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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第一章 学園改革のメソッド
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学園改革のメソッド6

「明日歌先輩。うちの担任、限界来ちゃったみたいです」



 F組の教室――多目的室のある四階まで上がった透巳は、忙しなく扉を開けると前置き無しで明日歌たちに報告した。

 だがそれだけで明日歌たちにとっては何のことか理解できたので、F組生徒たちは目を見開いて立ち上がった。



「あの先生授業に来なかったの?」

「はい。職員室にもいなかったらしいです」



 明日歌は透巳の端的な言葉で状況を推測した。ただいなくなっただけなら問題ないが、危うい精神状態の人間が突然いなくなってそんな楽観的な考えをできる者はここにいない。



「探すにしても学校から出てたら難しいしなぁ……」

「それは大丈夫だと思います」

「どうして?」



 もし藤村が学校の外に出てしまっていれば明日歌たち生徒が探すのは困難を極める。かといって明日歌たちから話を聞いて素直に信じ、探してくれるような教師は養護教諭の鷹雪ぐらいだ。それでは人手が足りない。

 F組生徒たちはそれを危惧しているのだが透巳は別の意見を持っているようで、明日歌は思わず尋ねた。



「うちの担任は基本的に真面目な性格だと思います。そんな人が授業を放ってまでいなくなるということは、もうこの世の全てをどうでもいいと思っている……死のうとしているということです」

「それは分かってるよ。だから……」

「例えば、我慢できないことがあって死のうとした時。今すぐにでも本気で死にたいと思った人間は、どこに行くと思いますか?」



 透巳と明日歌の危惧していることは一緒で、だからこそ明日歌は早急に藤村を見つけようとしている。

 だが透巳には藤村が学校にいるという確信的な根拠を持っているようで、明日歌たちはとりあえず話を聞くことにした。



「本気で死にたいと思った人間は早急に、且つ他人に邪魔されないようにするはずです。早く死のうと思うのなら学校の中。そして誰にも邪魔されたくないとすれば、屋上です」

「……なるほど」



 透巳の推理を聞いた明日歌は納得したような声を上げた。遥音も透巳の推測に異議無しのようだったが、他の一年生三人は完全には理解できず少々首を傾げている。



「姉貴、どういうこと?」

「説明は移動しながら!今のこの時間も惜しい」



 兼は明日歌に詳細を尋ねたが、こうしている間にも藤村が一線を越えてしまうかもしれないので、明日歌はF組生徒と透巳を引き連れて屋上へ向かった。


 ********


「この学園の屋上は生徒の立ち入りを禁止されてる。普段立ち入ることが出来るのは屋上の鍵を自由に使うことのできる教師だけ。そして授業に訪れない藤村先生をすぐに探す可能性があるのは透巳くんのクラスの生徒だけ。他の生徒は授業中だし、先生だって自分の授業とか別の仕事がわんさかある。生徒たちが帰った後に教師たちが藤村先生を探す可能性はあるけど、今の時間は無理。だから死のうとしている藤村先生にとっての敵は一年A組の生徒。そんな生徒に邪魔されない場所は立ち入りを禁止されている屋上だけってわけ」



 走りながら透巳の推理を代弁した明日歌。理解しきれていなかったF組生徒たちも走りながら漸く全体図を把握できたようだ。


 本当に死にたいと思っている人間にとって最も都合のいい死に場所が屋上というわけである。教師ならスペアキーで屋上に立ち入ることも出来るが、彼らが探し始めるのは恐らく放課後。それだけの時間があれば藤村が死ぬのに十分すぎるのだ。



「だけどこれどうするかなぁ?当然鍵かかってるし、屋上入ったって知られたら私たち退学にならない?」

「そんな悠長なこと言ってられませんよ。ちょっと貸してください」



 四階の一つ上にある屋上の目の前まで辿り着いた明日歌は、ドアノブを回して鍵がかかっていることを確認した。恐らく屋上にいる藤村が中から鍵をかけたのだろう。


 F組の生徒たちは学校側から何かと目をつけられているので、もし何らかの方法で屋上に入ることが出来たとしたら、それを理由に退学にさせられる可能性は十分にある。学校側はF組が何か少しでもミスを犯さないか徹底的に見張っているのだから。


