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18 盗賊リーニャ

更新履歴

2024年12月19日 第3稿として、大幅リライト。

2021年 12月15日 第2稿として加筆修正

 “キャラクターチェンジ! 盗賊リーニャ!”


 ショートカットワードを唱えると、リーゼの体が光で包まれました。

 輝くシルエットにネコ耳がピョコンと立ち、ちょこっと突き出したお尻からくるりと伸びた尻尾がカーブを描きます。服装も簡素な布の服から、盗賊の初期服に変わりました。フード付きのマントにショートパンツ、上着の丈が短くて、お腹がたくさん出ています。

 光が収まり姿が露わになると、ネコらしく両指を丸めて可愛らしいポーズを取りました。


 “どんな扉も宝の箱も

  この世で開かぬ鍵はニャい!

  頼れる黒ネコ

  盗賊リーニャとは、あたしのことニャ!”


「…………」


 リーゼ――いえ、リーニャはその場にがっくりと崩れ落ちました。自分で登録した変身マクロが痛すぎるのです。生前のこと、凜星(りんぜ)は【システムコマンド】でキャラクターを変えるだけだと味気ないので、自動で再生するポーズとセリフを【キャラクターチェンジ 盗賊リーニャ】というマクロでまとめていたのです。もちろん他のキャラクターに変わるときも、恥ずかしいポーズとセリフが登録されています。


(こっそり魔法少女っぽいことを楽しんでただけなのに……。これじゃ人前でチェンジ出来ないって。――やらないけど)


 そうです。職種も種族も一瞬で変えられるなんて、きっとリーゼにしか出来ません。目立つと妬まれて良くないことが起こるのは、仲良くなった妖精ウィンディに忠告されるまでもなくわかっていますから、絶対人前で見せないと心に誓いました。


(だから、恥ずかしくても大丈夫!)


 気を取り直したリーゼは、手枷の南京錠に向かって声を発しました。


解錠アンロック!」


 ガチャリと音を立てて、あっさりと手枷の南京錠が外れました。【解錠アンロック】は盗賊特有の【スキル】で【魔法】のようなものです。なので、鍵穴にヘアピンを突っ込んでこねたりとか、そんな手作業は必要ありません。【解錠アンロック】と唱えるだけでいいのです。リーニャはレベル120ですから、おそらくこの世界に外れない鍵はないでしょう。


 次は鉄格子の錠前に、自由になった右手をかざしました。


解錠アンロック!」


 もちろん、あっさりと鍵が開きました。


「これって……宝箱とか棚の鍵も開け放題っぽい。……正しいことにだけ使わなきゃ……家の鍵を無くしたときとか……」


 牢を出ると、通路の端をふさぐ鉄格子の向こうから、殴りつけるような音とうめき声が響いてきました。鉄格子が開かれて誰かが入ってきます。


「えっ、サラ?」

「……リーゼ?」


 顔を見合わせた2人から声が漏れました。

 サラが目を凝らします。リーゼに似ていますが、その目の瞳孔は黄色く縦長で、ネコ耳も生えています。


「違う、獣人か? ――ラル、鑑定だ!」


 振り返ることなく、背後の小太りな黒装束の男に命じました。


「はっ! 鑑定アプレイズ!」

(あ! 鑑定持ちなんだ。こっちだって持ってるよ!)


