23 国境の砦を越えて
岩だらけの山道を、馬車がゆっくりと降りていく。帝国軍が“魔石の泉”へ侵攻してきた坂道だ。だが今は、穏やかな天候と、後ろの幌から聞こえるはしゃぎ声が相まって、まるで遠足のような雰囲気となっている。
手綱を握るエリオが天を仰いだ。
(どうして、こんなことになったのだ)
心の主であるリーゼ様を守るために、聖石の取引を帝国の国境を治めるゲルンハルトに持ちかけたところまではよかった。だがまさか、守るべきリーゼ様とネイザー公国の姫である聖少女アメリア様まで連れて、帝国へ向かうことになろうとは……。何としても、2人の素性を隠さなくてはならない。
国境となる帝国の砦に着くと、巨人でもくぐれそうな重々しい門の前で衛兵に取り囲まれた。
「ゲルンハルト様との取引で、領都ゲルンへ向かいます」
笑顔を向けるエリオに、厳めしい衛兵は不振な目を向けた。
「通行証を見せろ」
エリオは懐から、紐で丸めた羊皮紙を取り出した。受け取った衛兵は紐を解いて、文面を確認する。確かにゲルンハルト家の紋章である、盾を持った獅子の印が押されている。
荷台を覗いて、幌の中を確認していた騎士が尋ねた。
「積み荷の樽には何が入っている?」
「水や果実酒でございます。飲み水が瘴気で汚染され、お困りのようですので」
「なぜ、少女が2人乗っているんだ?」
樽の山に囲まれるように、白いローブで体を覆った者が乗っていた。フードで顔は見えないが、体つきや袖から見える手で少女であることがわかる。
「見習いでございます」
通行証を確認していた衛兵が、眉間にしわを作った。
「荷下ろしの役には立たぬのではないか?」
「教会で育った者でございます。瘴気で伏せる者の看病にと」
嘘はついていない。2人とも聖天使エリーゼ教会の出であり、看病も行える。ただし、瘴気そのものを祓う聖魔法の使い手であることは隠したが……。
「そうか……祈りにすがるしかないか……。行っていいぞ!」
衛兵は通行証をエリオに戻すと、門に向かって右手を上げて、クルクルと回した。
重々しい門が、ゆっくりと開いていく。
◆ ◆ ◆
門を抜け、砦を出ると帝国の領土だ。
見渡す限りの荒涼とした大地を馬車が進み始めると、リーゼとアメリアはフードを降ろして、ぷはっと大きく息を吐いた。
黒髪の少女が、黒い瞳を無邪気に輝かせた。
「うまくいったね、アメリア」
「うん! 帝国の騎士に囲まれたときは、どうなるかと思っちゃった」
「いざとなったら、アメリアを守るためにリィンさんが空から降ってくるって」
幌の中でよからぬことを言ってる心の主に、エリオが口を挟んだ。
「リーゼ様、物騒なことをおっしゃらないでください。本当に飛んできたら、帝国が戦端を開く口実になりかねません」
「私が呼ばなきゃ来ないって。多分……」
「多分……ですか……」
エリオは、ため息交じりに帝国の空を見上げた。瘴気が濃くなる北に向けて、暗雲が立ちこめている。
(リーゼ様は、リィン様の自由を認めておられる。リーゼ様の剣であり、ネイザー公国の亡くなられた王妃でもあるリィン様は、自らの力をネイザー公国を護るために使うだろう。人の死を望まぬリーゼ様の意に反することは……ないと思うが……)
油断はならない――。エリオは握る手綱を引き締めた。
次回更新は、3/13(水)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』をアップ予定です。
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↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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