24 辺境の教会
馬車で3日ほど旅をすると、荒れた地の向こうに大きな街が見えてきた。壁があまりに高く、遠目にはぐるりと回る壁の円筒しか見えない。頭を出しているのは中央にそびえる城の尖塔だけだ。
「ね! あれがゲルンの街?」
リーゼが馬車から身を乗り出して、声を上げた。
「そうです」
エリオが馬の手綱を握りながら答えた。
「すごく大きいね~。ハーバルほどじゃないけど、ロアンよりずっと大きい」
「帝国の東の拠点ですからね。大勢の人が住んでいます」
壁の異様は、近づけば近づくほど見る者を圧倒する。
いよいよゲルンの街へ入る――という手前で、アメリアが壁を見上げた。
「ハーバルの壁より……ずっと高い……」
「魔族領と隣接していますからね、護りを固めているのですよ」
リーゼの顔が曇った。思ってた以上に危ない場所らしい。
「襲ってくることもあるの?」
「ここ数十年はありません。街から魔族領の山岳地帯まで見通しがいい上に、壁の上に魔石を利用した魔大砲がありますから」
「そっか……だから、魔族は瘴気を使うんだ」
「その通りです。どんなにゲルンの街が堅牢であろうと、中の人が住めなくなってしまっては、明け渡すしかありません」
馬車が門へ渡る跳ね橋を進んでいく。
「堀の水が黒い……」
アメリアが両手で口を押さえて、息を飲んだ。
「瘴気が濃いのです。魔族領から流れてくる川の水を引き込んでいますから」
リーゼとアメリアが顔を見合わせた。
「トルガ村もそうだったよ。池の水に瘴気が漂ってて……」
「そんな水をみんな飲んでるの?」
今にも泣きそうな顔をしているアメリアに、エリオが通行証を門兵に見せながら答えた。
「強い毒ではないのですよ。徐々に体が蝕まれるだけで――」
「でも……」
門兵はあっさりと馬車を通した。領主ゲルンハルトから話が通っていたようで、深々と頭を下げている。
アメリアの小さな手が膝の上でギュッと結ばれた。
「教会へ行きたいです。病で苦しんでいる人を救いたい……」
「――どうしますか? リーゼ様」
「先に結界を直した方がよくない?」
「結界は城の尖塔にあります。お二人の姿を見せたくないので、向かうのは夜中のつもりです」
「じゃあ……教会へ行こうか?」
「畏まりました」
◆ ◆ ◆
驚いたことに街の教会は、天聖教会ではなく聖天使エリーゼ教会だった。
「ここが、街で唯一の教会なのですか?」
「その通りです、聖少女様」
「天聖教会じゃないなんて……」
「しかも、大きいね」
「うん」
リーゼの言葉にアメリアが頷いた。オーデンの天聖教会ほどではないが、アメリアが育ったサノワの聖天使エリーゼ教会より、何倍も広くて高い。
「領主のゲルンハルト様は貴族ですが、貴族主義がお嫌いなのですよ。身分を誇っても魔族には関係ないですからね」
「ふうん……」
悪い人じゃなさそう――。リーゼの微妙な表情の変化をエリオは見逃さなかった。心の主と仕える少女は、身分の差を嫌う。事実を伝えたまでだが、これから会うであろうゲルンハルトの印象が良いのは、魔族との決戦が近づく帝国にとって好ましいかもしれない。
「帝国では珍しいお方です。それ故に疎ましく思う輩も多いですが――」
エリオは教会の扉を静かに押した。
――広がっていたのは、悲惨な光景だった。
黒いもやのような瘴気が漂う中、並ぶ長椅子にはびっしりと病人が寝かされ、シスターたちが命を繋ごうと必死に行き交っている。2人の神父が回復魔法で治療にあたっているが、効果が弱いのか病人は寝こんだままだ。
リーゼはこんな光景を見たことがある。サノワの村に“闇の雫”が落ちて駆けつけたとき、傷ついた村人で教会が一杯になっていた。
アメリアも見たことがある。公都ハーバルでの“闇の空”との決戦のとき、天幕に次々と傷ついた冒険者が運ばれてきた。
「治さなきゃ!」
駆け寄ろうとするアメリアの腕をリーゼがつかんだ。
えっ? 戸惑うアメリアに、リーゼが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ひとりひとりを治療してたら時間がかかるよ。範囲魔法を使ってみない?」
「範囲魔法を? 私が?」
「アメリアなら出来るよ」
「それはいいですね。今なら皆、こちらに気づいていません。お二人の姿を見られたくない私としては願ったり叶ったりです」
戸惑うアメリアに、リーゼはやり方を説明し始めた。
「ほら、こうやって両手を向けて、聖魔法を教会に満たすようにして……」
「……う、うん、やってみる」
リーゼを真似て、アメリアも両手のひらを長椅子に横たわる病人たちにかざした。
「範囲……聖……」
光の粒が聖少女の両手のひらに集まっていく。まるで、解き放たれる時を待つかのように――。
次回更新は、3/20(水)に今週と同じく『転生少女の七変化 ~病弱だった少女が病床で作った最強7キャラで、異世界をちょっと良くする物語~』をアップ予定です。
『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』は大幅リライト中で、しばらく更新をお待ちください。
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