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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第四章 少女の恨み、万事塞翁が馬
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少女の恨み、万事塞翁が馬4

「おいささ!大丈夫か?」

「大丈夫だよ、ももくん。私に何かしようとする程の勇気、薔弥さんには無いから」

「聞き捨てならんな」



 慌てた様子でささに駆け寄った百弥を安心させるために、彼女は屈託ない笑顔を見せた。いつも通りのささに百弥はほっと胸を撫で下ろすが、冗談で貶された薔弥は若干の苛立ちを覚えてしまう。


 三年前と二年前の出来事があったので、ささが薔弥にまた何か酷いことをされるのではないかと百弥は過敏になっているのだ。だが薔弥は二年前の件で既に懲りているので、今更ささに何かする気はさらさら無い。そういった意味ではささの冗談は真実に近いのだ。



「で。何してやがんだよ」

「百弥には関係あらへんよ」

「友里ちゃんを探すんだって」

「秒で教えてくれたぞ」

「つまらん女やなぁ」



 別に隠す理由も無いが、馬鹿正直に話すのもつまらないので薔弥は焦らしたのだが、ささにそういった趣味はないようだ。秒でバラしたささのせいで、薔弥の努力虚しく百弥には知られてしまった。



「友里ってあれだろ?コイツ刺した奴」

「そうだよ」



 百弥の問いに何でも無い様に答えたささ。それは親友が大事な知人を襲ったという悲惨な事件に対する反応とはとても思えないので、薔弥はいつものように顔を歪めてしまう。



「そいつも不憫だよな。このクソ野郎なんかのために犯罪者になるなんて」

「何で被害者の俺が責められとんねん」

「お前は自業自得だろうが。俺としてはあのまま死んでもらっても良かったんだぞ。ま、お前を殺すのは俺だから、簡単に死なれても困るけど」



 あの事件の最初の原因は薔弥だ。彼がささに興味を持ち、親友である友里に手を出さなければこんなことにはならなかった。結局薔弥はささに対し苦手意識を芽生えさせ、友里の方は人生をめちゃくちゃにされているのであれで得をした人間は一人もいない。



「もう放っておいてやれよ。どうせ木藤友里は警察が捕まえるだろうし」

「何にも分かってへんなぁ、百弥は。俺は木藤友里に刺された時から、アイツに期待してるんやで?」

「はぁ?」



 薔弥と百弥は血の繋がりを疑う程正反対の性格だ。要するに薔弥は百弥の心情を理解できないし、百弥は薔弥の考えを理解できない。なので薔弥の言葉を百弥は理解できず、疑問の声を上げた。



「最初は被害者面の下らんアマやと思ってたんやが、この俺を刺すなんてなかなかイカれとるからなぁ。今後の伸びしろに期待大なんや」

「コイツ何言ってんだ?」

「うーんとね。要するに、第二のももくんを見つけられて嬉しいんだよ」

「うーわ」

「心の声漏れすぎやろ」



 説明されても理解できなかった百弥はささに救いを求めた。分かりやすく例えたささのおかげで理解できた百弥だったが、薔弥に興味を持たれてしまった友里に同情してしまい顔が思い切り歪んでしまった。



「なるほどな。なら俺も行くぞ」

「何言っとんねん。百弥は今回要らんわ」

「お前が木藤友里に何かする前に警察に引き渡すんだよ。あんまりにも哀れだからな、そいつ。それにささに何かしないとも限らねぇし」

「ももくんも一緒なら安心だよ。ありがとう」

「おうっ!」

「…………」



 正義感の強い百弥としては、木藤友里がこれ以上犯罪を犯す前に。寧ろこれ以上薔弥にちょっかいを出される前に警察に捕まえさせる、もとい保護してもらいたいのだ。そしてささへの被害は薔弥からのものも危惧しているが、これに関しては友里も危険分子である。


 百弥同行という話が二人だけの世界でどんどん進んでいる状況に薔弥は眉を顰めるが、こうなったらどう足掻いてでも百弥がついてくるのは目に見えているので、無駄な抵抗は無意味だと悟り小さくため息をつくだけだった。


