13 懐かしい器具
リーゼが監視砦へ戻ってくると、ちょうどお昼時で、大工や人夫たちは地べたに腰を下ろして休憩していた。干し肉やパンなどをかじって、思い思いの昼食を取っている。
リーゼに気づいたオイゲンが近寄り、建造半ばの新たな砦の壁を指して胸を張った。
「どうじゃ! 立派な壁じゃろう! リーム嬢ちゃんの打った楔のおかげじゃ!」
「ふーん……」
「なんじゃ、反応が薄いのう」
リーゼはそんなことより、気になるものがあるようだ。
「あれって……なに?」
リーゼが指さした先には、2つの三角の台座に渡した角材がある。
「あれか? 兵舎の柱に使う角材じゃよ。ああやって馬脚の上で鉋をかけて、表面をなめらかにするんじゃ」
「なめらかに……」
リーゼは落ち着かない様子で角材へ駆け寄り、指先で撫でてみた。すでに鉋がかけられていたようで、人の肌のようにスベスベしている。そして何よりリーゼの心を捉えたのは、2つの台座で支えられた長い角材が、慣れ親しんだ器具を思い起こさせたこと。幅も、長さも、高さもちょうどいい。
「この木と馬脚……だっけ? 使ってもいい?」
「みんな休んどるし構わんが、どうする気じゃ?」
リーゼは返事の代わりにニッコリと微笑むと、横たわる角材の延長線上を10ほど下がった。
(大丈夫、体が覚えてる)
1つ大きな息を吸うと、右手を元気に挙げて、駆け出した。ロンダートで背を角材に向けて、後方宙返り。ロイター板がないけどレベル120の体なら問題ない。高く跳ね上がった体は、しなやかな弧を描いて角材の上に着地した。
おおっ!
驚きの声を上げたのはオイゲンだけではない。周囲の人夫たちも目を丸くしている。
(うれしい! また平均台が出来るなんて!)
喜びのまま、後転飛びを3回続けた。小さな体が角材の端から端までクルクルと回り、人夫たちの感嘆もさらに大きくなった。
バランス感覚を確かめようと、前後開脚ジャンプを飛ぶ。ピンと足先まで伸びた空中姿勢はもちろん、着地も揺らぐことなく、まるで床の上で演技しているかのようだ。
反動を付けて水平にターンしてみた。1回……2回……いける! 3回……なんと4回も連続してスピンすることが出来た。静止もピタリと決まる。
平均台でのターンは3回がE難度なので、4回は難易度いくつなんだろう?
そんなことを冷静に考えるリーゼの周りに、皆が集まってきた。
リーゼはリズミカルにポーズを取って、アピールする。やがて、手拍子が巻き起こり、演技はますますノリが良くなっていく。
開脚倒立からの前転、そしてブリッジ。平均台ならではの演技であるバランスで魅了した後は――。
(よ~し、ラスト!)
降り技はもちろん、ムーンサルト(後方2回宙返り1回ひねり)だ! 平均台の上とは思えないスピード感溢れるロンダートからの後方転回で踏み切り、宙を木の葉のように舞って見事に着地を決めた。
大きく空に伸ばした両手の間で、充実の笑顔が弾けた。
ワーーーーーッ!
割れんばかりの拍手がリーゼを包む。ここが街の広場であれば、コインが乱れ飛んでいただろう。
「おおぉおぉぉぉぉ……なんと美しい……まさしく天使の舞い……」
リーゼを崇拝するディツィアーノが両目から涙を滝のように流し、膝を地に落とした。
「来てたの!?」
「もちろんでございます……。あなた様の偉業を後世に伝えるのが、我が使命……」
ディツィアーノは立ち上がると、皆に向かって高らかに宣言した。
「リーゼ様の踊りにより、この地は祝福された! 工事は無事に進み、砦は未来永劫護られるでしょう!」
いいぞいいぞ! と人夫たちが武骨な笑顔を浮かべてはやし立てる。オイゲンも満足そうに、腕を組んでうんうんと頷いた。
久しぶりの平均台に心の赴くまま体を動かしただけだけど、ちょっとやり過ぎたのかもしれない。
ディツィアーノはローブの下から分厚い書を取り出すと、奇跡ともいえる光景を書き留め始めた。
「またそれ?」
リーゼがウンザリした半目を向けたが、ディツィアーノはお構いなしに筆を進めていく。聖典を書き記し、後世に遺すことこそ、この男の生きる意味なのだ。
次回更新は、10/18(水)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n1211ig/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
【大切なお願い】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
応援して下さる方、ぜひとも
・ブックマーク
・高評価「★★★★★」
・いいね
を、お願いいたします!




