15 帝国へ
ドワーフという種族は酒好きである。大いに飲んで、大いに働いて、大いに人生を楽しむ、それが身上といえる。なので、砦の増築などという滅多にない大きな現場であれば、宴が催されない夜などあろうはずがない。
今宵もドワーフとヒトが入り交じって焚火を囲み、飲めや歌えやとばかりに大いに盛り上がっていた。
ガサリ……。背後の草むらが揺れた。
「魔物か!?」
オイゲンたちが手斧やハンマーを片手に身構えた。“闇の大穴”が浄化されてから、魔物は滅多に姿を現さない。――では、獣か?
「た……助け……て……」
草むらから出てきたのは、小さな人影だった。細い体は疲れ切り、両手も両足も傷だらけだ。
オイゲンは斧を捨て、小さな体を抱きかかえた。焚火の明かりで浮かび上がった少年の顔は幼く、7~8歳といったところか。
老鍛冶屋の太い腕に抱かれた少年は、安心したのか気を失うように眠りについた。
「砦へ……いや、マーラ様のところへ運ぶんじゃ! 急げ!」
◆ ◆ ◆
何かが……ひんやりとした何かが喉を通る感じがして、少年は目を覚ました。
「……ここは?」
「安心して、サノワの教会よ」
目の前に穏やかな目をしたシスターがいる。フードから除くふわりとした金色の髪が、窓から差し込む月明かりで輝いている。
「サノワ? “闇の大穴”の……麓にあるという?」
「そうよ。どこから来たの? 森を抜けてくるなんて」
どこから? 森を抜けて? ――あっ。
「こうしちゃいられない! 聖騎士! 聖騎士様を!」
跳ねるように上半身を起こした少年が驚いた。両手の傷が治っている。布団をめくると両足の傷もだ。
「特製の高位回復薬なの。聖騎士様が残してくださったのよ」
「聖騎士様が!?」
「そう。――何があったのか、話してくれる?」
少年はマーラの瞳を見つめながら、こくりと頷いた。
◆ ◆ ◆
深夜にもかかわらず、教会の礼拝堂にマーラと、夫であるユーリィ、オイゲンが顔を合わせている。
ユーリィだけが椅子に体を預けているが、寝たきりだった頃より随分と顔色がいい。
「そうか……村が瘴気に襲われて……。聖騎士に浄化を求めに来たのか……」
「帝国の聖女は何をしているのでしょう? “魔石の泉”には皇帝と共に侵攻してきたというのに……」
「わからない……辺境の村など取るに足らないということなのか……」
「そんな……」
オイゲンが口を開いた。
「あの小僧――トルガ村のイポルといったか?」
マーラが頷いた。
「イポルが望む“闇の大穴”を浄化した聖騎士とは、シャルミナ嬢ちゃんを指すのでしょうなぁ」
マーラに代わって、ユーリィが答えた。
「ああ、そうなるだろうな。実際に浄化されたのはリーゼ様だが、表向きはそうなっている。――だが、次期国王となるシャルミナを、国境のつばぜり合いが続く帝国へ送るなど出来ぬこと」
「となると、村を救えるのは……」
礼拝堂の扉が勢いよく開かれ、黒いローブに身を包んだ男が現れた。遠目からも貼り付いたような微笑みがわかる。
「助けを求める少年のひたむきな思いに、リーゼ様が応えぬわけがありません!」
男はユーリィの元にさっそうと歩み寄ると、片膝をついて頭を垂れた。
「お久しぶりにございます、ユーリィ殿下」
「ディツィアーノ、良いのか? ここは聖天使エリーゼ教会だぞ? 天聖教会に属するお前が足を踏み入れるなど……」
ディツィアーノは顔を上げて、満面の笑みを見せた。
「真のエリーゼ様を崇める思いに、教会の違いなど関係ありませぬ。私は、真のエリーゼ様の敬虔な信徒なのです」
「真の」は大事なことなので、二度言った。
「素晴らしいお考えですわ、司祭様」
マーラの声が弾んでいる。聖天使エリーゼ教会を弾圧している天聖教会の司祭が、宗派をいとわぬとは思いも寄らなかったのだ。
ディツィアーノの口端が歪み、白い歯が覗いた。
(この女……ユーリィ殿下の正妻にして、聖少女アメリア様の母君――。信奉させて損はない)
ディツィアーノはすぐに邪悪な笑みを消して、オイゲンに顔を向けた。
「この件、明日になれば、村中に知れ渡ります。その前に、オイゲン殿からリーゼ様にお伝えくださいますか?」
「ワシから? お主が伝えればよいではないか?」
「いえ……私がお伝えしたのでは、何か裏があるのかと勘ぐられてしまいます。私は……それだけのことをしてきたのです」
オイゲンは何度か白い髭を撫でたが、すぐに納得した。
「……わかった、ワシから伝えよう」
「ユーリィ殿下は、ゴラン陛下とシャルミナ殿下にお伝えを。リーゼ様が帝国へ渡られます」
「……また、リーゼ様に頼らざるを得ないのか……」
「リーゼ様は御心の赴くままに人をお救いになるでしょう。矮小な我々と違って、国の違いなど意に介さぬお方なのですから」
◆ ◆ ◆
翌朝――。昇る朝日を浴びながら、森の上を飛翔するピンクのクマの姿があった。背中にはもちろん、心より仕える小さな勇者を乗せて。
世界中を旅したいと願っていた少女が、3つ目の国である帝国ダキオンへ向かったのだ。
次回更新は、11/15(水)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n1211ig/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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