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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
最終章 平凡的幸福論のメソッド
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平凡的幸福論のメソッド7

 嫌われても仕方が無いほどの物言いをしたというのに、何故か笑い声を上げたささは、透巳にとって未知の生物のようなものだった。



「いえ……ただ、以前小麦さんにやったことを、私にもして楽しんでるんだってことに今気づいて、面白くなってしまいました」

「?」

「この間、小麦さんが神社に来てくれた時にいろんな話を聞いたんです。その中に、小麦さんが透巳さんに告白した時、透巳さんはわざと自分を悪く見せて、小麦さんの反応を窺っていたって。その当時の透巳さんにとっては、小麦さんに嫌われても大した脅威では無かったから、もし拒絶されなかったらラッキーとでも思ってたんだろうって、小麦さん言ってましたよ?」



 ささが自身の態度を面白がった理由を知った透巳は、予想外の事実に目をパチクリとさせた。


 薔弥がささを連れ去った(?)際に、神社で様々な会話をささと小麦は交わしていた。所謂ガールズトークである。その中に、小麦が透巳に告白した時の話もあったようで、その当時小麦に対して透巳が試したことを、ささは自分にもしていることに気づいたのだ。


 透巳は梓紗の自殺を黙認した事実を、小麦に隠すどころか自分から正直に告げていた。当時の透巳は、小麦に対して恋慕や執着心を持っていなかったので、小麦の透巳に対する感情がどの程度のものなのか試そうとしていたのだ。もしそれで嫌われても、当時の透巳にはダメージが大して無かったからである。


 そんな透巳の考えなど、当時の小麦は全く知らなかった。知らなかった上で透巳を受け入れたからこそ、透巳は小麦に特別な感情を抱いたのだから。


 だが共に過ごす時間が増え、透巳の人間性をどんどん理解してきた小麦は、しばらく経ってから透巳の悪質な真意に気づいたのだ。



「へぇ……ねこちゃん、いつの間にか気づいていたんですね。意外意外」

「それにしても。私に嫌われても良いと思っていただなんて、ちょっとショックです」



 小麦が長い時間を経て、透巳の思考を読んでいたことに感心したような、驚いたような声を上げた透巳に対し、ささは頬をぷくりと膨らませて言った。


 透巳が以前小麦に試したことをささにも試したということは、現段階でささは透巳にとって失って惜しいと思う程の存在では無いということなので、ささの不満も仕方が無い。



「……薔弥先輩がさささんのこと苦手な理由、何となく分かりました」

「?」



 可愛らしく頬を膨らませているささの顔をじっと見た透巳は、ポロっとそう呟いた。


 相手の感情を揺さぶって、その反応を試すのが好きな薔弥だが、そんな自身の思惑をこうもあっさり見抜かれてしまえば、あの薔弥が苦手意識を芽生えさせるのも無理は無いと透巳は思ったのだ。



「話を脱線させて逃げる気ですか?」

「そんなつもりはないですよ。俺は猫好きの友達が欲しいと本気で思っていますから、さささんと仲良くしたいのは本当です。それに、俺にとって何の利益もないのに、この場所にさささんを連れてきた時点で、かなりあなたのことを特別視しているってことは分かって欲しいですね」

「……はぁ。分かりました。これから自他ともに認める友人関係になるということで手を打ちましょう」

「ありがとうございます」



 透巳の口車に乗せられた感は否めないが、ささはため息をついて譲歩してやった。その代わりとでも言わんばかりの口調で、ささは透巳との微妙な関係にきっちりと結論を出した。


 友里に関係性を尋ねられた際は、曖昧な答えしかできなかったささだが、これからはキッパリと答えることが出来る関係になれたことで、満足気な相好に戻った。



「あ……っと。忘れるところだった」



 ささの追及から解放されると、透巳は話し忘れていたことを思い出し、未だ膝をついて俯いている友里の耳に合わせるようにしゃがみ込んだ。



「あまり興味は無いかもしれませんが、今回殺された三人。林道和也は碌に木藤夏樹の話を聞かずに犯人だと決めつけ、逮捕したことを恨みに思われ。山下幸は朧気な記憶だったにも拘らず、木藤夏樹を犯人にしたかった林道和也の悪質な誘導で、木藤夏樹が犯人であると証言したことで恨みを買い。真犯人の桃山一斎は……言わずもがなですね。まぁそんな理由で殺されてしまったそうです。ちなみに木藤夏樹には他にも殺そうとしていた人物がいまして。それはどうやら自分の無実を信じてくれなかった弁護士さんらしいですよ…………って、聞いてないな」



