21 百本の剣
“闇の大穴”の浄化以来、封印から解き放たれてリーゼの剣となったリィンは、アカべぇたちと同様に【マイルーム】へ自由に入れるようになった。
現実世界とは異なる空間に存在する部屋――。リィンは驚愕したが、天使様であるリーゼ様が自分だけの世界を持つのは当然かもしれないと納得した。
(天界もこの部屋と同様に、世界と隔絶されたどこかにあるのかもしれない)
リーゼから口止めされたわけではないが、口外するつもりはない。自分のように天使様の従者となれば、この部屋に招き入れられるだろうから。
「まったく……リィンさんが剣を置いてきちゃうんだもん。新しい剣を作らなきゃ」
口を尖らせたリーゼが、【マイルーム】の一室に入っていく。そこは武器庫で、リーゼが鍛えた剣が四方の壁にずらりと飾られている。ブロードソード、ロングソード、レイピアなど、ざっと数えて百本ほどの多様な剣が並んでいるが、どれも鉄で作られた一般的な剣だ。ただし、リームが打っただけあって輝きが深く、一目で業物とわかる。
「お叱りはごもっともでございます。私の姿を見られたくなかったものですから」
「……まぁ、いいけどね。帝国とは仲悪いし、亡くなったはずの王妃が現れたらビックリするよね」
剣を物色するリーゼの手が、1本のブロードソードで止まった。
「これでいいか」
剣を持つと、軽く一振りして感触を確かめ、リーゼは武器庫の外へ向かった。
「これだけの剣を所蔵されて、どうされるおつもりです?」
リーゼは、少し寂しそうに眼差しを落とした。
「……戦争になるかもしれないからね」
「いざという時の、備えということですか?」
「そう。“魔石の泉”が帝国に狙われてるみたいだから。あそこには、オイゲンお爺ちゃんや大工さんたちもいる。……そもそも、“闇の大穴”を浄化しちゃったのは、私だし……」
「本当にお優しいのですね、リーゼ様は。“魔石の泉”は帝国とネイザー公国の問題ですのに……」
「アメリアも、シャルミナもいるから……。みんなに傷ついて欲しくない」
「リーゼ様――」
リィンは胸に手をあて、頭を垂れた。
「私もいざという時、こちらの剣を振るってもよろしいでしょうか?」
「剣なのに、剣を使うの?」
「あなた様の掌中に、私が剣の姿でいるとは限りませんから。私が単独で戦わねばならぬ時、こちらの剣を持ち出すことをお許しください」
リーゼは少し考えたが、好戦的な人じゃないし問題ないと思えた。そもそも自分が聖剣リィンを振るうと山が消えるらしいし、リィンさん1人で戦うほうがまだマシな気がする。――ただし、使うには条件がある。
「いいけど、命を奪わないで。人も、魔族も」
「……承知いたしました。どこまでもお優しいのですね、あなた様は」
リーゼとリィンが武器庫を出ると、部屋は鍛冶場に繋がっていた。
「アカべぇ、いるー? 手伝って欲しいんだけど!」
奥のリビングから、ピンクのクマが大急ぎで入ってきた。血まみれベアも、リーゼにかかってはただの便利なクマだ。
リーゼはブロードソードの握りを差し出した。
「刃を潰すから手伝って」
ご主人様のお呼びに、ウキウキだったクマの眉尻が下がった。
「ウォウ……」
悲しそうな声が漏れる。
リィンもため息を吐いた。
「勿体ないですね、そのような見事な剣を潰すなんて」
リーゼの白い頬が、不満そうに膨れた。
「私が振るうには斬れすぎるの。そもそも、リィンさんが結界に置いてきちゃったのがダメなんだからね!」
「……リーゼ様の御心のままに」
リィンは胸に手をあてると、先ほどより深々と頭を下げた。
◆ ◆ ◆
緩やかな山道を抜けると、眼下に海が広がり、山の斜面から入江を囲むように巨大な壁が見えてくる。空を覆う巨大な“闇の雫”との戦いで崩れた箇所もあるが、晴れた空から降り注ぐ陽の光が暖かく、いたって平穏だ。
「久しぶりだねぇ、リーゼと会うのも。元気にしてるかねぇ」
旅をしてきたというのに随分と胸の開いた服を着た女が、手でひさしを作って壁を見上げた。
「お会いするのが、楽しみですな」
「期日までもう時間がない。急がなければ」
小太りな男と、背の高い男が後に続いた。
火のサラと2人の楽師が、ネイザー公国の公都ハーバルを再び訪れたのだ。
次回更新は、2/14(水)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n1211ig/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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