08 意外な武器
日の出と共に、シャルミナとコンラッドの姿は睨み合う両軍の間にある天幕の中にあった。
テーブルを挟んで対峙するのは、帝国の若き皇帝ジークムンド。背後には聖女ミラベルの姿もある。ミラベルの手は、馴れ馴れしくジークムンドの肩に乗せられていた。
天幕の中は両軍の騎士が立ち並び、まさしく一触即発。ピリピリとした空気が漂っている。
ジークムンドはネイザー公国の降伏を確信してか、余裕の笑みをミラベルに向けている。――だが、シャルミナの一言で形相が一変した。
「何ィィ!? “闇の大穴”が復活しただと!?」
「そうだ。昨夜のうちに闇が貯まり、“魔石の泉”の底を覆っている」
「……バカな、我が軍を退けようと偽りを申しておるのだろう?」
「疑うなら、その目で確かめるといい。我が軍を“闇の大穴”の横まで下げよう」
「何だと……」
ジークムンドの片方の眉がピクンと跳ねた。ミラベルも呆けたようになっている。
――軍を下げてまで見せようとするとは、虚偽ではないのか? 見合わす2人の顔に戸惑いが浮かんだ。
◆ ◆ ◆
“闇の大穴”の手前で隊列を2つに分け、沼に沿って左と右にネイザー公国の騎士たちが下がっていく。
ジークムンドとミラベルは黒い軍勢を従えて、“闇の大穴”の前に出た。傍らには、招き入れたシャルミナとコンラッドの姿が見える。
「あれが、帝国ダキオンの皇帝かぁ。レベルいくつぐらいなんだろう?」
はるか上空で見守っている魔王リーザが、肩で足を組んでいる妖精ウィンディに尋ねた。
「そんなの見抜くまでもないわよ。せいぜい20ってとこね」
「じゃあ、無茶はしないか。大人しく帰ってくれるといいんだけど……」
「ん~、それは無理じゃない? スゴスゴ帰ったらメンツ丸つぶれになっちゃうからね」
「そういうもの?」
「そういうものよ、ヒトってのはね」
――どういうことだ? 沼の上を紫の液体が覆っている。本当に“闇の大穴”が一晩で復活したというのか?
沼のほとりで立ち尽くすジークムンドの背後から、ミラベルがひょいとのぞき込んだ。
「あっ! ジーク! ほら、縁のとこに魔石がいっぱいある! あそこの大っきな青い石が欲しい!」
「あ? ああ……そこの兵! 聖女様が魔石をお望みだ。取って来い!」
「は、ははっ!」
指さす石の手前に立っていた騎士が敬礼すると、恐る恐る縁の内側へ入っていった。
「あっ! ダメ!」
思わず叫んだリーザの声が騎士に届くわけもなく、まるでセンサーに触れて防犯装置が作動したかのように、沼全体が大きく盛り上がった。
海坊主のような巨大な頭に逆三角形の目が浮かぶ。
「ピィィィィィx!」楕円の口から、威嚇の声が轟いた。
「あわわわ……」
突然隆起した“闇の大穴”に仰天して、沼に踏み入れた騎士は尻餅をついたが、ミラベルは拍子抜けしたように肩をすぼめた。
「なぁんだ、液魔じゃない。随分大きいけど倒しちゃってよ、ジーク」
甘えて腕にすがる聖女に、ジークムンドは自信ありげに胸を張った。
「そうだな。制圧してここを我が領土としよう。騎士たちに命ずる! 構え!」
号令に呼応して、ジークムンドの背後で隊列を成す騎士たちが、マントの内側から一斉に銃を取り出した。長い銃身の手元に、火縄銃に似た撃鉄が立っている。
「あれは! 魔銃!?」
剣を取り出すと思ったら銃だったので、リーザはビックリした。
「へぇ~っ、知ってるんだ。あの武器で帝国は、勢力を伸ばしていったのよ」
撃鉄が叩く先には火薬ではなく、赤や青の鈍い光を放つ魔石が仕込まれている。
(まずい、あの武器は魔力がなくても魔法が使える。オーデンにも、ネイザー公国にもなかったから、ゲームと違って存在しないのかと思ってたのに……)
隆起した液魔に向かって、ジークムンドの右手が振り下ろされた。
「撃ーーーっ!」
「ダメーーッ!」
リーザの叫びが、無数の魔銃の発射音でかき消された。
――人を傷つけちゃダメと命じてあるプヨン目がけて、炎と氷の閃光がほとばしった。
次回更新は、7/2(日)に『五つの加護持ちお姫様は、冴えない加護なし辺境領主に恋をする。』をアップ予定です。
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↑もしくは画面上の、作者:イリロウ のリンクから。
どちらも読んでもらえるとうれしいです。
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