表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/129

14 新たな決意

更新履歴

2024年11月5日 第3稿として、大幅リライト。

2021年12月14日 第2稿として加筆修正

 夕暮れのオーデンの街を、街で一番高い丘にある領主の城が見下ろしています。高い壁に囲まれた古城はいかにも頑強で、魔竜が攻めてきても耐え抜きそうです。――ですがそれは、圧政を強いられる民衆が抗えないことも意味するのです。

 そんな城の主塔にある執務室で、領主であるフィリッポスが肉付きのいい腕を後ろ手に回しながら言いました。


「あぁ、その踊りなら私も見ておったぞ。少々離れた馬車の中からではあったがな」


 座り心地の良さそうなソファに身を預けるこの街の司祭、ディツィアーノが細い目を一層細めました。


「おお、さようでございますか。さすれば好都合、しかるべき対処をお願いしたいところですな。あのような卑しい踊りを教会の孤児院に属する者が行うな

「んん~? あの教会はそもそも異端。驚くには値せんが?」


 冷静なフィリッポスの反応にディツィアーノが立ち上がりました。騎士団長であるゴルドフも詰め寄ります。


「なんと! ではまさか、容認なさるおつもりですか?」

「閣下、なりませんぞ! あのような行いを放置しては街の秩序が……」

「わかっておる」


 フィリッポスがジロリと2人をにらみつけました。言われるまでもなく昨日の踊りには、不覚にも心を奪われてしまったのです。布と一体となり、躍動する肢体はまさしく妖精のごとく――しかも黒髪に黒瞳なのです。いくらの値がつくか想像もつきません。


「――いや、売るのはもったいない。わが手元に置いて、心ゆくまで堪能するとしよう」


 ディツィアーノは領主の歪んだ欲望を耳にしても、微笑みを絶やすことがありません。

 フィリッポスのわずかに蓄えた口ひげが、いびつに吊り上がりました。


「異端の少女には、異端の少女らしい扱いをせねばならん」


 宝石だらけの指が、二重顎をさすりました。


「じっくりとな」


 ディツィアーノとゴルドフがニタリと笑いました。――これでもう、黒髪黒瞳の少女はただですみません。

 ゴルドフは、責め苦の場に立ち会うことになるであろうおのれの身を喜び、ディツィアーノはせめて苦しみの少ないことを祈りました。


「聖天使様の御心のままに」


 慈悲のかけらもない司祭の祈りが、おぞましい策謀を締めくくったのです。



  ◆  ◆  ◆



 リーゼは、ヒルラ草の咲く草原くさはらにいました。

 膝を抱えて座り、風に揺れる花をただただ見ています。その瞳に力はなく、今にも長いまつげに埋もれてしまいそうです。丸まった背中には。どんな仕打ちにも屈することなく、生き生きと立ち向かっていった面影はありません。

 背後からエリオが声をかけました。


「ここは、いつ来ても美しいですね、一面にヒルラ草が咲き乱れて――。あなた様と出会ったのも、この近くでしたね」


 少女からの返事はありません。


「踊りを禁じられたのは、厳しい措置でした。異端の踊りとは、言いがかりもいいところで……」


 少女が顔を膝にうずめました。小さな背中がますます縮こまります。


「どうされます? フエゴのサラと共に他の街で踊られますか?」


 少女がふるふると首を横に振りました。


「きっと、お金を送るのも、帰ってきて手渡すのも禁止される。異端の踊りで集めたお金はダメだとか言って」

「そうかもしれませんね……」

「もう……打つ手がないよ……」


 エリオはリーゼの正面に回り、ひざまずきました。


「リーゼ様、お顔をお上げください」


 エリオははっとしました。ほんの少し膝から離れたリーゼの顔が、涙で濡れています。


「泣いておられるのですか」

「だって……悔しいもん。ズルいよ、向こうは……なんだってありなんだよ? 身分の差だなんておかしいよ」

「そうですね……卑劣な奴らです。どんな手を使っても、孤児院を潰すつもりなのでしょう」

「そんなの……かないっこないよ……」


 消え入りそうなリーゼの言葉に、エリオが語気を強めました。


「リーゼ様、そんなことはありません。あなた様は、あの程度の男に屈する方ではありません。これまでも、強い意志ではねのけてきたではないですか」

「けど……もう、なんにもできないよ。一生懸命練習した新体操まで……ダメって言われて……」

「新体操というのですね、あの踊りは。新しい体操……あまり体操という感じではないですが?」

「踊りだけど……演技を競う競技だから」

「ああ……なるほど、足の速さや、力の強さを競うのと同じなのですね?」


 リーゼはこくりとうなずきました。

 エリオは理解しました。目の前の少女の負けん気の強さは、その新体操で培われたものであろうと。きっと幼いころから、強い心で技を磨いてきたに違いありません。そんな少女が今、貴族の理不尽極まりない暴挙に肩を震わせています。エリオに出来ること、それは――


「リーゼ様、あなた様は凄すぎるのです。平民にも、貴族にも、誰にもできないことをやってのける力がある。ですが、それゆえに気づかぬこともあるのです」

「……え?」

「このエリオ、凡人ゆえにあなた様に助言できることがあります」


 続くエリオの言葉に、リーゼの顔がみるみる生気を取り戻していきました。――まるで、しおれたヒルラ草に水を与えたように。


「日陰で育つ野菜があるの!?」

「そうです。むしろ、世の中には日当たりのいい場所では育たない作物があります。皆、農場で手伝いをしているのに、なぜ孤児院の前にある敷地で作物を育てないのか、疑問だったのです」

