32 先代の聖女
リーゼが駆け出したアメリアに追いつき、2人揃って屋台に取りつくと、白い髭の大男が油の爆ぜる音を立てていた。
「ドーナツっ!?」
大鍋の油で揚げられるもったりとした輪っかの生地は、紛れもなくドーナツだった。
「リーゼ、知ってるの?」
「うん! よく食べたよ。ママが作ってくれたことあるし」
「うむ、これはドゥナッツといって、この街の名物でな」
初老の男は慣れた手つきで、丸い鍋の上に置かれた半月状の油切りからドゥナッツを2つ取り出すと、サッと粉糖にまぶした。
うわぁ……。甘そうな香りにリーゼとアメリアの顔がほころぶ。
「この街にも光が戻った。また以前のように豊かな暮らしが戻るだろう」
初老の男は話ながらも手を止めることはなく、ドゥナッツを1つずつ紙に包んで、リーゼとアメリアに手渡した。
「ほら、食え」
「いいの?」
「ああ、食ってくれるとうれしい」
リーゼとアメリアは、後から追いついたエリオに振り返った。
「その方の気持ちです。受け取って差し上げてください」
そうとなればもう遠慮することはない。リーゼとアメリアは我先に大口を開けて、ドゥナッツにかぶりついた。
「あつっ、あつっ……甘ーーい!」
「おいしいーーっ!」
2人とももぐもぐとあっという間に平らげたので、初老の男は慌ててもう1つずつ差し出した。
「まさか皇帝が寄越した聖女の結界が役立たずとはな……。先代の聖女様が健在なら、こんなことにはならなかったんだが……」
「先代の聖女?」
リーゼが口の周りを真っ白にしながら、小首を傾げた。
「ああ……ポリィーナ様といって、強い聖魔法で帝国中に結界を張り巡らし、国を護られたお方だ」
「アメリア、知ってる?」
「うん……話には聞いたことがある。身分にこだわらず、民をお救いになったって」
「うむ……それ故に天聖教会に睨まれてな……。若く美しい聖女が天聖教会より送り込まれると、皇帝は年老いたポリィーナ様を用済みと、魔族領へ追放してしまった」
「そんな……」
アメリアの瞳が陰った。山に囲まれ、魔族がひしめく魔族領へ追いやるなんて、死地へ向かえと言うに等しい。
「もう……生きてはおられまい……」
「……」
そうかな? とリーゼは思った。帝国中に結界を施したほどの人なら、聖魔法で身を守ることが出来るかもしれない。
背後のエリオが、少女2人の小さな頭の間で耳打ちをした。
「さ、お2人とも、出発しますよ。のんびりしている暇はありませんから」
はぁ~い。少女2人が声を揃えて返事をした。瘴気に襲われている村に向かうとは思えないのんきさだ。
「さぁ、土産を持って行くがいい」
初老の男は紙袋に5つ、6つとドゥナッツを詰め込み、リーゼに渡した。
「いいの?」
「ああ、道中気をつけてな」
「うん。ありがと」
我先に駆け出したリーゼとアメリアに残されたエリオは、初老の男に向かって深々と頭を下げた。
初老の男もエリオと変わらぬほど頭を下げている。
(我が領地を頼む……)
屋台の男は魔族領に隣接する一帯を治める領主、ゲルンハルトその人だった――。
次回更新は、6/19(水)に『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n1211ig/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
【大切なお願い】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
応援して下さる方、ぜひとも
・ブックマーク
・高評価「★★★★★」
・いいね
を、お願いいたします!




