12 築かれる石壁と小さな池
“闇の大穴”へと続く谷をふさぐように建つ監視砦では、砦の前面に新たな壁を築くべく、国の大工と鍛冶屋が総出で腕を振るっていた。
谷の石切り場で四角く切り出した岩を、力自慢の人夫たちが壁の形に積み上げていく。
人では持てないような巨石は、業火の精霊であるグレープの役目だ。片手でつまんで、事もなげに運んでいく。グレープを見たことがない人夫たちは、凶悪な面相の巨大なトカゲに驚いたが、害がないことを知ると、むしろ頼るようになった。
大工たちが足場に登り、積み上がった岩の隙間にハンマーで楔を打ち込む。
黒光りする楔は、まるで根を張るかのように岩を繋ぎ、無数の岩を1枚の壁へと変えていった。
――こんな楔、見たことねぇ。打ちやすいのに、打ったら最後、どうやったって抜けねぇ。天使様に護られた神殿を作ってる気分だ。
面食らう大工たちを、足場の下から見上げていたオイゲンは、白い眉にしわを寄せた。
(やれやれ、帝国の大砲どころか、空から星が降ってきても跳ね返しそうじゃぞ)
「おおーっ! さすがリーゼ様の楔が打たれた石壁、なんと神々しいことか!」
不意に感嘆の声が上がり、オイゲンが振り返った。
「なんじゃ、司祭殿か。こんなところまで何しに来なすった? 聖騎士学園の授業はよいのか?」
「オイゲン殿……このディツィアーノ、お願いがあって参りました。これは……真なるエリーゼ様の教えを伝える授業よりも、優先すべき要件なのです」
「ほう……お主をしてそう言わしめるとは……ただならんことのようじゃの。話を聞こう」
「感謝いたします」
ディツィアーノは偽りのない微笑みで頬をほころばせながら、深々と頭を垂れた。
◆ ◆ ◆
“闇の大穴”の周囲には凍てつく山々が連なっているが、闇を浄化してから様相が変わりつつあった。冷気を帯びた空気が穏やかになり、わずかではあるが花の姿も見られるようになったのだ。
そんな北の森の奥にある小さな池のほとりで、釣り糸を垂れるピンクのクマの姿があった。
フアァア~~。
あぐらをかいてあくびをする様は、本気で魚を釣ろうとしているように見えない。ただ、暇を潰しているのだ。
「も~っ! またこんなところで油を売って!」
ずんずんと大股で、主であるリーゼがやってくる。
だが、ピンクのクマはお構いなしに寝そべり、大きなあくびをまた1つした。
「ここって“闇の雫”が落ちたあとのくぼみでしょ? まだ魚なんかいないって」
頬を膨らますリーゼをスルーして、ピンクのクマは尻をかいた。滅多に見せない反抗的な態度だ。
「人嫌いなの知ってるけど、ちょっとは手伝ってよ。グレープなんて大活躍だよ?」
フアァアアァアァ~~。
ピンクのクマは、さらに大きなあくびをした。
「もう……勇者の従者が怠けて、魔王の従者が人と仲良くするなんて、逆じゃない?」
どこから飛んできたのか――妖精が光の粒を散らして、ピンクのクマの肩にとまった。
「まぁまぁ、仕方ないって。人なんて、都合が悪くなるとすぐ裏切るんだから」
「ウィンディ…」
妖精が言ってるのは、人の謀略で殺された勇者のことだ。アカべぇは勇者の親友だったから、人のことがどうしても好きになれない。
「けど、アカべぇがここにいるのはいいことよ。妖精はクマがいてくれれば安心なんだから」
「え? それって……この池に妖精が集まってくるってこと?」
「アハハハ、そうなるといいよね~。ひとりぼっちも飽きてきたし」
伸ばした足をパタパタ動かしながら、妖精が続けた。
「けど、まずは魚が戻ってこなきゃね」
フガァアァァ~。
ピンクのクマがまた大口を開けて、あくびなのか返事なのかよくわからない息を吐いた。
次回更新は、10/4(水)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n1211ig/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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