15 日陰の幸せ
更新履歴
2024年11月11日 第3稿として、大幅リライト。
2021年 2月14日 第2稿として加筆修正
――3ヶ月がたちました。壁沿いに続く畑では、ミツナやセリーナが朝露で輝き、日当たりを嫌うハーブ類が辺りに良い香りを漂わせています。
土を掘り起こせばヤミイモが連なり、コッコ鳥が毎朝たくさんの卵を産んでくれます。
信じられないような命の恵みを見つめながら、シスターグレースはリーゼを後ろから抱きしめました。
「ありがとう――」
リーゼの頬に、シスターの温かい涙がぽつりと落ちました。
「ううん、私はなんにもしてないよ。畑が実ったのはみんなががんばったからだし、日陰で育つ野菜があるって教えてくれたのはエリオだもん」
それと――リーゼは心の中でアカべぇに感謝しました。夜中にこっそり耕しくれたのは、頼りになるピンクのクマですから。
シスターグレースが静かに首を振りました。
「いいえ、あなたが立ち向かったから。あなたが……身分の差に屈しなかったから……みんなを引っ張ってくれたから……」
最後は涙で言葉になりません。
日陰で耐えてきたみんなが、日陰で手にした幸せ。
壁の向こうを、暖かいお日さまが昇っていきます。
◆ ◆ ◆
孤児たちの手で育てられた野菜は、そのおいしさと香りで評判を呼び、“すみっこ孤児院のおいしい野菜”として人気を博しました。
まだたくさん作れない野菜に名前を付けて希少価値をあおるエリオの手法に、リーゼは感心しきりです。
コッコ鳥も順調に育っているので、そのうち新鮮な産みたて卵や、お肉も売りに出すことが出来るでしょう。
あと、予想外のことが1つありました。ダニーたち男子が野菜を好きになったのです。種まきから収穫まですべて育てたことで、野菜に愛着が湧き、文句を言わずに食べるようになりました。今朝はヤミイモとハーブのパンケーキでしたけど、うまいうまいと言いながら一気に平らげてます。それどころか、もっとおいしく育てるにはどうすればいいかと、みんなで話し合いまで始めました。
(男子ってバカなことばっかやってるくせに、やる気になると強いよね)
誰もが暇さえあれば畑に出向いて、手入れをしたり、ただただ眺めてニコニコしたりしています。日陰の畑は孤児院の希望そのものなのです。
◆ ◆ ◆
「おのれ、忌々しい連中め……ことごとく反抗しおって……」
オーデンの領主フィリッポスの大きなお腹が、怒りで煮えくり返っていました。執務室の窓越しに、孤児院のある辺りの壁をにらみつけます。
「ヤツらが栽培している野菜をすべて規制しろ! 高い税金をかけて売れなくしてやれ!」
フィリッポスのそばで控えていた、執事らしき初老の男が頭を下げました。
「恐れながら申し上げます。それらの野菜を育てているのは孤児院だけではなく、影響が大きすぎます」
「なんとかならんのか!」
「規制は……難しいと申し上げるほかありません」
「……もういい! 下がれ!」
「失礼いたします」
初老の男は頭を下げると、執務室から出て行きました。扉の手前で立っていたゴルドフ騎士団長がにらみましたが、目も合わせません。
フィリッポスの歯がギリギリと音を立てました。
「父の代から置いてやっているが、まるで使えん。あれはクビだな」
ゆったりとしたソファには、ディツィアーノ司祭が身を預けています。
「さて、どうしたものですかな。野菜の規制が難しいとなれば……」
「それを今考えておるのだ! 黙っておれ!」
「失礼いたしました」
ディツィアーノが微笑みを崩すことなく、頭を下げました。
フィリッポスは太い親指をかみながら、部屋をうろうろとしています。
「あの黒髪の娘だ……。あの娘が現れてから、孤児院が勢いづいたのだ」
ディツィアーノがうなずきました。
「おっしゃる通りでございます。目障りですな、あの異端の娘」
ゴルドフ騎士団長のゴツゴツした拳がきつく握られ、血筋が浮き出ました。
「おのれ~、お優しいフィリッポス様が法を遵守しておられるのをいいことに、つけあがりおって!」
さまようフィリッポスの足が止まりました。
「ふむ……そうだな……ゴルドフの言う通り余が優しすぎたか。法を守るなど、異端の教会には過ぎた措置であったな」
しかめていたゴルドフの顔が、喜びでみなぎりました。
「おお! それでは!」
「罪など、あとでいくらでも被せればよい。まずはあの娘を……」
フィリッポスがほくそ笑みました。ついに待ちに待った時が来るのです。あの素晴らしい娘を我がものとする時が――。
ディツィアーノが立ち上がり、頭を垂れました。
「それでは、差し出がましいようですが、私から良い品を1つ献上いたしましょう。必ずお役に立つはずです」
「ほう、それは楽しみだな」
天聖教会には汚れ仕事を専門に行う者たちがいて、独自の責めを行う術を持っています。その教会が役に立つというのですから、さぞかし楽しめる逸品なのでしょう。フィリッポスは白い歯をニタリと見せました。
◆ ◆ ◆
その夜――。
昼間の農作業で疲れた孤児たちは、いつものようにぐっすりと眠りについています。
エミリーと同じベッドで眠るリーゼももちろん、エミリーと向き合って深い寝息を立てています。
「うぐっ!」
いきなりリーゼの口に布が押しつけられました。そのまま顔の後ろで布を縛られ、声を出せなくされてしまいます。
横目を凝らすと、どこかで見た大男がいました。フィリッポスと一緒にいた騎士団長です。周りに何人かの人影もあります。
リーゼは抵抗できないまま、顔に麻袋を被せられ、視界を奪われました。
(まずい!)
周りが見えなくても腕を振り回して当たれば、相手はただですまないはずです。なんといってもレベル120なのですから。
ですが、耳元でささやかれたゴルドフの言葉に、リーゼは凍りました。
「大人しくしろ。横の子も連れて行ってやろうか?」
――エミリーを……連れて行く? それだけはダメ。絶対にダメ。
リーゼは抵抗をやめました。だらりと体の力を抜いて、言われるままになります。
「馬鹿め、それぐらい素直なら、こんな目に遭わなかったものを」
ゴルドフはリーゼの両腕に木の枷をはめると、大きな南京錠をかけました。レベル120とはいえ、リーゼの力は普通の少女とほぼ変わりません。分厚い木の枷を外すなど出来るはずもなく、リーゼは自由を奪われてしまいました。
被せられた麻袋の中で、リーゼは落ち着かなきゃと自分に言い聞かせます。
(大丈夫……怖いけど、きっとなんとかなる。私はレベル120なんだから)
ゴルドフはリーゼの小さな体を担ぐと、配下の者たちと共に入ってきた扉から静かに出て行きました。
「ん……? リーゼ?」
エミリーが目をこすりながら隣を見たとき――すでにリーゼの姿はなかったのです。
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