平凡的幸福論のメソッド9
本編最終回になります!ここまで読んでくださって感謝です!
『さてと。ここからが本題だ』
『……?』
取調室という密室には透巳と圭一の二人しかおらず、圭一に逃げ場など無かった。透巳から告げられた様々な真実で意気消沈してしまっている圭一は、自棄になったように透巳を見つめ返した。
『アンタさ、木藤友里の居場所。何か特定する手段持ってない?』
『だったらなんだ』
『まぁ別に今どこにいるか分かればいいんだけど。あとはコッチで勝手にやるからさ』
『……好きにしろ』
ボソッと透巳の要求を受け入れた圭一を目の当たりにし、透巳は心底娘の梓紗と似ている男だと痛感した。
梓紗も圭一も、勝ち負けで表すのであれば完全に透巳に負けてしまった。その上で今更足掻こうとは一切思っていないのだ。梓紗は透巳に父親の情報をやって自ら命を絶ち、圭一はメリットが無いというのに透巳の要求を呑んだ。
皮肉なほど同族嫌悪という言葉が似合う親子だと朧気に思いつつ、透巳は友里に関する情報を手に入れたのだった。
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「まぁそんな感じで木藤友里の居場所を特定した後は、全部ぽっちーに任せたんだ」
「任せた?」
「うん。長期戦になると思ったし、発信器はバレる可能性があったから使いたくなかったんだ。だから廓井圭一がつけてた発信器を回収してもらってから、木藤友里の行動を監視してもらってたんだ」
「……この二年間ずっとか?」
発信器を仕掛ける期間が長ければ長いほど、本人に存在を悟られる可能性が高くなっていく。それよりは優秀な千流芭に常に尾行してもらって、居場所を把握した方が安全だと透巳は考えたのだ。
だがもしそんな長い間千流芭が友里のことを監視し続けていたのなら、千流芭の忠誠心が狂気的であることを認めざるを得ない程の執念である。
「いやまぁ、他にも頼み事したりしてたし。そういう用事がある時は発信器やら何か他の方法で見張ってただろうけど。手段はあっちに任せてるから知らないよ俺」
「はぁ……」
千流芭も学生で何かとすることがあるので、流石に二年間四六時中ということは無いが、時と場合によって手段を変えながら何とかやって来たのだろう。無理難題を押し付けたうえ放任主義な透巳の指示の下働いている千流芭は、さながらブラック企業の社畜である。
「あ、ちなみに今の今まで警察とかが見つけられなかったのは、俺が木藤友里にアドバイスしたせい」
「…………はっ?」
今日の今日まで友里に会ったことの無かった透巳が、彼女に助言したというのはあまりにも脈絡のない話で、慧馬は呆けたような疑問の声しか出すことが出来ない。
「廓井圭一が逮捕されたって世間に公表される前に、廓井圭一として彼女にメールしたんだよ。連絡先交換してたみたいだから」
「……は、どうやって?」
サラッと言った透巳だったが、その行為が実現不可能であることを慧馬は知っていた。逮捕された容疑者の携帯電話というのは、それが大した証拠品でなくても没収されるのが当たり前で、本人が自由に使えることはまずない。
つまり透巳が圭一から携帯を借りることも出来ないので、友里にメールを送ることなど出来るはずが無かった。例え圭一が彼女のメールアドレスを覚えていたとしても、透巳の携帯から送れば別人からのメールであるとすぐに分かってしまう。
それが理解できるからこそ、慧馬は当惑したように尋ねた。
「……取調室で廓井圭一と話した後、コッソリ新米刑事の振りして証拠品からくすめちゃった!テヘペロ」
「テヘペロじゃねぇよ。全然可愛くねぇんだよ」
「ごめんごめん。メール送った後ちゃんと戻したから許して」
「そういう問題じゃねぇんだよ……」
おちゃらけた様にとんでもない事実を吐露した透巳だったが、慧馬からしてみれば笑い事ではない。透巳は高校生なので、成人していると言い張ればきっぱり否定できない程度の印象だ。そこにスーツでも着てしまえば、確かに成人男性には見える。
