09 プヨンの攻撃
帝国の騎士たちが放った魔銃の閃光が、沼から隆起した液魔に命中した。
「ピィーーーーーッ!」
炎が、氷が、雷が――巨大なゼリー状の体に炸裂していく。
「第2射! 撃ーーーっ!」
ジークムンドの号令で、騎士たちが再び魔銃を放った。沼を覆うような液魔なので、狙いを外しようがない。
「ピギャーーーーーッ!」
プヨンの体は炸裂した魔法弾によって、燃えたり、凍ったり、痺れたりと目まぐるしく変わっていく。だが――。
プヨンは倒れることなくそこにいた。変化といえば、頬がぷくっとふくれっ面になったぐらい。
「まさか……効いていないのか?」
ジークムンドの顔に焦りの色が浮かんだ。帝国が誇る数百の魔銃の一斉射撃を受けて、何ともないはずがない。
「ピピピィィィィーーーッ!」
プヨンの体が弾けた。投網で魚を一網打尽にするかのごとく、帝国の騎士たちに薄く広げた体を伸ばしていく。
「ダメーーッ! 傷つけないで!」
リーザの叫びを耳にしつつも、プヨンは構わず帝国の騎士たちに降り注いでいった。
ジークムンドは聖女ミラベルをかばいながら黄金の魔銃を撃ったが、抵抗むなしくプヨンの体に飲み込まれた。
ジークムンドのそばにいたシャルミナは、コンラッドの前でリーニャの聖剣を抜くと、念を込めた。
「【聖なる盾】」
シャルミナとコンラッドの体を覆うように、ドーム状の光の盾が形成された。
ゴボッ! モガッ! ゴボゴボゴボ……。
帝国の騎士たちが皆、薄紫のゼリーの中でもがいている。
シャルミナとコンラッドは難を逃れた。盾の形に沿って液魔の体が切り抜かれ、断面から溺れるジークムンドとミラベルの無様な姿が見えている。
「さすがシャルミナ様! 【聖なる盾】の何たる威力か!」
感喜するコンラッドをシャルミナは制した。
「いや、我が防御魔法はまだ、愛する妹アメリアの足下にも及ばぬ。――私が防いだのではない、液魔が避けてくれたのだ」
「何と?」
液魔が避けた? 何故? コンラッドは腑に落ちない。それは、シャルミナも同じだ。
(無差別に攻撃しているのではないのか?)
リーザの脳裏に、ロアンの戦いで液魔に体を焼かれた少女の姿が浮かんだ。酸でただれた顔……体……うめく声……あんな悲惨な様はもう見たくない。
「プヨン! もういい! 下がって!」
「ピピッ!」
波が引くように薄紫のゼリーが沼に戻った。沼の縁に残された帝国の者たちはというと……ぐったりと地に伏している。
リーザは急ぎ降りようと羽をすぼめた。慌てて、妖精ウィンディが耳を引っ張る。
「待った待った! 大丈夫だから見てなって!」
「え?」
う……うう……。意識を取り戻した騎士たちが、1人、また1人とよろめきながら立ち上がっていく。鎧が落ちる音がそこかしこで響いた。
ガシャーン……ガシャーン……。
騎士たちは皆、真っ裸になっていた――。鉄の甲殻を繋ぐ皮や布が溶け落ち、兜や肩当てが、申し訳程度に体に引っかかっているだけだ。
うわあぁあぁぁぁぁ!
屈強な男達が、一斉に股間を隠した。
「うおぉおぉぉぉぉぉ!」
ジークムンドも例外ではない。皇帝の威を放っていた鎧を失い、金の魔銃を股間に当てて、身をよじっている。残された金の装飾が体に貼り付いているのが、むしろみすぼらしい。
「キャアァアァァァァ!」
聖女ミラベルが、胸と股間を隠してしゃがみ込んだ。聖女の衣を身に纏っていたミラベルはまさしく全裸で、白い肌にティアラや首飾りなどの装飾品が残されているだけだ。
「ああっ! ミラベル! 見るな! 見るなーっ!」
狼狽するジークムンドの命に従い、騎士たちが一斉に顔を背けた。
「これで身を隠すといい」
ミラベルの肩に銀のマントがそっとかけられた。シャルミナの背に飾られていたものだ。
「ありが……とう……」
「すまない……シャルミナ」
銀の瞳が向けられると、そこにはガニ股で股間を隠している皇帝がいた。
「プッ」シャルミナは思わず吹き出した。
「こ、これでわかっただろう? “闇の大穴”は復活した。早々に立ち去るがいい」
「ぐ……ぐぐ……撤退だ! 引き上げるぞ!」
股間を隠す皇帝を先頭に、スゴスゴと帝国の騎士たちが前屈みで歩を進めていく。
ウィンディが笑い転げた。
「キャハハハハハ! 見てあの格好! おっかしーーっ!」
青白い魔族の頬が、真っ赤に染まっている。
「何あの攻撃! 服が溶けちゃったんだけど!?」
「リーゼが“誰も傷つけちゃダメ”とか無理言うから、入れ知恵しといたのよ。服を溶かしちゃえば、戦えなくなるって」
「もーっ、とんだエロ液魔じゃない!」
「キャハハハハハ! ヒトってバカねーっ! たかが裸であんなに恥ずかしがるなんて。戦争終わっちゃった!」
妖精の高笑いが届いたのか、平らに戻った沼の表面に絵文字みたいな笑顔が浮かんだ。
次回更新は1週お休みで、7/23(日)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』をアップ予定です。
https://ncode.syosetu.com/n1211ig/
↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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