02 出会い
更新履歴
2024年08月28日 第3稿として、大幅リライト。
2021年 12月03日 第2稿として加筆修正
しばらく山道を降りると、ふもとの原っぱに出ました。
リーゼは途中で、魔物や強い獣に出会ったらどうしようかと思いましたが、なんにも出てきませんでした。草むらから急いで逃げ去るような音を何度も聞いたので、避けられているのかも知れません。『オルンヘイムオンライン』でもレベルの差が大きい敵は逃げていったので、おそらくそうなのでしょう。
これならハイキングと変わらないし、歌でも歌いたい気分です。
草むらにしゃがみ込んで、なにかをしている子たちがいました。リーゼと同じぐらいの年ごろで、男の子が2人と、女の子が1人です。
(声……かけてみようかな)
日本語が通じるか不安になりましたが、せっかく初めて出会った子たちなので、話しかけてみることにしました。
「なにしてるの?」
「うわっ! なんだお前!」
一番そばにいた男の子が、びっくりして立ち上がりました。
「あ……ゴメン、驚かせた?」
どうやら日本語が通じるようです。男の子の髪の毛は明るい茶色で、瞳の色は黄色です。とても日本人には見えませんが、なぜでしょう? リーゼの頭の中で日本語になっているのかも知れません。『オルンヘイムオンライン』には自動翻訳機能が付いていましたから。
「い、いきなり寄ってくんなよな!」
リーゼにそんなつもりはなかったのですが、レベルが高いせいで気配がしなかったのかも知れません。
男の子はあどけない顔立ちで、背もリーゼよりちょっと低いです。
「ヒルラ草を採ってるのよ」
隣でしゃがんでいる女の子が、ニッコリしながら教えてくれました。
ヒルラ草は一番効果が弱い回復薬を作る素材で、街からそう離れていない日当たりのいい場所によく生えています。ゲームを始めたころは凜星もよく冒険帰りに採って、お父さんに回復薬を作ってもらっていました。――というのも、彼女は消費アイテムをコツコツ作るのが面倒で、苦手だったからです。毎回、毎回、同じ手順を繰り返して、【成功】したり【失敗】したりをひたすら眺めるだけなんて、なにが面白いのかサッパリわかりません。いつもすぐにコントローラーを投げ出して、「パパ、飽きた」と非難めいた半目を向けました。お父さんはそんな凜星の代わりに消費アイテムをせっせと作り、待ってる間に凜星は気ままに本を読んだり、お休みしたりしていたのです。
「回復薬作るんだ?」
「えっ、作る? そんなの無理、無理。シスターに売ってもらうの」
少女の答えは意外でした。回復薬はヒルラ草3と聖水1に【火の術】を使うだけの、一番簡単な錬金術です。聖水も水1と【光の術】で作れます。ゲームでは初級の錬金術はどんな職業でも使えるので、凜星が転生した世界はゲームとは少し違うのかも知れません。
「俺たちの大事なメシ代になるんだよぉ」
体の大きな男の子が立ち上がって、細い目をさらに細めました。よく見ると、3人ともツギハギだらけの汚れた服を着ています。仕立ても2枚の布を貼り合わせただけの簡素なもので、リーゼが来ている勇者の初期服が立派に見えてしまいます。
「そっか……私も手伝うよ」
「い、いいよ、別に! 余計なことすんな!」
リーゼが裕福そうに見えたのか、最初に声をかけた男の子が反発しました。
「ダニー、手伝ってもらおうよ。たくさん採れた方がいいよ」
「う……」
女の子にたしなめられたダニーと呼ばれた男の子は、引っ込みがつかないのか目を逸らしました。
それなら――と、リーゼは持ち前のかしこさで機転を利かせます。
「私もお金ないから、お手伝いして、少し晩ご飯を分けてもらいたいだけなんだけど?」
ウソはついていません。お金も晩ご飯のあてもないのですから。
ダニーがニヤッと笑いました。
「なんだ、お前、そんな格好して一文無しかよ」
「そう。それに、ここがどこかもわかんない」
女の子がビックリしました。
「えっ!? じゃあ、どうやってここに来たの?」
どう答えるべきでしょう? 転生してきたとは言ってはいけない気がします。ネットでもゲームでも、個人情報をむやみに話しちゃいけないと、お父さんに言われていました。
「……わかんない。気づくと1人で山の中にいて……記憶がない」
「ええっ!? じゃあ、記憶喪失!?」
ますます女の子がビックリしました。
「キオクソーシツってなんだよ?」
「なんにも覚えてないってこと」
「あぁっ!? マジかよ! 大変じゃねーか!」
記憶喪失なのはウソです。前世のことをいっぱい覚えています。けど、この世界のことはなにも知らないので、記憶がないのは都合が良さそうだと思いました。
「ここはオーデンだぞ。それもわかんねーのかよ?」
(オーデン? 『オルンヘイムオンライン』にそんなとこあったかな?)