そして透巳の場合は例外だが、普通の高校生は警視庁にそもそもいないというのが刑事たちの共通認識だ。透巳のことを知っている刑事は少ないので、その数少ない刑事たちの目を掻い潜ればバレる可能性は確かに低かった。
とは言え、事件の証拠品を誰にも気づかれず、怪しまれることなく回収してメールを打った透巳の荒業に、慧馬は絶句してしまう。
「あの……単純な疑問なのですが、アドバイスとは?」
透巳の助言内容というのがささには具体的に理解できず、彼女は今更ながらの質問を申し訳なさそうにした。
友里がこれまで警察に見つけられなかった理由と、透巳が圭一を装って与えたアドバイスが関係していることは分かっているのだが、その詳細がささには分からなかった。
「警察が捜査しそうな場所とか、交番の近くとか。とにかく見つかってしまう可能性がある場所を俺なりに推理して、そこを避けるように伝えただけですよ」
「……それって、〝だけ〟で済ませられることなんですか?」
「ハハ……そんなわけないでしょう。コイツがバケモンなんですよ」
何でも無い様に言った透巳に、ささは目をパチクリとさせて首を傾げた。一方、そんなささの問いに答えた慧馬は、死んだ魚の様な目で遠くを見つめている。
「まぁそんなこんなで俺は木藤友里を警察に差し出して、懸賞金ゲットで一件落着。おしまい」
「「……」」
驚きのあまり声が出ないとは当にこのことだった。あっけらかんとした声で透巳が話を終えたところで、車内に何とも言えない沈黙が流れる。
赤信号が青色に変わり車が再び動き出すと、慧馬はふと思い出したようにその沈黙を破った。
「そういやお前、木藤友里の懸賞金気にしてたな……クソ、そういうことか」
「まだまだだね。兄ちゃん」
「ハンドル握ってなかったら今ぶん殴ってたぞ」
満面の笑みで煽りまくってくる透巳に、慧馬は青筋を立てながら引き攣った笑みを浮かべた。
「……散々叱りたいところなんだが……お前の場合、善悪の判断が出来てないわけじゃ無いからややこしいんだよな。……俺はどうやって叱ればいいんだ?」
「叱る相手に聞かないでよ」
「……俺はそこら辺の人間よりは、お前のことよく知ってるつもりだ。だから透巳にとって、他人の死が心底どうでも良いことも分かってる。他人が殺されるって分かってても、理由が無ければ助ける気にもならない……というか、助けなくても罪悪感が生まれないことも分かってる。まぁそれが根本的に駄目なんだが」
頭を悩ませながら、慧馬は何とか透巳を叱るために言葉を紡いでいった。透巳はいつも自身の中で最善だと結論付けたことを、自身の信念に従って行っている。例えそれが世間一般的に異常な、悪と見做されるようなことでも。そういう人間を叱るというのは難題である。本人は他人に何を言われても、後悔も反省もしないからだ。
それは慧馬も透巳も理解していて、こんな会話は無意味なのかもしれないといつも思ってしまう。それでも慧馬は根気強く透巳に言葉を投げかけるし、透巳は黙ってそれを受け止めている。
「でもそれは生まれ持ったもので、性格とか考えを無理矢理変えろって言いたいわけじゃないんだ。やろうとしても無理だろうしな。……取り敢えず、今俺が言えることは…………俺以外の大事な人たちに、心配かけるんじゃねぇぞってことだ。あとお前は自分のことを話そうとする努力をしろ」
「……兄ちゃんがそんなんだから俺がつけあがるんだよ」
「お前が言うな」
慧馬の言葉は、言い換えてしまえば〝自分になら心配をかけても良い〟ということだった。こんな状況でも相変わらずお人好しな慧馬に、透巳は内心頭が上がらない気分だった。
いくら透巳が慧馬に隠れてとんでも無いことを仕出かしても、見捨てることなく何度も叱ってくれる優しい慧馬がいるからこそ、透巳が懲りないというのは否めなかった。そしてそれは慧馬も自覚しているのだが、それを透巳に指摘されるのは腹立たしかったようである。
「自分のことを話そうとする努力か……まぁ、ボチボチやってみる」
「おぉ。頑張れ」
透巳は聞かなければ自分のことを全く話さない上、内容によっては聞いてもはぐらかすことが多い。そのせいで慧馬は何度胃を押さえたことか数え切れないほどなのだ。
