26 黒ネコ、夜を駆ける
地面にぶつかるっ! 固く目を閉じて体をこわばらせるアメリアだったが、激突する刹那に体がくるりと回り、ふわりと地面に着地した。
そして次の瞬間、体が宙に舞い上がった。
「きゃあっ!」
アメリアは思わず目を見開いた。まるで重さを無視したように、宿の屋根の上を漂っている。
「リーゼ! いや、リーニャか!」
屋根の上で膝をつく赤黒い装束の女が叫んだ。その背後には、黒い装束を着た背の高い男と小太りな男がいる。
アメリアをおぶった黒ネコの獣人が笑った。
「いると思ったよ。結界を直してくるから、エリオのことよろしくね」
リーニャは赤黒い装束の女を飛び越えて着地すると、そのまま屋根伝いに駆けていった。向かう先には城の尖塔がある。
「チィッ、ズーイ、追え! 再結界を見届けろ!」
「はっ!」
背の高い男が、リーニャの後を追って駆けていく。
赤黒い装束に身を包む女が、ため息を吐いた。リーニャの姿は闇に溶けてもう見えない。ズーイはかろうじてまだ見える。
「やれやれ、隠れている意味がなくなった。エリオ様の元へ行くぞ」
「はっ」
女が顔を覆っていた頭巾を解いた。現れたのは、火のサラだ。
「それにしても――」
小太りの男も頭巾を解いた。楽師のラルだ。
「ん?」
「獣人のリーゼ様を久々に見ました。もう種族を越えられることを隠すおつもりはないのですかな?」
「我々にはそうかもな。もう、極めつけの姿をお見せになられたから」
“闇の大穴”で見せられた天使の姿は、居合わせた者、全ての目に焼き付いている。
「光栄なことです」
サラとラルは飛び跳ねるように屋根を下り、エリオのいる宿の窓へと消えていった。
◆ ◆ ◆
「リーゼ、その姿はいったい?」
急展開に追いつけないアメリアが目を白黒させている。
「リーニャ。獣人の盗賊だよ」
「獣人にもなれるんだ?」
「ナイショだよ」
「……いったい、いくつの姿になれるの?」
「7つ。――みんなに見せたのは、6つかな」
勇者。魔王。聖騎士。鍛冶屋。盗賊。そして、天使――。全部見たのはサラたちぐらいかな、とリーゼは思う。
「あと1つは何?」
「それは――」
リーニャはさらに運ぶ足の速度を上げた。
「ナイショのナイショ」
少女を背負った黒ネコ獣人が、夜の散歩を楽しむかのように屋根を飛び越えていく。
何とか食らいつきたいズーイであったが、どうにも離されてしまう。
(何という疾さだ――。だが、目的地はわかっている、最短を行けば……)
初めての街を気ままに飛び跳ねるリーニャを尻目に、ズーイは真っ直ぐに尖塔へと向かっていった。
次回更新は、4/24(水)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主おっさんに恋をする。』か『転生少女の七変化キャラクターチェンジ ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』のどちらかをアップ予定です。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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