 木藤夏樹が冤罪で捕まった事件と、それを動機とした今回の連続殺人事件。その詳細を友里に教えてやった透巳だが、当の本人は未だ虚ろな目を泳がせていて、透巳の話など全く耳に入っていないようだった。


 透巳の話が独り言として風化してしまった後、透巳が呼んでいた警察車両がほどなくして到着した。


 友里は刑事たちと共にパトカーに乗り込み、警視庁への長い道を進み始めた。


 陽は落ち、廃墟と化したコンビニエンスストアに夜の世界が訪れる。照らしてくれるのはパトカーの僅かな明かりだけで、それさえも去ってしまえば透巳たち二人はまるで、取り残されてしまったかのように暗闇と同化する。


 こうして、長く長く続いた木藤友里という少女の悲劇は、救いもなく幕を閉じた。


 ********


 薔弥は中学生の頃、友里のことを調べる過程で、彼女の父親が本当は人なんて殺していないことに気づいていた。気づいた上で、その冤罪を利用して友里を地獄に叩き落としたのだ。


 薔弥はそんな非道なことを犯しても、罪悪感を抱かなかったことに少々驚いてもいた。自分のことは自分がよく分かっていると思っていた薔弥なので、今まで自分のことをクズ中のクズだとは感じていたのだが、まさかここまで腐りきっているとは想像もしていなかったのだ。


 だが本当に罪悪感が生まれないのだから仕方が無いではないか。そんな言い訳を勝手にして、薔弥は次の一手を考えていた。


 友里のことを探し始めていた薔弥だったが、一向に見つからないせいで最悪の事態も視野に入れていた。薔弥にとって最悪の事態とは、友里と対面する機会のないまま彼女が警察に捕まることだった。警察に捕まってしまえば、彼女に会うチャンスなど到底訪れない。


 その最悪の事態が起きた場合、薔弥はどうやって自身の心にぽっかりと開いた穴を埋めればいいのだろうかと頭を悩ませた。


 そんな時薔弥は、友里の父――夏樹のことを思い出し、そこに一縷の希望を見出して()()()()のだ。


 思い立ったが吉日。薔弥は夏樹が釈放される日を調べ上げ、その日出てきた彼に会いに行ったのだ。


 友里の友人だと適当に嘘をつき、上手いこと夏樹からの信頼を得た薔弥は、彼から殺人計画のことまで話してもらえるまでになった。


 その時が、薔弥の一縷の希望が開花した瞬間だった。


 薔弥は思いついたのだ。例え友里と対話する機会が訪れなかったとしても、父親である夏樹で代用すればいいのだと。


 父親がこれから犯す犯罪を娘である友里に着せ、殺人が完遂された際にその事実を夏樹に暴露する。そうすることで夏樹に丁度いい絶望を味合わせ、その反応を楽しむことが出来ると薔弥は考えた。


 もちろん、友里を見つけることを諦めたわけでは無かったので、透巳に無理矢理協力させるために小麦を利用した薔弥だったが、透巳にあっさりバレてしまったので何の意味も無かった。


 それだけであれば、薔弥にもまだ希望はあった。例え友里が見つからない、ないし透巳や警察に見つけられたとしても、夏樹が逮捕さえされなければ薔弥はそれで良かった。


 だが透巳は薔弥が夏樹の居場所を知っていることにも勘付いてしまったので、薔弥の計画は呆気なく崩れ去ってしまった。薔弥がしらを切れば良かった話ではあるが、彼は全て見抜かれた上で言い逃れするほど諦めの悪い駄々っ子では無かったのだ。