 ********


 時は過ぎて一か月後。


 ゆなに虐待をしていると考えられる彼女の両親について調べている慧馬だったが、有力な情報は未だ手に入らず、一人の力の限界を感じ始めていた。


 そしてゆなは昼間は青ノ宮学園、それ以外は透巳の家で面倒を見ている。この一か月でゆなの身体中の傷は薄くなり、それに反比例して彼女の笑顔は増えていった。


 そしてこの時期は文化祭が開催される。だが明日歌たち文芸部は彼女に言われた通りに電気ストーブを購入した以外は何の準備もせず、文化祭当日を迎えることになる。

 明日歌以外の文芸部員たちも当日何をするのか知らされておらず、なんとなく嫌な予感しか抱くことが出来なかった。



 朝日が眩しい冬の透明感のある朝。人によっては清々しいと思える朝も、ある人物にとってはただの地獄でしかない。



「あ、おはよう透巳くん……って、それ前見えてんの?」

「見えてるわけないじゃないですか」



 F組の教室を訪れた透巳の格好を目の当たりにし、明日歌はまずその疑問をぶつけた。


 透巳は制服の上から防寒性の高いコートを羽織り、頭にはモコモコの帽子、耳には耳当て、手には手袋、そして首に巻くはずのマフラーは何故か透巳の顔を完全に覆っていて、何かの冗談かと思うがこれは毎年恒例の透巳七変化である。

 ちなみにこの厚過ぎる厚着の下には大量のカイロが隠れている。ここまでしないと透巳は凍死してしまう程に寒がりで、これでもまだ少し寒いぐらいなのだ。

 

 そして透巳と一緒にやって来たゆなは当惑気味に彼を見上げている。きっとゆながここまでの道のりを案内してやったのだろうと明日歌は朧気に思考する。



「そんな急にコメディぶっこまれたら明日歌先輩どうしたらいいか分かんないよ。面白いね透巳くん」

「俺としては笑い事じゃないんですけどね。毎日が戦争みたいなものですよ」

「スケールがデカすぎるだろう」



 誇張して言ったつもりは無かったのだが、やはり他人からしてみればたかが寒さ如きで大袈裟だろうという感想を否めないので、遥音はキチンとツッコみを入れる。



「それで、今日は何をするんですか?俺に働いてもらうって言ってましたけど」

「ふふふ、まぁまぁ落ち着きたまえよ透巳くん」

「お前が落ち着け」



 至って落ち着いている透巳からの問いに何故かドヤ顔をきめ始めた明日歌。そんな落ち着きのない明日歌に苦汁を舐めたような相好を向けた遥音は鋭い指摘をする。



「大丈夫。透巳くんからしてみれば働くっていうよりも、天国かもしれないから」

「はい?」



 脈絡の無い明日歌の言葉に、透巳は思わず首を傾げる。だがそんな明日歌の言葉が純然たる事実であることを、数分後透巳は知ることになる。


 ********


 透巳はそれから座っていた。ただ座っていた。何をするでもなく、ちょこんと座っているだけだ。


 これが今回の透巳の仕事。透巳自身、自分が今何をさせられているのかよく分かっていない。いや、分かっていないというよりも分かりたくないというのが正しい表現だ。



「さぁさぁ!青ノ宮学園の生徒、教師、学外からのお客様方!よってらっしゃい!F組、じゃなかった。コホン、文芸部特製の超超超激暑教室の中にいる部員よりも長くその暑さに耐えられた暁には、賞金五万円を贈呈!これは早い者勝ちですよぉ!」

「「…………」」



 F組生徒たちは外からこの茶番を茫然自失とした状態で眺めている。外というのは、今現在F組の教室に明日歌たちが入室できないからだ。透巳一人を除けば。


 今F組の教室である多目的室は備え付けられている暖房をガンガンにかけ、その上以前購入した電気ストーブ五つをフル稼働させていて、当に室内は灼熱と化していたのだ。ちなみに暖房の設定温度は三十度。正気の沙汰ではない。


 そしてそんな教室に一人残された透巳は冬服の制服の上にコートを羽織っていて、正気の沙汰とは思えない。だが透巳は至って涼しい相好で、いつもと何ら変わりはなかった。



「おい……これは夢か?」

「遥音先輩、現実見ましょう」

「すみお兄ちゃん、大丈夫?」



 顔中に皺を寄せて現実逃避し始めた遥音を、同じく死んだ表情の巧実が現実へと引き戻す。遥音たちは今回明日歌が何をしようとしているのか否が応でも分かってしまったので、そういう反応をせざるを得ないのだ。そしてこの状況をあまり理解できていないゆなは、ただ透巳の身を案じて不安げな相好を見せる。


 要するにだ。サウナの如く熱せられた多目的室に挑戦者一人ずつが入室し、中にいる透巳よりも長く暑さに耐えることができたなら、賞金が贈呈されるというゲームなのだ。究極寒がりである透巳が負けるわけがないという前提があって初めて成立するゲームだからこそ、明日歌は五万という賞金を提示できている。



