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20 現れた森の狂王

更新履歴

2025年1月22日 第3稿として、大幅リライト。

2021年 12月16日 第2稿として加筆修正

 ピンクのクマは【マイルーム】に備え付けられた冷蔵庫を開けると、少しいびつな形のガラス瓶に入ったミルクと、ひとつかみのヨルリラ草を取り出しました。

 どちらもミキサーに入れて、スイッチを丸い指で押します。


 ヴィィィィィン……。


 みるみるミルクが緑色に染まります。

 あっという間に、体力回復効果バッチリの健康ミルクが出来ました。

 けれど、順調だったのはそこまで。いつの間にか、不満そうな半目を携えたリーゼが後ろに立っていたのです。心なしかストレートの黒髪が、炎の熱気でチリチリになっている気がします。


「もう! まだ体力減ってないくせになにしてんの!? 今、大変なんだからね!」


 無慈悲にクマの丸い耳を引っ張ります。


「ウガガガ……」


 ピンクのクマはなんとかミキサーのボトルに口をつけようとしますが、LV120の攻撃に抗えるわけがありません。


「私はやることあるから、アカべぇは火の精霊(サラマンダー)を相手にして」

「ウガッ……」


 ションボリ引きずられつつも、勇者の忠実な従者であるピンクのクマは、胸に手をあてて敬礼したのでした。



  ◆  ◆  ◆



「ウワッハッハーッ! 燃えろ燃えろォォォ! 忌々しい畑を焼き尽くすがいい!」


 思惑通りの大火を前にして、フィリッポスの太った体が踊っています。


「平民の努力が無に帰すほど愉快なことはない! 余に逆らうからこうなるのだ!」


 もうもうと炎を上げる畑の中から、巨大な影が飛び出しました。


「ウガアァアアアアッ!」


 どんなに歴戦の騎士でも背筋が凍ってしまうような雄叫びです。人の丈をはるかに越える巨大なクマが、毛を逆立てて怒っているのです。


「ウゴオォォォォォッ!」


 クマの怒りは収まりません。それも当然のこと、自ら耕した畑が燃えているのですから。

 炎に飛び込もうとしたサラが、体を地にこすりつけて急停止しました。


「なんだと……バカな……」


 見上げるサラの顔に絶望の色が浮かびます。目の前にいるのは、出会ったら最後、死を覚悟するしかないといわれる森の狂王ではないのか。

 エリオのそばへ追いついたラルが叫びました。


「ブラッディマッドベア! なぜここに!」

「いや、毛の色が違う」


 そう。ブラッディマッドベアの毛色は血を思わせる赤のはずですが、目の前のクマの毛色はピンクです。

 エリオは左の前髪を上げて、赤い目を光らせました。


「ブラッディ……ブレイブベア! ブレイブ――勇者の従者とでもいうのか!」


 ズーイとラルが同時にエリオへ顔を向けました。


「では、リーゼ様の!」


 エリオはうなずきます。リーゼがいつも1人でいたので考えもしなかったことですが、あの幼き勇者にはすでに従者がいたのです。それも――最強の獣である血まみれ(ブラッディ)ベアが。


 血まみれ(ブラッディ)ベアの胸元のモフモフとしたピンクの毛から、妖精ウィンディがヒョコッと顔を出しました。


「あんた、リーゼを助けるつもりだったでしょ? バカね~、気にしなくていいって。この程度の火でどうかなっちゃう子じゃないから」


 サラの体が電撃を受けたように硬直しました。信じられないものを見たかのように瞳孔が収縮します。


「よ、妖精……だと」

「クスクス、驚いた? 明日、みんなに自慢できるね。もっとも、信じてもらえないだろうけど」


 アカべぇが自分を見抜く赤い瞳に気づきました。


「ウガアァアァァァ!」


 我を忘れたように、ピンクの巨体がエリオに突進します。火の精霊(サラマンダー)など見向きもしません。


「あっ、コラ!」


 妖精が飛び出して、大きな丸い耳を全身で引っ張りました。


「片目が赤いけど、あいつはなんにもしてないって! 悪いのはずっと昔の先祖! 怒っちゃかわいそうだって!」

「ウガ……」

「あんたの相手はあのでっかい蜥蜴とかげでしょ? 言うこと聞かないと、リーゼに怒られるよ?」

「ウ、ウガッ!」


 リーゼにまた耳を引っ張られたらたまりません。小さな妖精の何十倍も痛いのです。

 アカべぇは急いで向き直ると、大蜥蜴(とかげ)に突進しました。


 ズドーーーーン!!!!


 地響きをあげて、2つの巨体がぶつかり合いました。

 体勢を崩したのは、二回り大きな火の精霊(サラマンダー)のほうです。たまらず巨大な尻尾を振るいます。丸太数本の太さはあろうかという巨大な尻尾が、鞭のようにしなりながら襲ってきます。教会に当たれば平地になってしまいそうな勢いですが、アカべぇはガッチリと受け止めました。

 火の精霊(サラマンダー)の顔に焦りの色が浮かびます。尻尾を引っ込めると、口に炎を貯め始めました

 アカべぇも大きく息を吸います。


 ゴアアァアアァァ!


 火の精霊(サラマンダー)が炎を吐きました。畑を焼き払った火柱です。


 フゴーーーーーッ!


 アカべぇも負けじと大きな息を吐きました。

 炎は息に押されて、かき消えていきます。


「アハハハ、いいぞ~! やれやれ~!」


 無邪気にはしゃぐウィンディの羽から、輝きが鱗粉のように舞いました。

 エリオも、エリオの従者も、フィリッポスたちも、孤児院の者たちも、目の前で繰り広げられる光景を、ただただ見つめることしか出来ません。

 ――巨大な蜥蜴とかげとクマが戦い、妖精が舞っているのです。


「いったい……なにが起こっているというんだ……。まるで……神話だ……」


 エリオだけではありません。居合わせた全ての者がそう思っていました。

 その時でした――天からゴロゴロといかずちのうねりが轟き、いつの間にか埋め尽くしていた暗雲が、ゆっくりと渦を作り始めたのです。


「どうしたというのだ? これ以上……まだなにかあるというのか?」


 暗雲の渦に導かれるかのように集まった闇が、黒いシルエットを形作っていきます。小さな、少女のシルエットです。


 “悪しき力と天は言う

  闇より出でし、死の翼

  ひれ伏し、許しを請うがいい

  讃えよ! 我が名はリーザ!

  魔を統べる王だ!”


 闇が収束して、姿が浮かび上がりました。

 頭に生えるは、山羊やぎのごとき2本の角。

 背中に伸びるは、蝙蝠こうもりのごとき2枚の羽。

 体を覆う黒く艶やかな布は、無駄のない体の線を強調しながら、見る者を魅了するかのように白い肌を最大限に露出しています。


 魔族――いえ、魔王です。

 勇者に葬られてから300年。新たな魔王がオーデンに降臨したのです。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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