 もちろん教師がF組の生徒に屋上のスペアキーを貸してくれるわけもない。


 だが人の命がかかっているこの状況では透巳の意見が尤もだった。透巳は扉の前で懊悩している明日歌を下がらせると、ドアノブの前に顔が来るようにしゃがみ込む。



「どうするの?」

「あ。明日歌先輩、そのヘアピン借りていいですか?そんで変形して使い物にならなくなっても良いですか?」

「ナニヲスルキカナ?」


 

 唐突に若干物騒な発言をした透巳に明日歌は片言で尋ねた。透巳の言ったヘアピンは、明日歌が右側の髪を留めているシンプルな黒の安物だ。

 どこにでもあるヘアピンで使えなくなったところで大して困りはしないので、明日歌は髪からヘアピンを抜くと透巳に手渡した。ヘアピンが外れたことで耳にかけていた明日歌の髪はしなやかに零れ落ちる。



「……こんなものかな?」

「「…………」」



 透巳は明日歌から受け取ったヘアピンを少しいじって変形させると、それをドアノブの鍵穴に差し込んでカチカチと動かし始めた。


 何の前置きもなくピッキングを始めた透巳をF組生徒たちは目を点にしながらガン見している。いろいろとツッコみどころが多すぎて、どこから切り出せばいいのか分からなくなっているのだ。



「えーーっと……透巳くん?透巳くーん?神坂透巳くーん?」

「すいません、うるさいので少し黙ってて貰えますか?」



 終始無言で作業を続ける透巳に勇敢に立ち向かった明日歌はあっさりと透巳の毒舌によって倒されてしまった。

 明日歌が涙目で苦笑いを浮かべていると、鍵穴からガチャリという心地の良い音が聞こえてくる。



「開いた」

「透巳くん何でそんなことできるの?」

「そんなことより早く行きますよ」



 ものの数十秒でピッキングを成功させてしまった透巳に明日歌は本気で尋ねたが、今はそんな場合でもないので透巳は屋上の扉を開いた。


 扉が開いたことで透巳たちの方にまだ涼しげな風が吹き抜けた。風が落ち着き、透巳たちの視界がクリアになるとその先には探し人である藤村の姿があった。



「……!神坂、どうやってここに……?」

「先生……」

「来るな!」



 鍵をかけたはずの扉が開いたことに気づいた藤村は、視界の中に唯一自分のクラスの生徒である透巳を見つけ顔を強張らせた。

 そんな藤村に歩み寄ろうとした明日歌だったが、藤村に怒鳴られたことでその進みを止める。



「頼む……止めないでくれ」



 藤村は屋上の地面すれすれの場所に佇んでいて、一歩踏み出せば下に落ちてしまう程だった。そんな藤村の表情はどこか晴れやかで、顔と言葉が全く一致していない。

 

 透巳はこれによく似た表情を、かつて見たことがあった。目の前の教師と記憶の中のその笑顔が重なってしまい、透巳はあの時感じた胸糞の悪い感情に襲われ顔を歪める。



(透巳くん?)



 透巳はすぐに無表情に切り替えたが明日歌はその変化を見逃さず、初めて見る様子のおかしい透巳に首を傾げた。



「明日歌先輩、俺に任せてもらっても良いですか?」

「…………いいよ。まかせる」



 藤村の説得を申し出た透巳。明日歌は少々悩んだが透巳に任せれば大丈夫かもしれないという、言いようのない確信に襲われ了承した。



「……先生、嬉しいですか?」

「……どういう意味だ?」



 突然予想だにしていなかった問いかけをされ、藤村は一瞬固まって尋ね返した。F組生徒たちも透巳の謎の発言にヒヤヒヤしながら様子見している。



「俺たちが先生を止められなかったらお望み通り死ねるわけですが……嬉しいですか?」

「あぁ……嬉しいな。ここまで心が晴れやかなのは久しぶりだ」

「そうですか。よかったですね」

「……何なんだ?お前」



 藤村は最初の問いでおおよその見当をつけていたのでそこまで驚かずに返答した。予想を立てられたのは藤村にとって透巳の問いが図星だったからだ。藤村は決心がつき、漸く死ねることに喜びを感じていたのだ。


