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01 転生

更新履歴

2024年08月21日 第3稿として、大幅リライト。

2021年 12月03日 第2稿として加筆修正

 ごめんね……もうがんばれない……。


 人工呼吸器で口を塞がれた少女は、涙であふれた瞳でそう訴えました。


「もういいのよ……もう……いいの。よく……がんばったね」


 お母さんは涙を拭うことなく、手折れてしまいそうな娘の手を包んでいます。

 お父さんの大きな手も、お母さんの手の上から強く握りしめました。


凜星りんぜ……苦しかったな、つらかったな……。がんばってくれて……ありがとう……」


 大粒の涙が止めどなく流れます。悲しい――生きて欲しい――。けど、娘が楽になるにはもう……。


 少女の名前は楠未凜星くすみりんぜ。まだ11歳の小学五年生です。

 体を動かすのが好きな女の子でした。毎日、学校帰りにスポーツクラブへ通って、体操と新体操を熱心に練習していました。アクロバティックな動きで技を追求する体操と、キュートな身のこなしで美を表現する新体操――。どちらも大好きだけれど、より高く宙を舞う体操が心から大好きでした。それなのに――平衡感覚を失い、平均台に立つことすら出来なくなってしまったのです。

 病は徐々に体を蝕み、彼女を病院のベッドに縛り付けました。ちょうどよいサイズだったパジャマが痩せてブカブカになり、髪が抜け落ちた頭にはキャップが欠かせなくなりました。

 母親譲りの目尻が少し上がった大きな瞳が、白い天井を見上げます。


(生まれ変わったら、また体操がしたいな。それと……寝てるの飽きたから、世界中を旅したい……)


 凜星は病に伏してから、病室以外の世界をほとんど知りません。遊びに行けるのは、本やネットを通じた世界だけ――。


(自分の足で歩いて……もっと色んなことが知りたかった……)


 世界がまばゆい光を帯びていきます。

 体が楽になり、ふわりと浮かぶような感覚に包まれました。


「凜星! 凜星ーーーーっ!」


 お母さんの叫びが病室に響きます。うっすらと微笑んだまま、動かなくなった娘にすがりつきました。お父さんも必死で娘の体を揺すります。


 けれど――もう、その閉じた瞳が開くことはありません。

 少女は、旅立ったのです。



  ◆  ◆  ◆



 ――それから、どれぐらい時間が経ったでしょう?

 死んだはずなのに、意識があります。

 凜星は戸惑いました。ベッドとは違う何かに横たわってる感じがするのです。

 そっと目を開けてみました。

 眩しい――真っ白で何も見えません。

 やがて目が慣れてくると、どこまでも広がる青い空が見えました。

 もこもこした雲がゆっくりと流れて、軽やかな鳥の声が聞こえてきます。


(ここ、どこ?)


 草原に寝転がる体をゆっくりと起こしてみました。

 動きます! 顔の向きを変えることすら大変だった体が、あっさりと起き上がったのです。


(うそ……)


 頭に触れると、髪がありました。肩まで伸びたミディアムボブが頬をくすぐります。

 そしてなにより――頭も、胸も、どこも痛くないのです。


(病気が治った? ……ううん、死んだはずだよ?)


 パジャマではなく、茶色いヘンな服を着てるのが気になりますが、立ち上がってみることにしました。


「ん……しょ……」


 小さな両足が、しっかりと大地を捉えました。立ったのなんて何ヶ月かぶりなのに、フラつくこともありません。

 辺りを見回すと、谷の向こうにいくつもの山々が折り重なっています。麓の平野には町らしきものがあるようです。


(きれい……なにもかも……輝いてる……)


 自然と涙がこぼれてきました。薄暗い病室にはなかった、命の輝きが胸を打ちます。


(ここが……死後の世界? 生まれ変わったんじゃないよね? 赤ちゃんになってないし)


