穢れた愛、それでも遺したもの14
今回の事件のきっかけを話すには、時間を一二年ほど遡る必要がある。それは小麦の両親が亡くなり、梓紗の家で厄介になり始めた頃。
そして同時に事件が起こるきっかけを話すには、ある一人の男について語る必要がある。
その男は大人になった頃から自分の異常性を自覚していた。自身が強烈に惹かれる女性に特徴があったからだ。その男は清純な女性に強く惹かれる癖があった。だがそれは清い身体であればいいというわけでも、男を知った女性では駄目というわけでは無い。
その男の中には明確なルールのようなものがあって、彼にとって清純な女性であれば必ず恋慕の情を抱いてきたのだ。
簡単に言えば純真無垢で心が清い女性なので、その男は幼女に惹かれることも少なくなかった。それだけならその男の好みの問題だったのだが、彼が異常だったのは好意を抱いた相手にする対応だった。
その男は好きになった相手が完全に自分の物になるよう異常なほど縛り、逆らう気も失せるほど従順にさせようとしたのだ。そんなことばかりしていると、男が気を抜いた途端に逃げられたり、逃げないように徹底していると相手が自殺することが頻発してしまった。
だがそんな女性たちが自身の手から零れ落ちたとしても男は大して傷つかなかった。近くにあるうちは逃がしたくない程好いているのだが、それが離れると何故ここまで執着していたのだろうと我に返るのだ。そうなった時初めて、男は自身が相手にそこまで惹かれていなかったことに気づくのだ。
そんな男はある時両親に無理矢理見合いをさせられ、結局その見合い相手と結婚することになった。相手は自身のことを好いていたようだが、男に妻に対する愛情は皆無だった。だが男は体裁を取り繕うために、妻との間に子供を一人作った。
男は期待した。彼は純真な者を好むので、例え愛していない相手との子供でも、その子供のことは愛することが出来るのではないのかと。
だがそれはお門違いだった。理由は簡単、産まれてきた子どもがその男にそっくりだったのだ。性格も、好みも、好みの人間に対してとる行動も。
男は自分程穢れた、純真とはかけ離れた存在はいないと思っている。そんな自分に似ている娘を愛せるはずもなく、男は虚無のような生活を送っていた。
だが男は後にそんな娘に感謝をし、同時に娘を心底憎いと感じるようになる。
娘の友人の両親が亡くなり、その子を男の家で引き取ることになったのだ。思えばこれが全ての始まりである。
男は娘の友人である小麦を見た途端、これまで感じたことの無い様な衝撃を受けた。何としてもこの存在を自分の物にしたいと男は思うようになった。そんな存在と出会えるきっかけになった娘に男は心底感謝した。
だがその時の男は忘れていたのだ。どこまで行ってもこの娘は自分と似ているのだということを。
娘も小麦に対して同じような感情を抱いていることに男が気づくのは遅くなかった。逆に娘の方も、父親が小麦に対して同じ感情を向けていることに気づいていた。これまでの関係性から、友人である娘の方が男よりも優位な立場にいたので、男は小麦との関係を築くことが出来なかった。
その間、着々と小麦を支配という縄で縛っていた娘は、父親が小麦に手を出さないように気を張っていて、男にチャンスなど訪れてはくれなかった。
そんな男に転機が訪れる。娘が自殺したのだ。
この出来事によって、男にとって長年目の上のたん瘤だった存在が消え去った。だがそれは自身の邪魔をする存在が消えたことと同義では無かった。
娘の自殺の原因となった透巳に小麦を奪われてしまったからだ。娘のせいで小麦は男の家から出ていってしまったので、会うことも出来なくなってしまい男は絶望の淵に立たされる。
小麦が離れていってしまってしばらくは、男は娘に対する怒りに支配されていた。娘さえいなければ小麦が家を出ることは無かったうえ、そもそも長年手を出せない状況など生まれなかったのだ。だが娘がいなければそもそも小麦に出会えていなかったこともまた事実で、そんな無限ループの様な憎悪を男は膨らませていった。
だがしばらくすると、男はあることに気づく。男にとっての敵が娘から透巳に変わっただけなのではないのかと。それから男は念密な計画を立てた。娘が生きている頃は彼女に隙が無かったせいで殺すことが出来なかったが、自分のことを知らない透巳相手なら簡単に計画を達することが出来るのではないかと考えたのだ。
男の間違いはここからだった。男は気づいていなかったのだ。自身も透巳のことを全く知らないという事実も。自身が透巳のことを侮り過ぎているということも。