 リーゼはラルに続いて、右手をサラに似た赤黒い装束の女と、黒装束の男に向けました。


鑑定アプレイズ!」


 【名 前】リーニャ

 【種 族】獣人

 【職 業】盗賊

 【年 齢】■■

 【レベル】20


 【名 前】サラ

 【種 族】人

 【職 業】踊り子

 【年 齢】23

 【レベル】26


 【名 前】ラル

 【種 族】人

 【職 業】楽師

 【年 齢】42

 【レベル】18


 ラルが右手を降ろして身構えました。


「名はリーニャ、間違いなく獣人です。盗賊レベル……20、年齢不明」

「に、20!? 伝説級の盗賊だとでもいうのか? しかも、リーニャ? 名まで似ている……」


 リーニャが呆れた声を出しました。


「踊り子に楽師とか、絶対ウソでしょ? ホントは暗殺者アサシンかなんかだよね? どうやってごまかしてんの?」

「あの声……それに口調もリーゼにそっくりだ」


 まずい――。リーニャの丸まった尻尾がピーンと伸びて、ネコ目が見開かれました。見た目が変わっても声がそのままなので、ごまかさなければなりません。それなら――


「ん~、もしかして、あんたたちもリーゼを助けに来たニャン?」

「ニャン?」

「もうあたしが助けたから、大丈夫ニャンよ?」

「なんだと!?」

「今ごろ、孤児院に帰ってるんじゃなニャいかな?」

「怪しい奴め。話を聞くまで、ここを通さん!」


 サラが剣を抜きました。刀身が半月のように湾曲した片手剣――ハルパーです。


(うわぁ、ぜったい暗殺者アサシンだよ。首刈られちゃいそう)


 そんなことを思いながらもリーニャは全く臆することなく、背中を丸めて身構えました。


「悪いけど、無理にでも通るニャン。グズグズしてらんない……ニャッ!」


 鋭い眼光を残して、リーニャの小さな体が地を這うように飛び出しました。


はやい!」


 サラが向かって来る黒い固まりにハルパーを振るいますが、リーニャは体を軽くひねってかわし、サラの目の前で両手を叩きました。ネコだましです。


「うっ!」


 サラの動きが止まりました。その隙にリーニャはゴムまりのように通路の壁や天井を跳ねて、あっという間に駆け抜けていきます。


「サラもなかなかはやかったニャ! さすがレベル26」

「バカな! 私があんな手に! どういうことだ!? レベルは20なんだな!?」


 振り返ったサラにラルがうなずきました。


「間違いありません!」

「この私を……赤子の手をひねるように……」

「追いますか!」

「いや、牢を全て確認する。我らの目的はあくまでリーゼ様をお救いすること」

「はっ!」

「それに……あの獣人は、孤児院へ向かっているはずだ。それしか急ぐ理由が見つからない。追いつける!」


 サラの思考は続きます。なぜあの黒ネコの獣人はリーゼにそっくりなのか。

魔術師が賢者になるように、修練を重ねて上位の職に就く者はいます。――ですが、種族が変わるなどあり得ないのです。ヒトは終生、ヒトのままです。


「わからん……だが、リーゼ様とリーニャは似すぎている。無関係なわけがない。どういうことだ……」


 ラルと手分けして並ぶ牢を確認しながら、サラは答えが出るはずもない問いを巡らせていました。



  ◆  ◆  ◆



 リーニャが地下から続く階段を駆け登ると、石の壁に偽装された隠し扉に出ました。そこら中に気を失った騎士がたくさん倒れています。地下牢の通路をふさぐ鉄格子にも1人倒れていました。


(サラと、ラル……だっけ、太鼓のおじさんが倒したのかな)