「おい。もし神坂が負けた場合の賞金はどうするつもりなんだ?」

「ん?余った部費から払えばいいじゃん」

「五万も余っているわけがないだろうが」

「え?そうなの?」



 何も把握できていない明日歌にため息を零した遥音。なんの活動もしていない文芸部に与えられた部費は微々たるもので、そんな部費から電気ストーブの購入資金を輩出したのだから、残高が限られているのは当たり前のことだったのだ。



「じゃあもしもの時は遥音おねがぁい」

「お前は将来ヒモでも目指しているのか?」



 お金にルーズな明日歌のために何度財布を取り出したか、最早その回数も覚えていない遥音である。明日歌の場合、その後キチンと借りを返すので問題はないのだが、遥音がため息をつきたくなるのも必至なのだ。


 ********


「もう無理だ!暑すぎる!」

「ありがとうございましたぁ。今から十分の休憩を挟みまーす。しばらくお待ちくださーい」



 世も末かと言いたいが、明日歌提案の出し物は盛況だった。常に何人かが自身の番を待っている状態で、透巳はその度に勝利を収めている。


 今回の出し物が繁盛した理由はやはり賞金だと思われる。遥音のような裕福な家庭の子供が多い青ノ宮学園だが、遥音レベルは数名しかいない。だからこそ五万という値段は遥音のような生徒からすれば端金だが、その他大勢の生徒の小遣いとしては夢の様な金額なのだ。


 だからこそ挑戦者は多いのだが、表面的なハンデ無しのこの勝負に勝てる人間などいるはずもないのだ。そもそも透巳にとって今の環境は季節で言えば春、大袈裟に言っても初夏程度なのだ。その環境に留まり続けることなど、透巳にとっては何の苦行でもない。それに比べて他に生徒たちにとってこの多目的室は常夏以上の暑さ。勝とうとする方が馬鹿馬鹿しい勝負なのだ。


 ちなみにこの馬鹿げたゲームが繁盛しているもう一つの理由は、隠れた透巳ファンが長時間透巳の隣でその顔相を拝めたいという非常に邪なものであったが、明日歌からしてみればどんな理由であろうと繁盛してくれるのならそれで良かった。



「はい透巳くん。お水どうぞ」

「そんな毎回毎回持って来なくても大丈夫ですよ」

「駄目だ。もし脱水になったらどうする?この季節に熱中症など笑えんぞ」



 多目的室に入った明日歌たちはハンディファンを片手に装備していて、暑さ対策はバッチリである。


 このゲームで気をつけなければならないのが水分補給だ。透巳はともかく、他の生徒は命懸けと言っても過言ではないので、ちょっとでも油断すれば倒れてしまう。だから参加者にはこまめに水分を取らせているのだが、平常の透巳からしてみれば無意味に膀胱を圧迫させているだけである。


 だが透巳の訴えはF組ヒエラルキー第一位によってバッサリと斬られてしまう。



「それにしても透巳くんすごいね。サウナ最強説出てきたよこれ」

「……そうですね。行ったことないですけど、多分ずっといられると思います。ただ水風呂は無しの方向で」



 この休憩時間の間に巧実と宅真は文化祭の模擬店を回ることになり、多目的室を後にした。


 そして休憩時間の終わりを告げる新たな挑戦者が来たかと思うと、透巳は見知った顔が視界に入ったことで少々目を見開く。



「あ、百弥くん。久しぶり」

「これ一体何してんだ?クソあちぃけど」



 灼熱の地へ足を踏み入れたのは百弥で、久しく会っていなかったその存在に透巳は嬉々とした声を上げる。



「それにしても百弥くん、最近何してたの?学校に来てない日も多いみたいだけど」



 百弥は薔弥の用事に付き合ってここ最近登校していなかったので、透巳とも顔を合わせていなかったのだ。



「あー、ちょっと野暮用でな。強いて言うならささのボディガードかな」

「ふーん」

「あ、そうだ。青ノ宮弟、あんたも挑戦する?」

「何をだ?」

「透巳くんと勝負できるよ」

「やる」



 ゲームの内容を把握していなというのに、百弥は明日歌の口車に乗せられてあっさりと引き受けてしまった。透巳としては誰が相手でも問題ないのだが、百弥が無理をしすぎて倒れてしまう可能性を否めないので、そこだけが懸念材料ではある。


 一方遥音は、百弥なら気合だけで本当に勝ってしまいそうなので、賞金のことを危惧している。


 こうして透巳と百弥の謎の我慢比べ(?)対決の幕は切って落とされた。




 次は明後日更新予定です。


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