21 魔王の力
更新履歴
2025年 3月29日 第3稿として大幅リライト
2021年 12月18日 第2稿として加筆修正
火の精霊の巨大な歯が、ガチガチとぶつかり合う音を発しています。見上げる暗い空に浮かぶ少女の禍々しいオーラに、震えが止まらないのです。
勇者の従者である森の狂王も、あんぐりと口を開けて天を仰いでいます。しきりに首を傾げているのは、状況が飲み込めないからでしょう。
「アハハハ、その姿になっちゃったか~。いいぞ~、世界をぶっ壊しちゃえ!」
唯一状況をわかっている妖精ウィンディだけが、拳を振り回してはしゃいでいます。
「消えて!」
暗雲からのぞく満月を背に、魔王が羽ばたきました。小さな体から伸びる両翼から生まれた風は、見かけに反して突風を生み、地上に吹き荒れました。
「きゃあぁぁっ!」
吹き飛ばされまいと、シスターグレースがダニーを抱えたまま身を伏せました。孤児たちも身を寄せ合います。
「ゴメン! ちょっとだけがまんして!」
リーザが孤児たちに叫びましたが、風の音で声が届くことはありません。
畑の炎が消えました。すかさずリーザは羽ばたくのを止めました。嵐が吹き荒れていた時間は、ほんの一瞬のことです。
「ああ……」
間に合いませんでした――。
畑はすでに焼けただれ、ブスブスと黒煙を燻らせています。これではもう……収穫は望めません。
落胆したリーザの眼差しから光が消えました。とても悲しげな面持ちでしたが、地上から見上げる者たちからすれば、冷酷な魔王そのものに見えたことでしょう。
エリオは震える手で左の前髪をかき上げると、魔王と名乗った少女を見抜きました。ラルも鑑定で続きます。
【名 前】リーザ
【種 族】魔族
【職 業】魔王
【年 齢】■■
【レベル】20
間違いなく魔王です。古来より、人を恐怖に陥れてきた魔を統べる王が、300年の時を経て、再びこのオーデンに出現したのです。
「なぜ――あんなにもリーゼ様に似ているのだ……」
エリオがそう思うのも無理はありません。血の気のない肌の色や、爬虫類を思わせる縦長の瞳孔はまさしく魔族のものですが、目鼻立ちと体格はリーゼそのものなのです。名前もリーザ。――これが偶然と言えるのでしょうか? ですが、人であり、魔族でもあるなど、あり得ることではありません。
リーザが音も無く地上に降り立ちました。その静かなたたずまいには内に秘めた怒りを感じます。視線の先にある火の精霊が、首を振りながら、2歩、3歩と後ずさりました。
「どうした! 戦え! あの小さな魔族がなんだと言うのだ!」
火の精霊は精霊ですが、魔に近い存在です。フィリッポスが如何に叫び命じようと、魔を統べる王に立ち向かうなど、出来るはずがないのです。
「ゴルドオォォフ! 騎士団に命じる! 街の守護者の誇りにかけて、あの魔族を葬れ!」
「ははーっ!」
しばらく身を休めて、力を取り戻したゴルドフが前に出ました。
「取り囲め! 魔族は滅せねばならん!」
訓練された動きで、騎士たちがリーザを取り囲みました。ですが、リーザの放つ凄みに圧されて、剣を持つ手が震えています。
「魔族め、あの小娘に呼ばれたか? まさしく異端の者であったな」
リーザは、大きなため息を吐きました。
「魔族だとか、異端だとか言うけど、そっちの方がよっぽどヒドくない?」
「ぬかせェェ!」
ゴルドフが大きな剣を振りかぶりました。
――その瞬間です。リーザの小さな右の手のひらがゴルドフに向けられました。
「【暗黒】」
ゴルドフの動きが止まりました。何が起こったのかわからず、頭を左右に振ります。
「な、なんだ? 急に暗闇に……。卑怯な! 正々堂々と勝負しろ!」
「手加減してあげてんだから、感謝しなって」
リーザは音も無く宙を滑り、ゴルドフの横にいる騎士の傍らに立ちました。
「こっちこっち!」
「そこかぁっ!」
リーザの声がした方向に、ゴルドフが大剣を振り下ろしました。
「うわぁっ!」
大剣を必死でかわす騎士を尻目に、リーザはまたひらりと宙を滑って、違う騎士の隣に立ちました。
「どこ斬ってんの? こっちだって!」
「おのれェェ!」
ゴルドフはリーザの声を追いながら、闇雲に体験を振るい始めました。上から、斜めから、真横から――うなりを上げる大剣に、騎士たちはもうパニックです。
「うわあぁあぁあぁぁぁ!」
騎士たちは戦いどころでは無くなり、散り散りに逃げ始めました。
「こら! 待て! 戦わんか!」
必死に制するフィリッポスの前に、リーザが立ちました。
「まさか……」
フィリッポスに嫌な予感がよぎります。もちろん、そのまさかです。
リーザは、見当違いの場所で剣を振りまくっているゴルドフに向けて、楽しそうに呼びかけました。