 おかげで戦わずにすみました。

 リーニャは窓から飛び出すと、ピョンピョン飛び跳ねてあっさりと城の壁を越えていきました。家の屋根伝いに駆けて、孤児院へ向かいます。


「【ダイレクトチャット】アカべぇ!」


 もう迷いはありません。ゲームに実装されていた機能は、すべてショートカットワードで使えるはずです。


「アカべぇ、【マイルーム】で待機! あとで呼ぶから!」

「ウガッ!」


 いきなり聞こえてきたあるじの声に戸惑いながらも、三日月の湖のほとりで寝そべっていたピンクのクマは、慌てて直立して敬礼したのでした。



  ◆  ◆  ◆



 騎士に囲まれた孤児院から、孤児たちが連れ出されていきます。皆、怯えていて足下がおぼつきません。


「いったい何ごとなのでしょう? 私たちがいったい何をしたと?」


 シスターグレースが訴えますが、騎士たちはニヤニヤと笑うだけで耳を貸しません。

 20人を超える騎士たちから剣や槍を突きつけられる中、シスターグレースたちは教会の前に座らされました。その中にはエリオもいます。

 教会の陰でズーイの気配がしましたが、エリオは少し首を振って制しました。――今はまだ動くな。眼光がそう命じています。

 ズーイの歯が軋みました。膝を屈するあるじの姿に耐えながら、成り行きを見守るしかないのです。

 フィリッポスが取り囲む騎士たち輪から前に出て、居丈高に言い放ちました。


「異端の者どもよ。これより、我が街をかどわかした罪で連行する! 重い罪となることを覚悟せよ!」


 シスターグレースが両手を合わせて懇願しました。


「フィリッポス様、私たちはなにもしておりません。ただ……ただ……慎ましく生きていければと……」

「黙れ黙れェ! 甘い顔をしておればつけあがりおって! お前たちの存在そのものが罪なのだ!」

「そんな……」

「大人しくついて来ぬのなら、あの娘がどうなっても知らぬぞ?」

「まさか……リーゼ? リーゼを捕らえたのですか!?」

「罪多き者から連行するのは当然であろう?」

「あぁ……なんということを……」

「リーゼを返せっ!」


 少年が1人、立ち上がりました。握りしめられた両手が怒りで震えています。


「いけません、ダニー!」

「俺は……勇者だ! リーゼを……みんなを守る!」


 シスターグレースの制止も聞かずに、ダニーはフィリッポスに詰め寄ります。腰ひもに差してあった木の枝を抜きました。


「このエクスツリーレで相手してやる!」


 突き出された木の枝を見て、フィリッポスは吹き出しました。


「クッ、クハハハ! 勇者だと? 何を言い出すかと思えば、その枝は剣か? クハハハハハ!」


 大笑いしていたフィリッポスが唐突に真顔に戻り、渾身の力でダニーの頬を平手打ちしました。


「笑えぬ冗談だ」

「ぎゃっ!」


 小さな体が弾け飛ぶように地面を転がりました。


「ダニー!」


 シスターグレースが駆け寄って力無く横たわる体を抱きかかえました。ダニーの意識は定かでなく、打たれた左の頬が痛々しく腫れ上がっています。

 いつも冷静なエリオが、怒りに任せて立ち上がりました。


「フィリッポス! 貴様! 勇気ある少年にまで手を出すとは、どこまで愚かなのだ!」

「おのれ! フィリッポス様になんという口の利きよう!」


 ゴルドフがエリオに迫ります。ですがエリオは怯むことなくその巨体を押しのけ、フィリッポスの正面に立ちました。


「我が顔をよく見ろ。何も思い出さぬか? 遠い席から見たことはないか?」

「遠い席だとぉ~?」


 エリオが左の前髪を上げました。赤い瞳が怒りで燃えています。


「はて? 片側だけ赤い目だと? どこかで見たよう……な……」


 フィリッポスのはちきれんばかりの顔から、血の気がみるみる引きました。


「ああっ! まさか……まさかぁっ!」


 膝が震えて後ずさるフィリッポスを見て、ゴルドフが戸惑います。


「どうされたのです? フィリッポス様」

「いや、まさか……あのお方が、こんなところにおられるわけがない。ゴルドフ、斬れ! この男を斬り捨てろォォ!」

「お任せあれェェェ!」


 ゴルドフが背の大剣を抜きました。この巨躯にして両手でなければ持てぬほどの刀身は、一振りでエリオを真っ二つにしてしまいそうです。

 教会の陰に潜むズーイが投げナイフを構えました。この痩せた暗殺者アサシンにしてみれば、兜の目を射貫くなど造作もないことなのです。


 その時でした――。


「フィリッポォォォス!」


 凛とした少女の声が頭上から響きました。

 ズーイも、フィリッポスも、その場にいる全員が教会を見上げました。エリオも振り下ろされそうな大剣に背を向けて、顎を上げます。


 屋根の上に、月に紛れたまぶしい光のシルエットがありました。


 “あふれる力、胸に秘め

  目指すは地の果て、空の果て

  どんな敵にも屈しない

  勇者リーゼ、ここにあり!”


 光が収束して、人の形を作っていきます。

 左の手のひらが天を、右の手のひらが地を指す勇ましくも可憐なポーズで現れたのは、勇者の初期服に身を包んだリーゼです。


「フィリッポス……お前だけは! お前だけは、絶っっ対に許さないっ!」


 屋根を蹴ったリーゼの体が、月夜を舞います。繰り出した技はもちろんムーンサルト(後方2回宙返り1回ひねり)――しかもD難度の抱え込みではなく、E難度の伸身ムーンサルトです。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 応援して下さる方、ぜひとも

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