――覚えがありません。やっぱりゲームとはちょっと違う世界のようです。
「まぁ、取りあえずうち来いよ! シスターには俺から話してやっから」
いきなりダニーに背中をバシバシと叩かれました。活発な男の子のようで、女の子にも遠慮がありません。
リーゼはちょっと痛くて顔をしかめましたが、文句よりもうれしさが勝りました。
「いいの?」
女の子がこくりとうなずきました。
「うん。うちはね、孤児院なの。みんなで助け合って生きてるから、1人ぐらい増えても大丈夫だよ」
「遠慮すんなって。その分、ヒルラ草いっぱい採れよな」
「ありがとう」
身寄りの無いこの世界で、話せる相手がいることは心強いです。それに――いつか、お友だちになってくれるかも知れません。
リーゼは前世でお友だちがあんまりいませんでした。いつ死んでもおかしくなかったので、積極的に作らなかったのです。クラスやスポーツクラブのみんなからは、冷静で暗い子だと思われていたことでしょう。
「俺、ダニー、よろしくな」
最初に話しかけた男の子が、鼻をこすりました。
「私、エミリー」
女の子が笑顔を見せてくれました。赤毛のお下げが揺れてます。
「俺はニコラだぞ」
もう1人の男の子が大きな体を揺すりました。焦げ茶色の短い髪の下にある細い目が、垂れていて穏やかそうです。
「私……リーゼ」
喜んで迎えられる雰囲気に慣れてないリーゼは、うまく笑えません。けど、とてもうれしいです。この世界で初めての出会いですから。
◆ ◆ ◆
ダニーたちと一緒に門をくぐって、リーゼは塀に囲まれた街の中へ入っていきました。門を守る騎士たちは、子供が1人増えたことを気に留めません。孤児の人数などどうでもいいことなのでしょう。
日暮れのオーデンの街は、たくさんの人でにぎわっていました。
買い物をする人、冒険者らしき人――。ゴツゴツとした石通りの道を様々な人たちが行き交います。
石造りの家はどれも3階建てまでで、中規模な街といったところでしょうか。
(うわぁ、海外旅行に来たみたい。ドイツの田舎ってこんな感じかな?)
リーゼはついキョロキョロと周りを見回します。
噴水のある広場に出ると、大きな教会が建っていました。ひときわ背が高くて何十メートルもありそうです。堂々としたたたずまいは教科書か何かで見た大聖堂のようで、見上げるだけで圧倒されます。
ポカンと口を開けてると、ダニーが言いました。
「俺たちの教会はそこじゃねーぞ」
「え?」
「教えが違うんだよ、教えが」
その声が聞こえたのか、すれ違ったシスターがひどく見下した目でダニーたちを見ました。リーゼは戸惑いを隠せません。シスターって優しい人ってイメージなのに――。
気にせず通り過ぎるダニーたちを追って、リーゼもあわてて広場を抜けてきます。
ダニーたちの孤児院は、東の外れにありました。古びた教会に並ぶ小さな2階建ての建物で、高い街の壁に面しています。
(ここに住んでるんだ……)
リーゼは言葉を失いました。高い壁のせいで日当たりが悪く、壁がジメジメしていて、修繕したあとがいくつもあります。
きれいなマンションに住んでいたリーゼにしてみれば、目の前の建物はあまりにみすぼらしくて、人が住んでいるとは思えません。
「ただいまー!」
少し傾いた扉を開けて、ダニーたちが声を揃えました。
「こんにち……は」
リーゼもおずおずと続きます。
「お帰りなさい、ごくろうさま」
シスターが1人、礼拝堂の奥から駆け寄ってきました。20歳ぐらいのきれいな人で、しゃがんでダニーたちを迎える仕草が色っぽいです。そして――。
(大きい……)
そう――見たことがないぐらい胸が大きいのです。
「ほら、いっぱい採れたぜ!」
ダニーがリュックいっぱいのヒルラ草を自慢しました。
「まぁ、ありがとう。これだけあれば、しばらく大丈夫ね」
シスターが申し訳なさそうな笑顔を浮かべます。
エミリーがリーゼの手を引きました。
「リーゼが手伝ってくれたの」
「リーゼ?」
シスターはビックリしました。ダニーの後ろから黒髪の女の子が出てきたのです。
「ど、どうしたの? その子」
「キオクソーシツで身寄りがないんだってよ。俺たちと一緒に置いてやろうぜ」
「ええっ、そうなの!? それは……」
シスターは戸惑いました。傷んだ建物の有様や、ダニーたち孤児の服装の粗末さから分かるように、教会は裕福ではないのです。
――ですが、シスターは胸に手をあて、リーゼに向かって静かに目を閉じました。
「あなたたちが出会ったのは、聖天使エリーゼ様の思し召しね。これからは、私たちとともに歩んで参りましょう」
リーゼの大きな黒目が、きゅっと小さくなりました。
(ん? なんて言った? 聖天使エリーゼ?)
エミリーがリーゼの手を握って、ピョンピョンと弾みます。
「よかったね、リーゼ」
「う、うん」
「フフッ、リーゼというのですね。きっとご両親が、エリーゼ様から名前を頂いたのですね」
(ううん、そうじゃなくて、凜星をファンタジー風にして、自分でつけたんだけどね)
――偶然ってあるんだな。
『オルンヘイムオンライン』には、エリーゼという天使を崇める教会はありませんでした。あったなら、リーゼはもうちょっと名前を変えていたことでしょう。
「私の名前はグレースですよ。詳しい話は食事のあとにしましょう」
そう言うと、シスターはリーゼを教会に招き入れました。
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