24 旅立ち
更新履歴
2025年 6月11日 第3稿として大幅リライト
2021年 12月23日 第2稿として加筆修正
それから、リーゼは孤児院のみんなと楽しく過ごしました。
畑を耕し、ヒルラ草を摘み、おいしいご飯を食べて、勉強もしました。
何の妨害もない穏やかな日々が、何事もなく過ぎていきます。
ダニーたちは、別れの日が近いことをなんとなく悟っていました。けれど、口に出すことはしませんでした。リーゼが本物の勇者だってこともわかっていましたけれど、口にしませんでした。リーゼが何者であるかなんてどうでもよかったのです。ただこの楽しい日々が、1日でも長く続いて欲しかったのです。
――三ヶ月が経って、壁沿いの畑に再び実りが戻ってきました。日陰を好む野菜たちが朝露でキラキラと輝き、新たな希望を孤児院に届けてくれます。
ダニーも、エミリーも、ニコラも、どの子の顔にも笑みが溢れていました。けれど、どこか寂しそうでもあります。――なぜなら、これでもうリーゼが孤児院に留まる理由がなくなってしまったのですから。
次の週末の自由市での踊りは、この街での最終公演となりました。
いつも以上に熱のこもったリーゼの踊りに、集まった観客たちは割れんばかりの拍手と歓声を送ります。評判の見知らぬ踊りを見ようと、他の街からも人が押し寄せていました。
リーゼの踊りを見つめるエミリーの瞳から涙がこぼれ落ちました。拭っても拭っても頬を伝っていきます。
リーゼの手前の左右に座って、踊る広さを確保しているダニーとニコラも、ひたすら鼻をすすっていました。
その日の晩ご飯は、いつもよりとても豪華でした。畑の実りと踊りの収入で、お祝いが催されたのです。
大皿からはみ出そうなお肉がこんがりと焼かれ、テーブルの真ん中に鎮座しています。畑の野菜を使った料理もたくさん並んで、煮込んだお肉が子供たちそれぞれのお皿に盛り付けられました。
ダニーは大はしゃぎで頬張り、口数が少ないニコラも、口の周りにソースをいっぱい付けながら喋りました。エミリーとリーゼもたくさん食べて、たくさん笑いました。
――そして、夜。みんなが寝静まったあと、いよいよ時が来たのです。
リーゼはベッドを抜け出すと、勇者の初期服に着替えて、孤児院の布の服をきれいに畳んで枕元に置きました。その上に、この世界の言葉で『またね』と書いた紙を乗せます。
同じベッドで眠るエミリーは、背中を向けてスヤスヤと眠っているようです。
(ゴメンね……。泣いちゃうから、そっと行くね)
去ろうとしたリーゼの上着の裾を、小さな手がつかみました。
「エミリー、起きてたんだ」
窓からそそぐ星明かり中で、体を起こしたエミリーがまっすぐにこちらを見ていました。
「行っちゃうの?」
「……うん。もう、私がいなくても大丈夫だから」
「……寂しいよ、リーゼ」
「私も……けど、世界を見て回りたいんだ」
「世界を……そっか……」
エミリーは、精一杯の笑みを浮かべました。
「止められないね。私も……リーゼは、こんな小さな街にいちゃいけないと思うから。だって――」
エミリーは裾をつかんでいた手を放して、祈るように胸に置きました。
「あなたは、勇者だもん。私たちにくれた奇跡を、世界中で起こしてあげて」
「私は何にもしてないよ。みんなががんばっただけ」
「ううん……みんな、リーゼからもらったよ……」
――勇者さまの勇気を。
最後は胸がいっぱいで言葉になりません。けれど、潤んだ瞳がそう伝えていました。
見送ってくれるというエミリーと一緒に1階へ降りて、そっと正面の扉を開けると、そこにはダニーとニコラが立っていました。後ろにシスターグレースもいます。
リーゼが小さな声を漏らしました。
「どうして……」
ダニーが両手を組んで呆れます。
「お前の考えなんてお見通しなんだよ! ほんっっと、夜中に出て行くの好きだよな!」
シスターグレースが2階に向かって呼びかけました。
「みんなーっ! リーゼが出てきたわよーっ!」
