23 騒動のあと
更新履歴
2025年 5月4日 第3稿として大幅リライト
2021年 12月22日 第2稿として加筆修正
数日後、フィリッポスとゴルドフを始めとするオーデンの騎士十数名は、ルクシオール王国の王命により派遣された騎士団に捕らえられました。孤児院への数々の弾圧や、畑への放火、シスターと孤児たちの誘拐未遂など、罪状にはいとまがありません。火の精霊が召喚されたことや、勇者を名乗る少女が立ち向かったこと、森の狂王と妖精が現れ、魔王と覚しき魔族が大火を鎮火したことなどは、絵空事として処理されました。
山々に日が沈もうとしています。
オーデンの門を出たところで、リーゼはエリオに尋ねました。
「これでよかったの? ずいぶん曖昧になっちゃったけど」
「はい。これでよいのです。深く探られれば、あなた様が勇者であることを王国の騎士団に知られる可能性がありましたから。自由に生きることを捨て、王に仕えるということであれば、とことん追求するよう騎士団に働きかけますが?」
「絶対にヤダ」
想像通りの答えに、エリオが口元を緩ませました。
「そう言うと思っていました。――そもそも王国の騎士団は、面倒な調査などやりたがらないものなのです。魔王の出現など、調べようがありませんしね」
それもそうか、とリーゼは納得しました。
「勇者を名乗る少女の出現を隠したことにより、あなた様が誘拐されたことがなかったことになりましたが、多少罪が減ってもフィリッポスとゴルドフが牢から出ることはありません。ご安心を」
エリオは胸に手をあて、頭を下げました。沈む夕日に満足そうな面持ちが浮かびます。
「それでは、しばしのお別れです。お元気でお過ごし下さい」
「そっか……もう行っちゃうのか……」
「旅商人としては長く留まりすぎました。次の街へ向かう、ちょうど良い時期です」
リーゼはしんみりとうな垂れました。
「いろいろありがとう。……ゴメンね、巻き込んじゃって」
「何をおっしゃいますか。リーゼ様が謝ることではありません。むしろ、私は感謝しているのです。私は――」
――生きる意味を見出しました。と、心の中でつぶやきます。
「いえ、それでは何かご用命がありましたら、いつでもこのエリオをお呼び立てください。地の果てからでも駆けつけます」
エリオはマントが汚れるのも構わず、リーゼの足下に跪きました。
「も、もう! ひざまずかなくていいって! 門兵さんがビックリしてるから!」
街を出る手続きを終えて、門から出てきた火のサラと楽師の2人が、ニヤニヤしながらそばに来ました。
「好きでそうしてんだから、ほっときなって。その商人は、あんたに心酔しちゃったんだよ」
この3人がエリオの従者であることを、リーゼは察しています。逆にエリオたちも、リーゼが勇者であり、魔王であり、おそらく獣人の盗賊であることも察しています。なぜ種族を変えられるのかわかりませんが、多分そうなのです。
誰しも、お互いの素性には触れません。――これまでの関係を大切にしたいから。
サラたちともお別れの時です。リーゼは笑顔で赤い髪の女を見上げます。
「今度会ったときは、一緒に新体操やろうね」
「ああ、楽しみにしてるよ。あれは、私に向いてる気がするんだ」
「そうだね。大人の女性の方が映えるよ」
「やはりそうか。ますます稼げそうだ」
エリオが勢いよく立ち上がりました。
「リボンのご用命の際は、ぜひともこのエリオまで。火の色合いに染め上げて、すぐにお届けいたします」
「さすが商人、抜け目ないねぇ」
みんなで笑い合いました。この時がずっと続いて欲しいと思ってしまうほど、幸せな時です。
エリオが尋ねます。
「リーゼ様も、この街を出るおつもりなのでしょう?」
「……うん、畑が元に戻ったらね。孤児院はもう大丈夫だと思うから」
「賢侯であられるバウラス辺境伯が、再び領主となられましたからね。ヨルリラ草のおかげで病も安定しているようです」
「フィリッポスが嫌がらせで買い占めたヨルリラ草が、役立ったってこと?」
「そういうことです」
また、みんなで笑い合いました。
「それでは、リーゼ様、またどこかの街でお会いしましょう。その時をこのエリオ、心よりお待ちしております」
「うん、またね、エリオ。グレイハウンドに絡まれても助けられないから、気をつけてね」
「【魔除けの香】を絶やしませんので、ご安心を」
エリオがサラたちに顔を向けました。
「サラ様たちもお元気で」
「ああ、あんたもな」
エリオが来た道を戻っていきます。リーゼと出会った道です。
サラがリーゼに向けて、片目をつぶりました。
「リーゼ、また会う時を楽しみにしてるよ」
「うん、私も」
恰幅のいいラルが腹を揺すりました。
「音楽が必要ならいつでも呼んで下さい。駆けつけますよ」
細面のズーイも続きます。
「ラルと2人で、あなた様に合う曲を考えておきます」
「ホント!? ありがとう!」
「ったく、誰の楽師なんだか。ほら、行くよ」
サラたちが、エリオと反対の方向へ歩き始めました。
リーゼはみんなを見送ります。ずっとずっと、背中が丘の彼方へ見えなくなるまで――。
西の山に、ゆっくりと日が沈んでいきました。
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