ん、んぐっ」


 パンが喉につかえたリーゼの頬が、真っ赤に染まります。


(そんなにがっついてた? 恥ずかしい)


 リーゼは隣の席に座るエミリーに、あわてて手を振りました。


「ううん、いいよ。久しぶりに食べたから、おいしくて」

「久しぶり? いつから食べてないの?」


 生前、点滴だけで栄養を取るようになったのはいつからだったでしょう? 意識が混濁していたのでよくわかりませんが、ずいぶん長い間食べていなかったように思います。


「ん~、よくわかんない。ほら、記憶喪失だし」

「そっか……大変だったね」

「この薄いスープがうまいとか、うらやましいぜ」


 ダニーがため息をつきながら、スープのイモをスプーンでもてあそびます。


「あ~あ、肉食いてぇなぁ」

「いいねぇ、お肉ぅ。ずいぶん食べてないねぇ」


 ダニーの隣に座っているニコラの大きな口が、よだれが垂れそうなぐらい緩みました。きっと焼き立ての肉の塊を想像しているのでしょう。

 ダニーがスプーンを剣に見立てて、振り回しました。


「15歳になったら冒険者になって、肉を食いまくってやるんだ!」


 ニコラも大きくうなずきます。


「うんうん、角ウサギとかワイルドボアを狩って、お肉食べ放題だよぉ」


 角ウサギもワイルドボアも、街の近くの森にいる低レベルのけものです。LV120のリーゼなら、一撃で倒せるはずなのですが――。


(今の自分に戦うことなんてできるのかな? 剣なんか、振ったこともないし)


 ゲームではボタンを押せば剣を振るってくれますが、リーゼが振るってきたのは新体操のリボンやクラブです。剣は腰のベルトに下がってますけど、まだ抜いてもいないのです。

 ダニーがリーゼに尋ねました。


「リーゼは、大きくなったら、なんになりたいんだよ?」

「え?」

「そんな格好してるし、やっぱ冒険者か?」


 冒険者とは、ギルドの依頼に応じて魔物やけものを狩って、収入を得る職業のことです。依頼によっては遠くの村や山へ遠征したり、違う街へ旅をすることもあります。

 もちろんリーゼは、冒険者になるなど考えたこともありません。彼女の夢は体操の日本代表になって、オリンピックに出ることです。けど、死んでしまった今ではもう叶いませんし、尋ねられているのはこの世界でなりたいものでしょう。それは――。


「世界中を旅したいけど、冒険者になれるかはよくわかんない。けど、勇者にできることって他に何があるのかな……」

「勇者!?」


 3人の声が揃いました。穏やかそうなニコラまで、細い目を見開いています。


「そ、そんなに驚く?」


 ダニーはもう座ってられません。立ち上がって、リーゼに向かって身を乗り出しました。口の中に残っているパンが飛んできそうな勢いでまくし立てます。


「当たり前だろ!? お前、勇者になりたいのか?」

「なりたいっていうか、もうなってるけど?」

「なってる!?」


 また3人の声が揃いました。

 ――なんでみんなそんな驚くの? リーゼには理解が出来ません。


「だって、簡単だよ? 上級職だけど、いくつかクエストをクリアすればなれるし――」

「ハアァァ?」


 ダニーは気が抜けたように、どすんとイスに腰を落としました。


「なに言ってんだ、お前。勇者様はもう何百年も現れてないんだぞ」

「そ、そうなの?」

「そうだよ。そもそも15歳の神託まで、職業は授からないんだからな! お前、いくつだよ!」

「11歳……ゴメン、よくわかってなくて」


 やはり、この世界は『オルンヘイムオンライン』とは少し違うようです。ゲームでは最初から、【騎士】や【僧侶】などの初級職に就いていました。

 むくれるダニーに、エミリーが困った顔を向けました。


「ダニー、リーゼは記憶がないんだから仕方ないよ」

「そ、そうだけどよ……もう勇者になってるなんて言うから」

「ダニーは勇者に憧れてるからねぇ」


 ニコラが仕方ないとばかりに、うんうんとうなずきました。


「ダニー、食事中に騒がしいですよ」


 いつの間にか、シスターグレースがダニーの後ろに立っていました。


「シ、シスター、だって……」

「リーゼのことは、あとで水晶球で見ますから。身分証も作らなきゃならないしね」


 シスターグレースがにっこりと微笑みました。


(水晶球? あ……ステータスを見られるんだ)


 リーゼは気が進みません。自分が何百年も現れていないという勇者なことが確定したら、どうなるのか……。けどもう夜ですし、どこにも行くところがありません。

 リーゼはあきらめて、成り行きに任せることにしました。



  ◆  ◆  ◆


 教会の礼拝堂にある祭壇の前には、孤児たちの人だかりが出来ています。中心にいるのはもちろんリーゼ。突然やってきた勇者を名乗る少女のステータスに、みんな興味津々なのです。