 それでも友里はまだ見つかっていなかったので、薔弥は諦めていなかった。


 その日、朝のニュースを見るまでは。


 ********


『――で起きた殺人事件の犯人として逮捕されたのは、無職の木藤夏樹容疑者五三歳。そして今入ってきた速報では、この事件の重要参考人として浮上していた木藤友里容疑者が、先程二年前の連続殺人の容疑で逮捕されたということです。詳しい――』


「……透巳くん、やってくれたなぁ……」



 知らない間に透巳が友里を見つけた。薔弥は淡々としたアナウンサーの声を聞いてからそうとしか思えなかった。何故か警察が友里を見つけて逮捕したとは到底思えず、透巳が何らかの方法で友里を見つけたのだろうと薔弥は思った。


 薔弥は居ても立っても居られなくなり、大学の授業を放って透巳に会うことにした。


 朝の登校ラッシュの中、薔弥は青ノ宮学園への道すがら、ふと疑問に感じたことについて思考を巡らせていた。



(それにしても。透巳くん何で木藤友里探すことにしたんやろ)



 薔弥にとって、透巳が友里の居場所を特定した方法は大して興味の無いことだった。もちろんその方法が全く気にならないわけでも無かったが、薔弥はそれよりも動機が気になったのだ。


 木藤夏樹の居場所を透巳が知りたがった理由は、薔弥にも何となく理解できた。透巳が慧馬から事件解決を頼まれていたことは、薔弥も夏樹の居場所を教える過程で聞いていたからだ。


 慧馬の頼みであればそれが透巳にとって興味の無いことでも、彼は今まで期待に応えてきていた。


 だが友里の件は違った。もし慧馬が友里の居場所を推理して欲しいと透巳に頼んでいたのなら、とっくの昔に見つかっているはずだ。なので慧馬が透巳に頼んだという可能性は低かった。


 ならどうして透巳は()()()()()木藤友里の居場所を探し出し、警察に差し出したのか。薔弥にはその理由が皆目見当もつかなかった。


 透巳は友里に興味を抱いていなかった。彼女がどこかで犯罪を犯そうが興味も無かったので、神社荒らしの首謀者が友里だと気づいていたにも拘らず警察に知らせなかった。


 それなのに、どうして。そんな疑問の言葉が最終的に薔弥の頭の中を支配してしまい、キリが無かった。


 熟考している間に薔弥は青ノ宮学園に到着しており、後は登校してくる透巳を待つのみとなった。


 多くの学生たちが通り過ぎる中、一際目立った容姿の透巳が向こう側からやって来た。美青年というのはそれだけで目立つので、見つけるのが簡単だなと薔弥は頭の隅で思う。


 透巳が学園の入り口に足をかける直前、薔弥が話しかけるのを遮るように、彼は薔弥の方を振り向いた。


 そして透巳が流れるようにやってみせた行為に、薔弥は息を呑むことになる。



 薔弥は自身の真意など、誰にも語ってはいなかった。それはもちろん透巳に対しても。


 薔弥が連続殺人事件の罪を友里に着せることで、絶望を味わうであろう夏樹の反応に期待していたことも。友里の捜索を諦めていなかったことも。目的を果たすことが出来ず、落胆していることも。


 透巳は知らないはずで、薔弥の気持ちを全て読み解くことなどできない。それでも――。



 左手の人差し指が目指すのは透巳の下瞼で、そこに達するまでの動きはなめらかでありながら、薔弥にはまるでスローモーションのように見えている。視界に捉えた薔弥を嘲笑うかのように、透巳はその指にほんの少しの力を入れて、そしてほんの少しだけ舌を出していた――。それは見本のようなあっかんべーであり、薔弥が見たこともない様な透巳の相好だった。


 透巳は口を開くことなく、全力で薔弥に対する侮蔑と憐れみの思いを表現していたのだ。


 そんな透巳を目の当たりにした薔弥は心の底から湧き上がる、笑いにも似た、どうしようもない苛立ちを持て余すしかなかった。




 透巳くんのあっかんべーを見たいという作者の欲望が爆発した回ですね。きっと可愛くてカッコよくて物凄くムカつく顔だったことでしょう。


 次は明後日更新予定です。


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