透巳の返答はとてもでは無いが慧馬の胃痛改善にはならなそうだった。だが今の慧馬には他に言うことなど探しても無かったので、そんなありきたりな言葉しか返すことが出来なかった。
「ふふっ……」
前座席で会話する二人を優し気な瞳で見つめていたささは、突然楽しげな声を零して透巳の振り向きを誘った。
「どうかしましたか?」
「いえ……なんだか、本当の兄弟みたいだなって……そう思っただけです」
「やっぱりそう思う?俺コイツのためにかなり頑張ってる方だと思うんだけど……にしてはコイツの美形成分が俺に一切継承されないんだよなぁ……」
「何言ってんの?」
ささの意見に同調する様な声を上げた慧馬だったが、そのまま解消されるはずもない不満を吐露した。
血の繋がった兄弟よりも、弟のために奮起している慧馬は最早兄にしか見えない。だが兄弟と言うにはやはり容姿が違い過ぎるのが慧馬的には納得いかないようだ。
「兄ちゃんだってそこそこイケメンな方じゃん」
「お前に言われると皮肉にしか聞こえん」
「何で彼女出来ないんだろうね?性格もいいのに」
「俺が聞きてぇぐらいだよ……」
顔面偏差値がずば抜けている透巳に言われても説得力がまるで無いが、それは透巳の本心だった。慧馬は容姿が整っている方で、その上面倒見がよく性格が良い。慧馬が透巳に勝てるところがあるとするならば性格だろう。逆にそれは性格以外では勝てる部分が無いということでもあるのだが。
兎に角モテる要素は揃っているというのに、何故か生まれてこの方一度も恋人が出来たことが無いというのは、慧馬と透巳にとって解き明かすことの出来ない謎なのだ。
透巳が数年単位で実行した計画についての話から、よくもまぁこんな平和的な会話になったものだと、ささは感心してしまう。だがささにもそういった経験があるので、文句を言える立場では無かった。
そうこうしている内に車はささの家まで到着し、透巳もそのまま小麦の待つアパートへと帰っていった。
こうして、長かったような短かったような一日の夜は、何事も無かったかのようにあっさりと。終わりを迎えた。そしてまた、何でもないような一日が始まろうとしていた。何も知らない人々を置き去りにするようにして。
東京、夜が我が物顔で空を支配する午後八時ごろ。相変わらず星の見えない夜のことである。
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木藤友里と木藤夏樹が逮捕されたからと言って、透巳の周りに大きな変化が起きたわけでは無い。
透巳は将来のための貯蓄を手に入れ、小麦との結婚の手立てが出来たが、それだけである。逆に言えば、それだけのためにあそこまでしてしまうのが神坂透巳である。
F組生徒や、卒業した明日歌たちが事の真相を知ることは恐らくない。透巳の計画を知るのは、あの時車に乗っていた二人だけである。
他に変わったことがあるとすれば、透巳に新たな猫好き友達が出来たことぐらいだろうか。
それから季節はどんどん過ぎていき、透巳たちは青ノ宮学園を卒業した。めでたいことに透巳や小麦だけではなく、F組全員が志望校に合格でき、晴れて大学生になった。
卒業と同時に、透巳は本当に小麦と婚姻届を提出して夫婦となった。有言実行が過ぎるので、知っていた慧馬たちも驚いてしまう程である。
だがいくら行動が突飛だろうと、その思考が理解しがたいものだろうとも。透巳はありふれた幸せのために動く一人の人間である。どこにでもいる、当たり前の存在である。
当たり前に生活をして、当たり前に家族を作り、当たり前に死んでいく。結局は多くいる人間の一人にしかすぎず、彼が何をしようと、彼の周りのほんの僅かな部分にしか影響は与えられない。
そんな当たり前でつまらないことでも、一つ一つに焦点を当ててみると、なかなかどうして面白いのが人間である。
これはそんなありふれた人間の一人。どこにでもいる一人の青年の物語。
彼が何を考え、何をして。何を思い、どう生きるのか。そしてどのようにして、彼にとっての平凡的な幸福論を形にするのか。
それを見届けるまでの物語である。
アクトコーナー
――完――
エピローグに続きます。




