13 踊り終わって
更新履歴
2024年10月29日 第3稿として、大幅リライト。
2021年12月10日 第2稿として加筆修正
踊りの興奮が覚めやらぬまま、リーゼはエリオとサラにお願いして、酒場に来ました。ある相談をするために――。
店は思ったよりも小さくて、6つほどのテーブルがあるだけです。奥にあるステージには、赤いカーテンが貼られていました。きっと、サラの火の踊りに合わせて飾られているのでしょう。
ステージの横の席に着くと、お店の人がジュースを出してくれました。
お礼を言うと、「ようこそ小さな妖精」って返されてしまい、リーゼは真っ赤になります。
ジュースはしぼった葡萄を水で薄めたもので、甘くておいしいのですが氷が入ってないのでぬるいです。この世界では氷が貴重らしく、リーゼはまだ見たことがありません。魔法でならいつでも出せますが、勇者は雷魔法が得意ですし、コップに入れる分だけ氷魔法を使うなんて器用なことが出来ません。この店ごと氷付けになってしまうでしょう。
「私も夜、ここで踊ったら、大金貨1枚稼げるかな?」
こくこくとジュースを飲む少女がふさわしくないことを口にして、サラとエリオが仰天しました。
「あんたにはまだ早いよ」
「いけません!」
2人に揃って否定され、リーゼは少しむくれました。
「じゃあ、いつになったらいいわけ?」
「せめて成人しないとね」
「15歳までダメってこと?」
「まぁね」
「いえ、成人しても、ここはリーゼ様にふさわしい場所ではありません。あなたは日の当たる世界を歩くべきだ」
「おやおや、私の職を否定するのかい?」
「そうではありません。無垢な少女を夜の道へ引き込むのはよくないということです」
「私以上の素質を持っていてもかい?」
「あの程度、リーゼ様にとっては余興でしかありません」
「あれが余興だって? 本気で言ってんの?」
「そう確信します」
「もういいよ、すぐ稼げないなら意味ないから」
リーゼが不機嫌そうに、エリオとサラの言い合いを止めました。そもそも夜の世界に興味があるわけではなく、毎日お金を稼ぎたいだけなのです。
「なんだい? さっきあれだけ稼いだってのに、まだ足りないってのかい?」
「足りなくはないよ。しばらくは暮らせる。……けど、あっという間になくなっちゃう」
サラがエリオを見ました。
エリオが静かにうなずきます。
「どの町も孤児は冷遇されがちですが、オーデンの孤児院は聖天使エリーゼ教会に属しているので、より一層締め付けが厳しいのです」
「ああ、天聖教会の手前……ね」
リーゼがため息をつきました。
「その2つの教会、仲悪いよね」
「教えが違いますからね。天聖教会は貴族にまず慈悲が与えられる貴族主義。聖天使教会は平民にも慈悲が与えられる平等主義。互いに相容れないのです」
「貴族が優遇されるのっておかしくない?」
「平民も寄付次第で慈悲を得られますよ。多額の寄付をした者は、教会においては貴族と同等の地位が得られる。よくできた集金制度です」
率直過ぎるエリオの物言いに、サラが片眉を上げました。
「いいのかい? あんたがそんなこと言って」
「貴族にも教会にもお得意様はいらっしゃいますが、与しているわけではありません。むしろ――私は、聖天使教会の教えのほうが、大天使エリーゼ様の御心に近いと思っておりますよ」
「やれやれ、街のお偉いさんには聞かせられないねぇ。危ない、危ない」
大げさに頭を振るサラの隣で、リーゼが残念そうに息を吐きました。
「じゃあ、踊るのは週末だけか……。あとの日はこれまで通り、ヒルラ草を採ったり、農場のお手伝いをしたりだね」
サラの切れ長の目が、リーゼの黒い瞳を覗き込みます。
「この街に留まらなきゃ駄目なのかい?」
「え?」
「同じ客の前で踊っても、売り上げは下がる一方なんだよ」
「そうなの?」
エリオを見ると、残念そうに目を落としています。
「そうですね。一時は盛り上がるのですが、どんなに斬新な踊りでも何度も見れば新鮮さが薄れます。次第に飽きられてしまうのです」
「リボンの他にも手具があるよ。ロープ、フープ、ボール、クラブの全部で5種類」
指折り数えるリーゼに、エリオとサラは驚きを隠せません。
「そんなにあるのですか!? どれもリボンのような完成度で!?」
「そうだね。一番好きなのはリボンだけど、演技の出来はどれも変わらないと思う。それぞれに魅力があるし、楽しいよ」
「あきれたよ……あの高度な踊りを5種類も? その歳でどうやって身につけたんだい?」
「……外国から有名なコーチが来て、ものすごくしごかれたことがあった。あれで一気にレベルが上がったかな」
「ふうん……外国から……ねぇ……」
まだ凜星が元気だったころ、ロシアの有名なコーチが客員として招かれたことがあります。2ヶ月の短い間だったのですが、コーチは他の選手には目もくれず、凜星ばかりを指導して帰っていったのです。
(懐かしいな、ニエットおばさん。元気にしてるかな)
練習中、ずっと「ニエット(ノー)! ニエット(ノー)!」とうるさいので、凜星はオリンピック選手を何人も育てた名コーチを“ニエットおばさん”呼ばわりしていました。
そんな凜星をニエットおばさんは、厳しくも優しく指導したのです。
「5つもバリエーションがあるなら、半年は大丈夫でしょう。それでも、少しずつ投げ入れられるコインの量は減っていくと思いますが……」
「だから、他の街へ行けばいいんだって。あんたの踊りを待つ観客は世界中にいる。あたしと次の街へ行こう」
「あ……」
世界中を旅するのはリーゼの望むところです。けれど――。
「孤児院が気になるなら、旅先から金を送ればいいんだって」
「お金って、ちゃんと届くもの?」
視線を投げかけられたエリオが、胸に手をあてました。
「それは、ご安心下さい。手数料を頂ければ、セルジオ商会が責任を持ってお届けします」
「そっか……」
「リーゼ様、サラ様のおっしゃることが、1つの手であることは間違いありません。旅芸人として生きていかれるのも、よいでしょう。ですが――」
髪で隠れていないエリオの右目が、まっすぐにリーゼを見ました。強いけれど、優しい光を帯びています。
「本当にそれでよろしいのですか? 孤児院を救うために、旅芸人となる――それが望みですか?」
リーゼは、ぐっと返事を飲み込みました。
――孤児院は大事だし、みんなを助けたい。旅芸人なら、世界中を旅したいって夢も叶えられる。……けど、それでいいのかな? なんとなく……違うって気もする。
「も~っ、難しい話しないで。急に聞かれてもわかんないよ」
「失礼しました、結論を急ぐことはありません。少なくとも来週は、今日の評判を聞き、より多くの観衆が集まるでしょう。新しい手具を用意しましょうか?」
「ん……そうだね……」
来週のことより、その先のことが気になりますが、考えなければなりません。
(ボールは……作るの無理だろうし、クラブはジャグリングとちょっと似ちゃってる。フープ……かな?)
考えを巡らせるリーゼですが、残念なことに、この街で踊ることはもうありませんでした――。
翌日、領主フィリッポスの使いが、異端の踊りの禁止と、援助金の廃止を通達してきたのです。
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