 あらためて体を確かめてみました。革の服にショートパンツ、腰には短い剣が下げられていて、背中には小さなマントが付いています。


「あぁっ! これ、勇者の初期装備!? どこかで見たことあると思ったら!」


 思わず大きな声が出てしまいました。

 自分が着ているのは、父親と遊んでいたオンラインゲームのコスチュームだったのです。


 『オルンヘイムオンライン』――寝たきりの娘と一緒に遊べるようにと、父親が病室に持ち込んだオンラインゲームです。

 ノートパソコンを通じて広がる中世ファンタジーの世界に凜星は魅せられ、体調のいい日は欠かさずプレイしていました。


(まさか、ゲームの世界に転生したの? ……ううん、ないない、そんなラノベみたいなこと)


 疑いながらも、ものは試しとショートカットワードを唱えてみることにしました。


「ステータス!」


 目の前にステータスウインドウが表示されました。


「うわ! 開いた!」


 【名 前】リーゼ

 【種 族】人

 【職 業】勇者

 【年 齢】■■

 【レベル】120

 【体 力】1162

 【魔 力】1094

 【攻撃力】1182

 【防御力】1021

 【素早さ】1063


(リーゼ……やっぱり……メインで使ってたキャラだ)


 ウインドウの中には、スキルや魔法のリストがずらりと並んでいます。


(レベル120……スキルや魔法も全部あるし、カンストしたデータそのままみたい)


 年齢の表示だけ■■になっていておかしいですが、そもそも『オルンヘイムオンライン』のキャラクターには年齢の入力がなかったので、表示できないのかもしれません。

 ――凜星は少し考えましたが、気にしないことにしました。歳なんて自分で分かっているし、困ることはありません。それより、試してみたいことがあります。

 そう――。魔法を使ってみるのです。


雷撃ブレイブサンダー!」


 目の前の大きな木を指さしながら、魔法の名前を叫んでみました。ちょっとかっこよく、ゲームの主人公になったつもりで。


『ドッガアァアァァン!』


 晴れ渡った空からいきなり稲妻が落下して、大木を真っ二つにしてしまいました。


「げ……」


 避けた木の間から、ブスブスと黒い煙がくすぶっています。

 こんな魔法、人に落ちたら無事ではすみません。いえ、間違いなく死んでしまいます。


「威力ありすぎ!」


 【雷撃ブレイブサンダー】は勇者の使う初級魔法で、最も威力が弱い攻撃魔法です。では、最大の攻撃力を誇る魔法を使ったら、どうなってしまうのでしょう? 神罰のような光の柱が天にそびえ立つ魔法があるのです。――恐ろしくて考えたくもありません。


(ともかく、山を降りてみよう。これだけ強ければ、一人でも大丈夫だろうし)


 凜星は手と足の筋を伸ばして、体の調子を確かめました。右足を振り上げると、難なくI字バランスが作れます。


(よし、いける!)


 キッと正面をにらむと、矢のように駆け出しました。凜星には確かめたいことがあるのです。

 両足で地を蹴り、体を捻って両手をつく。

 ――ロンダートからのバク転(後方転回)、そしてスワン(伸身宙返り)の連続技です。小さな体がクルクルと宙を舞いました。


(すごい! 体が軽い!)


 着地も両足が乱れることなく、見事に決まりました。そのまま両手を空に向けて広げて、胸を張ります。

 簡単な技でしたが、レベル120の身体能力と生前練習した経験が相まって、年齢からは考えられない切れと高さを生み出していました。


(できた! また体操できるんだ!)


 凜星の黒くて大きな瞳が、空を見上げました。


(神様、ありがとう、元気な体をくれて。また体操ができるよ。ゲームの世界ってのはどうかと思うけど、世界中を旅したいって夢も叶えてくれたんだね)


 遙か遠くの山々に向かって、大きな声を出します。


「パパー! ママー! 凜星は元気だよー! 安心してー!」


 こだまが響いていきました。お父さんとお母さんへ想いを届けるかのように――。


「楽しいこと、いっぱい見つけるからねー!」


 なんだか晴れ晴れとした気持ちです。空も、緑も、谷からそよぐ風も、みんな清々しくて、心が洗われるようです。

 楠未凜星はもういません。これからは勇者リーゼの冒険が始まるのです。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも「面白かった」「続きが気になる」と感じられた方、

「がんばれ!」と応援して下さる方、ぜひとも


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