「ほらーっ!、こっちこっち! こっちだってーっ!」
「うおぉおぉぉぉ!」
突進してくるゴルドフを見て、フィリッポスが青ざめました。
「やめろおぉぉ!」
「こっちこっちーっ!」
逃げるフィリッポスの上を飛びながら、リーザはゴルドフに声をかけ続けます。
「ヒィヒィ……」
太った足でドタドタと走るフィリッポスは、ゴルドフが大剣を一振りするごとに距離を詰められていきます。
「だ、誰か! 誰かゴルドフを止めないか!」
そうは言われても騎士たちも命が惜しいです。誰一人として、フィリッポスを助けようとはしません。
「誰か止めろおぉぉ!」
グシャッと鈍い音がして、ゴルドフが潰れました。指輪の持ち主の命令に従い、火の精霊が踏んづけたのです。火の精霊は魔王であるリーザには敵いませんが、ゴルドフごときであれば、動きを止めることなど造作もありません。
「あっ……」
予想してなかった展開に、リーザは火の精霊の足下を覗き込みました。
火の精霊がそっと足を上げると、ゴルドフの体はあらぬ方向にねじ曲がり、体は半ば地面に埋まっています。
「殺しちゃったの?」
リーザの問いに、巨大な蜥蜴は大きな頭を振りました。
「そっか、よかった。フィリッポスの命令通り、止めただけなんだね」
巨大な蜥蜴が、今度は縦に頭を振りました。
リーザはゴルドフの顔をのぞき込みました。意識を失い、白目をむいています。
「ずいぶん痛そうだし、ちょっとは反省するといいんだけど」
クルルル……。
火の精霊が細長い舌をチロチロと出しながら、甘い声を出しました。
「あれ? よく見ると、かわいい顔してる? 炎を吐いたのはお前のせいじゃないし、怒ってないよ」
火の精霊は、リーザに従うかのように、傍らでうずくまりました。
「ええい! 火の精霊! なにを懐いておる! 戦え! その魔族を倒すのだ!」
フィリッポスの指輪から、閃光がほとばしりました。
火の精霊の巨体が雷撃を受けたかのように跳ね上がり、地響きを上げてのたうち回ります。
「この子にひどいことしないで!」
リーザが睨みつけますが、フィリッポスは泳いだ目で叫び続けます。
「余が! 余が敗れるなどあり得ぬのだ! 戦えサラマァンダアァアァァ!」
どうやら話が通じる相手ではないようです。こうしている間にも、火の精霊は閃光を浴び続けています。
「もう……【魔の呪い】!」
「ほげえぇぇえぇぇぇ!」
太ったからだが地面に突っ伏しました。息がうまく出来ないのか、ぜい肉に囲まれた口を歪めてあえいでいます。
「うわ~、エグい呪い使ったわね~」
ウィンディーネが、リーザの耳元にやってきました。
「徐々に体力を奪うだけの、一番弱い呪いだよ?」
「それだけ苦しみが長く続くってことでしょ?」
妖精は、やれやれと両手を広げました。
「あんたのかけた呪いを解ける聖職者なんて、この世に何人いると思う?」
「時間が過ぎれば解けるって」
『オルンヘイムオンライン』では、数分で切れていました。
「ん~。桁違いのレベル差だし、3ヶ月は切れないんじゃない?」
「そんなに!? 治してあげようかな……」
「やめときなよ。反省させた方がいいって」
「……それもそっか」
血走った目をむき出しにしてフィリッポスが毒づきました。
「うぐぐ……おのれ……魔族め……お前も、異端の女も、必ず……殺す」
「ほら、あんなこと言ってるよ?」
ウィンディーネに言われるまでもなく、このぶくぶくと太った貴族はまるで反省していないようです。
「……【死の呪い】!」
「ほげぇぇあぁあぁぁぁ!」
フィリッポスの体がのけ反り、口から霊気が噴き出しました。魂が抜けたかのようで、霊気はガイコツの形をしています。
「あ……やっちゃった」
「アハハハハハ! もっと強い呪いかけてるし!」
精根尽き果てたフィリッポスは、大口を開けたまま悶絶しました。もうピクリとも動きません。
「ん~、これはもう1年は解けないわね~」
「え!? それはやりすぎ! 治さなきゃ!」
「いいってもう、放っときなって。今のあんたは魔王なんだから、もっと厳しくしなよ」
「中身は一緒だって」
「クスクス、新しい魔王はとんだお人好しみたい。けど――」
無邪気な妖精が真顔になりました。
「それをよく思わない魔族はいっぱいいるだろうから、気をつけなきゃダメよ」
「もう、またそうやって脅す! 人に気をつけろとか、魔族に気をつけろとか、結局、全部気をつけろってことじゃない」
「それだけあんたが、特別な存在ってこと」
ウィンディーネが、フィリッポスの右手に飛びました。その中指には、火の精霊の指輪が鈍い光を放っています。