並ぶ部屋の明かりが一斉に灯り、騒がしい物音が響きました。どうやら、みんな起きていたようです。我先に階段を降りて、扉を飛び出し、リーゼを取り囲みました。
「ありがとう」「行っちゃヤダ」「寂しいよ」みんな泣いていました。リーゼの大きな瞳からも涙があふれてきます。
「もう、泣くってわかってたから、こっそり行こうと思ってたのに」
シスターグレースが、小さな革袋を差し出しました。
「リーゼ、これ、少ないけど」
「お金ならいらないよ。どうとでもなるし」
「そんなこと言って……」
「ここで生き方を教わったから大丈夫。読み書きも出来るようになったしね」
「……私たちこそ、あなたに生き方を教わったのよ。……強く、諦めない心をね……」
「……また、帰ってくるよ」
「ええ、きっとね」
ダニーがリーゼの前に出て、胸を張りました。
「リーゼ、俺はもう勇者にはならない!」
「えっ?」
「勇者はもう、お前がいるからな。だから――」
ダニーが腰紐に差したエクスツリーレを抜いて、夜空に掲げます。
「俺は、騎士になる! みんなを……いや、世界を守れるような正しい騎士に!」
そこには、勇者ごっこで遊んでいた無邪気な子供の姿はありません。たくましく成長した少年の姿がありました。
「……そっか。なれるよ、ダニーなら必ず」
「ありがとよ!」
エミリーがポケットから何かを取りだしました。
「リーゼ、これ」
エミリーの手のひらには、自由市で見かけたリボンのヘアアクセがありました。いつかお揃いで買おうと約束したリボンです。
「お小遣い貯めて買ったの。私の代わりに連れてって」
エミリーがリーゼの髪にリボンをつけてくれました。艶やかな黒髪にピンクのリボンがよく映えます。
「とっても似合うよ、リーゼ」
「ありがとう……」
リーゼは照れながら、エミリーの耳元でささやきました。
「あとで、枕元を見てみて。同じリボンがあるから」
「え……」
「考えることはいっしょだね」
「……うん!」
2人は頬を寄せ合って笑いました。ぽろぽろと涙をこぼれていきます。
「それじゃ……行くね」
ダニーが鼻をすすりました。
「気をつけてな!」
シスターグレースが精一杯の微笑みを浮かべます。
「無理しないようにね」
みんな、思い思いに別れの言葉を告げていきます。そして――。
「アカべぇーっ! おいでーっ!」
街の壁の向こうでピンクの塊が跳ねました。そのまま、きりもみしながらリーゼの背後に飛来して、クルリと回って着地します。
誇らしげに立つピンクのクマを、孤児院のみんながぽかんと見上げました。
「みんなにはもう、隠してもしょうがないからね。従者のアカべぇだよ」
「ウガッ!」
アカべぇは気をつけの姿勢をすると、誇らしげに敬礼しました。森の狂王と恐れられる凶暴なクマが、リーゼの言うことには従順なようです。
「実はね、畑を耕すの手伝ってくれてたんだよ」
ダニーがはっとしました。
「あっ! 朝起きたら掘り起こされてたのって……」
「ウガガッ!」
ダニーの言葉が終わる前に、ピンクのクマが自慢げに胸を叩きました。
どこかユーモラスな仕草に、孤児院の子供たちが微笑みます。
「ほら、乗るからしゃがんで」
ピンクのクマがひざまずいて、リーゼを肩に抱えました。
「みんな、またね~! 元気でね~!」
リーゼを乗せたピンクのクマが宙を舞いました。
孤児院のみんながお別れの声を上げる中、あっという間に街の壁の向こうへ消えていきます。
月夜が照らす畑の前で、ダニーも、エミリーも、ニコラも、シスターグレースも、みんなが前を向いています。もう、いつもうつむいていた孤児院の姿はありません。リーゼの残した勇気が、みんなの胸に宿っているのです。
ダニーは腰のエクスツリーレを、ぎゅっと握りしめました。
――数年後、木の枝の剣を旗印とする平民の騎士団が立ち上がりますが、それはまた別のお話なのです。
第1章、最後まで読んでいただきありがとうございました。
これからも、リーゼの活躍を読んでいただけますと幸いです。
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