(目立つのは苦手なのに……)


 リーゼになってからもそうですが、凜星は瞳が大きく、顔立ちも整っているので、目立つ女の子でした。なので、体操の競技会で高い点を取ると、周りの女の子から「かわいいからヒイキにされてる」と、やっかみを受けていたのです。

 ――目立ってもいいことない。凜星は次第に、大好きな体操をしていても笑わない子になりました。


「さ、手を水晶球の上に乗せて。基本的なことがわかるから」


 シスターグレースがにっこりと迫ります。

 (まだか)(早くやれ)そんな周りの子たちの無言の催促に、リーゼは覚悟を決めました。もう隠しようがありません。


(行け! 個人情報!)


 右手をかざしたその瞬間、水晶球が爆発しました。――いえ、爆発したかのような光を発して、礼拝堂を真っ白に染めたのです。


「こ、こんな輝き、見たことない」


 目を開けていられないような閃光です。シスターグレースも、リーゼも、みんな手をかざして光を遮ります。

 ――やがて、ゆっくりと光が収まると、水晶球の上の空間にリーゼのステータスが浮かび上がりました。


 【名 前】リーゼ

 【種 族】人

 【職 業】■■

 【年 齢】■■

 【レベル】20


 職業と年齢のところが正しく表示されていません。想定外のことが起こったかのように、黒く塗りつぶされています。

 リーゼの右横から水晶球を覗き込んでいたダニーが、不満そうに口を尖らせました。


「なんだよ、職業んとこがつぶれてわかんねーぞ」


 左横から覗いていたエミリーも続きます。


「歳もわかんないね」


 ダニーの後ろから覗き込んでいたニコラが、指をさしました。


「そ、それより、レベルを見てよぉ」


 あ――。孤児たちの心が1つになりました。


「レベル20!!!????」


 大人のシスターグレースまでが、大きな声を上げました。


(ん? なんでそんな驚くの? っていうか、本当は120なんだけど? この表示、バグってるよね?)


 リーゼが水晶球から手を離すと、ステータスが消えて、礼拝堂に本来の薄暗さが戻りました。

 ――虫の音が聞こえそうなほどみんなが言葉を失う中、シスターグレースのか細い声が漏れました。


「信じられない……この街で一番お強い騎士団長様でも、レベル16だといわれているのに……」

(そうなの? 弱すぎじゃない?)


 ダニーがシスターグレースに突っ込みます。


「職業が出なかったのはなんでなんだよ?」

「それは……おそらく年齢がうまく判定できなかったので、職業を授かっているのかどうかわからなかったのでしょう。本来、職業は15歳で授かるものですから、気にすることはありません」

「チェ~ッ、勇者かどうか分からずじまいかよ。スッキリしねぇなぁ」


 拗ねるダニーを置いて、シスターグレースがリーゼに問いかけました。


「それより、レベルですよ。どうしてそんなに高いの? なにかした?」

(なにかって……いろんな高レベルダンジョンに潜って、ボスキャラを倒しまくっただけなんだけど? ――あ、これはレベル120になったワケだった。レベル20は誰でもすぐなれるから、理由なんてないよ)


 そもそも、どうしてレベル20と表示されたのでしょう? ――考えられるのは、100の桁を表示出来ないこと。

 『オルンヘイムオンライン』はサービス開始当初、最大レベルが99に設定されていました。その後、ユーザーのレベルアップに伴い、レベル110、120と段階的に上限が開放されてきたのです。

 であれば、この世界はレベルキャップ開放前の世界をベースにしているということになります。


 ダニーはリーゼのレベルに納得がいきません。


「レベル20なんて信じらんねーよ。光りすぎて壊れたんじゃねーの」

「そうね……」


 シスターグレースにとっても、ダニーの言い分の方が納得いくようです。


「きっと水晶球の調子が悪いのね。多分……レベル2の間違いね」


 負けず嫌いのダニーの顔がほころびました。


「そうそう! 俺もニコラも職業なしのレベル2だぜ。エミリーは……」

「レベル1」

「な、そういうことだって」

「ダニーの言う通りね。身分証はレベル2で作りましょう。いいわね、リーゼ」


 リーゼはこくりとうなずきました。目立ちたくないリーゼにしてみれば、ありがたい申し出です。

 レベル20でこの騒ぎですから、120であることが知れたらどうなってしまうのか考えたくもありません。


(レベルだけは、誰にも知られないようにした方がいい)


 ――リーゼはあらためて、個人情報の取り扱いに注意しようと心に誓うのでした。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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