「これ、どうする? このままにしとくと、また悪いことに使っちゃいそうだけど?」
「ん~、けど、人の物を盗るわけにいかないし」
「そ~んなこと言ってぇ。バカな命令に従わされる火の精霊がかわいそうじゃない?」
「そっか……そうだよね……本人に返すのがいいか。アカべぇ、指輪を外して火の精霊に渡して」
ウガ? 相変わらずピンクのクマは状況が飲み込めず、首を傾げるばかりです。目の前の主に似た魔族の少女が何者なのか、未だにわからないのです。
「もう! 早くしないと耳引っ張るよ!」
ピンクのクマの背筋がピーンと伸びました。目の前の魔族の王がリーゼだとハッキリわかったのです。なぜなら、血まみれベアである自分の耳を引っ張れる者など、主であるリーゼしかいないのですから。
そそくさと悶絶するフィリッポスに近寄ったアカべぇは、大きな手を器用に使って指輪を外すと、火の精霊に向かって投げました。
火の精霊は長い舌を伸ばして受け取り、大喜びで飲み込みました。これでもう、誰にも縛られることはありません。
すると、火の精霊の体が光り始めました。
「あ、クラスチェンジじゃない?」
「えっ?」
紫の光のシルエットの中、火の精霊の全身に禍々しい棘が生えていきます。
「この子、従者になるの? 頼んでないのに?」
「指輪をあげたことが契約になったんじゃない?」
「え~~~っ」
不満の声を上げるリーゼをよそに、火の精霊はクラスチェンジを終えて、新たにパステルパープルの体を手に入れました。
「名前をつけてあげれば?」
「じゃあ……紫だから、グレープ」
グレープは、舌をチロチロ出して喜びました。
こうして、魔王の従者である【闇従魔】が1体加わったのです。
【闇従魔1】
【名 前】グレープ
【種 族】業火の精霊
【ステータス】に表示されてる名前だけで、何だか強そうです。クラスチェンジ前でも一瞬で畑を焼き尽くしたのですから、今ならオーデンの町を火の海にするぐらい出来るかもしれません。
「ゲフッ! ゴフッゴフッ!」
悶絶していたフィリッポスがうめきました。
「あ、忘れてた」
そう、リーザはすっかりフィリッポスのことを忘れていたのです。
ウィンディーネが遠巻きに見ている騎士たちのそばへ飛び、忠告しました。
「ホラ! 何してんの!? さっさと天聖教会へでも連れて行けば? 寝てる間も体力減ってるんだから、回復薬飲ませないと死んじゃうわよ?」
はっとした騎士たちは、手分けしてフィリッポスとゴルドフの重い体を抱え始めました。巨体と太っちょの両手両足をどうにか持ち上げると、孤児院を襲ってきたときの不遜な姿はどこへやら、背中を丸めて立ち去っていきました。
――戦いは、終わったのです。
東の空にうっすらと光が差す中、エリオがサラたちを従え、リーザに歩み寄りました。
「魔王よ……1つ……我が問いに答えてはくれぬか?」
「ん?」
振り返ったリーザの顔立ちは、やはりリーゼとしか思えません。ですが、蛇のような金色の瞳は明らかに魔族のものであり、頭には角が生えています。
「人が魔族に転じることなどあるわけがない。だが……尋ねずにはいられぬのだ。そなたは……リーゼ様ではないのか?」
リーザは少し驚いて、頬を染めました。そして、目を逸らして言ったのです。
「ち、違うよ」
それで十分でした。真実を見抜く左の目が見抜けなくとも、リーゼと過ごした右の目が知っています。心の主と慕う少女は、ウソをつくときいつも視線を逸らすのです。
「あとは私に任せて、早急に立ち去られよ」
どうやら後始末を全てしてくれるようです。
リーザはエリオの申し出をすぐに理解すると、魔王っぽく胸を張って言いました。
「うむ、そうだな。そうしておこう!」
魔法を唱えました。
「【範囲睡眠】!」
エリオも、エリオの従者も、孤児院の者たちも、このあとのことは何も覚えていません。気づいた時には魔王と従者は立ち去り、焼けた畑の真ん中に、白々しくリーゼが横たわっていました。倒れているフリをしてる間に、本当に眠ってしまったのでしょう。
長い夜が終わりました。
エリオは眠るリーゼにひざまずき、あらためて忠誠を誓います。
目の前で寝息を立てている少女は、強き心を持つ勇者であり、優しき心を持つ魔王でもあります。このことは、絶対に誰にも口外しません。――いえ、言ったところで、誰も信じはくれないでしょう。種族が変わるなどあり得ないことなのですから。
「――世界は変わる。リーゼ様が変えてしまうだろう」
エリオはリーゼの寝顔を見つめながら、人がもうこれ以上、この無垢な少女に醜い姿をさらさぬことを願うのでした。
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