 己の心の内をあっさりと見破り、尚且つ心底そんな藤村を祝うような態度の透巳に、彼は怪訝そうな相好を見せる。



「先生、俺はいじめられていました」

「っ……」



 藤村の質問に答えることなく話を変えた透巳。途端に藤村は顔色を悪くし、真っ直ぐに見つめてくる透巳から逃げるように顔を逸らす。


 藤村にとってそれは逃げ続けてしまったことの報いであり、もうこれ以上考えたくないことでもあった。


 藤村を苦しめる言葉を口にした透巳の相好は笑っているのにどこか寂しげで、辛い感情を必死に押し殺して笑顔を浮かべているようだ。

 だが明日歌たちは知っている。この感情が嘘であるということを。この表情が作られたものだと。


 明日歌たちは神坂透巳という生徒がどういう人間であるかを少しは理解しているつもりだ。透巳は苛めのことなど全く気にしていないし、興味もない。そんな人間がこんな表情をするわけがない。


 それを理解しているのに、まるで今までの態度が全て嘘だったのかもしれないと思わせる程の透巳の演技力に、明日歌たちは目を瞠った。



「先生が見て見ぬふりをしていること、分かってました。苛められるのも辛かったけど、先生に無視されたことも耐えられなかった」

「っ……」



 これも嘘だ。まるで息をするように口から出まかせを言い続ける透巳に明日歌たちは目を奪われた。


 だがこれが演技だなんて微塵も想像もしていない藤村にとっては、本気で生徒に責められていると感じられるので顔を強張らせている。



「でも……同時に、俺より先生の方が辛そうな顔をしていることにも気づいていました」

「え……」



 これも嘘である。透巳が藤村のことを詳しく知ったのはあの数学の授業が初めてだ。明日歌たちは全てが嘘にも拘らず、どこか惹きつけられる透巳の言葉に酔いしれている。



「俺にはどうして先生がそんなに辛そうなのか分かってあげられません。この学校のこと、先生のこと。よく知りもしない俺が分かった様なことは言えません。……でも、先生が何に苦しんでいるのか。何に悩んでいるのか。全ては無理でも、少しだけでも。分かってあげたいと思っています」

「どうして…………俺は神坂を見捨てたんだぞ……教師の癖して、苛めを黙認したんだぞ!」



 力強い瞳孔で藤村を見据えた透巳に、藤村は心底理解できないといった表情で声を上げた。酷い仕打ちをした人間がこんなにも自分に都合のいいことを言われれば不気味にも思うだろう。



「先生、逆に聞きますが、俺が今ここから飛び降りるって言えばどうしますか?」

「そんなのっ!」

「ね?止めるでしょ?当たり前のことです。今、目の前に辛そうに泣いている人がいて、助けたいと思うのはそんなにおかしいことですか?」

「っ……」



 藤村は自身も気づかぬ間に泣いていて、透巳の優しい言葉に膝から崩れ落ちた。藤村が膝をつきながら透巳を見上げると、涙を一筋流して柔らかく笑う透巳の姿があった。


 その表情を目の当たりにした藤村は心に張り詰めていた何かが決壊してしまい、泣き叫び続けた。


 一方F組の生徒たちはまるで映画のワンシーンを見ているような錯覚に陥り、目を丸くしている。



「先生、俺たちは先生が苦しんでいる原因を壊すために今ここにいます。でもそれを成功させるには先生の知っている情報が必要です。死ぬかどうかは、俺たちの行く末を見届けてから判断しても良いんじゃないですか?」



 透巳は藤村の視線に合わせてしゃがみ込むと、彼の涙を拭ってそんな提案をした。


 この屋上を訪れて初めて透巳は嘘ではなく事実を告げた。この学園を壊すという目標を掲げているのはF組だが、藤村にとってはそこは要点ではない。


 藤村は目の前に現れた唯一の希望に賭けることにし、ポツリポツリとこの学園の話を始めた。




 次は明日更新予定です。


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