「そんなこと……きっと、シスターも知らないよ」

「そのようですね。念のため、孤児院の契約書を確認しましたが、あの辺りの壁沿いの敷地はすべて、前の領主であるバウラス様が聖天使教会に寄付したものです。日陰ですまないという思いが、あの広さに繋がったのでしょう」

「あの細長いとこ、全部使っていいの!?」

「そうです。曲がり角まですべて使えます」


 壁の曲がり角はずいぶん先にあります――だいたい走って2分くらいの距離でしょうか。


「ヨルリラ草に新体操、どちらも特別すぎて規制しやすいのです。ですが、野菜の売買をとがめることは領主であろうとできません。オーデンで暮らす者が困りますから」

「日陰で育つって、どんな野菜?」

「ミツナやセリーナ、イモにも日当たりが苦手な品種があります。新体操ほどの収入は見込めませんが、日々の糧にはなるでしょう。それに、コッコ鳥も日陰で育てた方が大人しく、太るのが早いのです」

「え……日陰は……かわいそうじゃない?」

「育つのが早ければ、それだけエサ代が安くなり、利益が増えます。田畑の害虫も食べてくれますし、一緒に育てるのがよいのです」

「どうして……そんなこと教えてくれるの?」

「……投資です。孤児院の労働力があれば、必ず利益が出ます。あらためて申し上げますが――」


 ひざまずくエリオがそのまま頭を伏せました、まるであるじに仕える騎士のように。


「商人は利ある限り、裏切らぬものです。ご信頼を」


 リーゼの瞳に力が戻りました。畑仕事なら農場のお手伝いでずいぶん慣れましたし、誰にもナイショの切り札だってあります。

 立ち上がった小さな両足が、草原を踏みしめました。


「ありがと、エリオ。またがんばってみる」

「それでこそ、リーゼ様です」

「それと……商人は裏切らないとか、そういうのもういいよ。エリオが裏切るなんて、もうこれっぽっちも思ってないから」

「リーゼ様……」


 それは、少女の前でひざまずく男にとって、何よりもうれしい言葉なのでした。



  ◆  ◆  ◆



 翌日から、孤児院あげての畑作りが始まりました。エリオが用意したたくさんのくわはどれも使い古されたものですが、それ故に安く、しかも収穫後の後払いにしてくれました。


 体が大きくて力が強いニコラが、得意げにくわを振り下ろします。

 ダニーも負けじと小刻みにくわを振って、遅れを取らないように張り合います。

 孤児たちも、シスターグレースも、みんな笑顔です。希望が――日陰の土地が実り豊かな畑になった姿が――みんなに光をもたらしているのです。

 エリオがコッコ鳥を5羽、連れてきてくれました。まだ若鶏なので、小さくて毛がふわふわです。


「かわいい~」


 女の子たちが声をそろえました。

 やっぱり卵をもらうだけにしない? と、リーゼは提案しましたが、ダニーに断固反対されました。男子はやっぱりお肉なのです。


 ――そして、夜。

 昼間の農作業の疲れでみんなが寝静まってからが、リーゼの本番です。そっと孤児院を抜け出して、誰からも見えない教会の裏へ向かいます。


 ちょうどそのころ、リーゼの【マイルーム】でいそいそと動く影がありました。ピンクのクマが大きな背中を丸めて、電子レンジの“あたため”ボタンを押しているのです。

 待つこと数十秒、ピーッと音がして、固い孤児院のパンが柔らかいホカホカパンに早変わりしました。


「ア~~~~~~」


 大口を開けて、取り出したパンを食べようとしたところで、リーゼに見つかりました。耳をつかまれて、無慈悲に引っ張られます。


「それは、がんばったあとのご褒美って言ったよね?」

「ウガアァアァァ……」


 ピンクのクマは未練がましく両手を伸ばしますが、両手を滑り落ちたパンはテーブルに転がって届きません。


「体動かす前に食べたら、お腹痛くなっちゃうよ?」

「ウガ……」


 ピンクのクマはあきらめて、リーゼの為すがままに【マイルーム】を出て行きました。

 ――そして、三日月が明かりを落とす孤児院の畑に降り立つと、雄々しく両手を頭上でクロスさせたのです。ジャキーーン! そんな擬音が聞こえそうな身振りです。久々に見る“血まみれ台風ブラッディハリケーン”で、土がみるみる掘り起こされていきます。


「わっ! すごいすごい! さすがアカべぇ、クマ族最強だね!」

「ウガァーーーーッ!」


 リーゼのナイショの切り札が、得意げに雄叫びを上げました。


「シーッ! みんな起きちゃうでしょ!」

「ウガ……」


 今度は、ションボリと小声を漏らしました。

 リーゼには確信があります。翌朝、ずいぶん掘り起こされた畑を見ても、ダニーたちは「あれ? こんなにやったっけ?」ぐらいにしか思わないだろうと。まっすぐ細長い土地なので、教会からの距離が曖昧になってしまうのです。

 アカべぇががんばれば、畑は数日で耕し終わります。そうしたら、種をまいて、育てて、収穫です。


 今度こそ幸せになれる――。リーゼの小さな胸が希望で大きく膨らみました。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 応援して下さる方、ぜひとも

 ・ブックマーク

 ・高評価「★★★★★」

 ・いいね

 を、お願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