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男は計画を進めるうえで必要な実行犯を探していた。だがそれは誰でも良いというわけでは無く、人を殺せる人間でなければならなかった。金で人を雇ったところで怖気づいてしまえば何の意味もなさないからだ。
そんな中、男は偶然友里が薔弥を襲う現場を目撃することになる。その瞬間、男は友里を実行犯にすることを決断した。実際に人を傷つけたことのある彼女なら、人を殺すことも出来るだろうと思ったのだ。既に犯罪を犯してしまった友里に上手く逃げる方法を教えれば、互助関係を築けるので相手にとっても悪くない提案のはずだったのだ。
「君はその友人の認識を否定するために、彼女でも想像できないような悪事を働きたい、ということかい?」
友里に接触を図った男は彼女の目的を確認した。そして心の内でこの子供は正真正銘の馬鹿だとも思った。そんなことをしてもただの自己満足でしかなく、他に得られるものは何一つないからだ。そもそも人殺しまでしても、その友人がこれまでの認識を貫いてしまえば全てが無意味と化すのだ。
そんな利点の少ない、綱渡りの様な計画を男は心の中で嘲笑ったが、それが失敗しようと男には何の損害も無いので指摘はしなかった。
男の問いに首肯した友里は警戒心丸出しで、男のことを全く信用していないようだった。
「僕と君の目的は全く違う場所にある。だけど、いやだからこそ、僕たちは良い協力関係を築ける。己が己の目的を果たすために行動することで、一つの完全犯罪が作り上げられる。素晴らしいだろ?」
そんなことは全く考えていなかったが、男は友里の手前そんなことを言った。だが友里の方も胡散臭そうに聞いていてまるで興味が無いようだった。結局は互いに自身の目的達成にしか興味が無いのだ。
男の計画は連続殺人事件の被害者の一人を透巳にするというものだ。被害者たちは必ず元人殺しを選び、その中に透巳を紛れ込ませることで、正義の味方を気取った人物による犯行であると錯覚させることが目的である。
こうすれば透巳だけを狙っていることも、本来の動機も警察には分からず仕舞いになるのだ。
透巳は人殺しでは無いが、それは後に偽の証拠でも用意すればいいだろうと男は考えていたのだ。
そして先に小麦を脅し、彼女と透巳を別れさせたから殺しを実行しようとした。もし先に透巳を殺してしまえば、小麦が自暴自棄になって自殺してしまう可能性も否めなかったからだ。ならば小麦を先に奪い、透巳との関わりを完全に断ち、外部からの情報を完全にシャットアウトしたところに閉じ込めれば良いと考えたのだ。
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「どう、して……」
「久しぶりだね。小麦」
男に会ったのは二年ぶりだったので、小麦は驚きで目を見開いた。一方の男は二年ぶりに小麦と言葉を交わす喜びに打ち震えている。
「手紙、気に入ってもらえただろうか?」
「……っ!まさかあなたが……」
「小麦は賢いね。話が早くて助かるよ」
手紙の話題を出したことで、小麦は目の前の男が連続殺人事件の犯人であることを悟り、顔を真っ青にした。小麦は男がそんなことをする人間とは知らなかったからだ。あの頃の小麦は梓紗への恐怖のあまり、梓紗の家族のことはあまり見ていなかったので、男がどんな人間なのかもよく理解していなかったのだ。
「どうして、こんなことを……」
「それは君の知る必要のないことだ。今日は小麦にお願いがあって来たんだから」
「お願い?」
「神坂透巳と別れてくれないか?」
「!……どう、して?」
「お願いを聞いてくれないのなら、僕は彼を殺すしかない。悲しいね」
「っ……透巳くんに手を出さないで!」
透巳を殺すと言った途端、顔色を変えて声を荒げた小麦に男は舌打ちしたくなってしまう。それだけで小麦が透巳のことを大事に思っていることの証明になるからだ。もちろんそれを利用しているのは男自身なので文句など言えないのだが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
「警察や彼にこのことを言っても無駄だよ。僕はいつでも小麦のことを見ているんだ。そんなことしてもすぐバレるからね」
これははったりだった。だがそれで良かったのだ。小麦が確実に男の願いを聞いてくれるのならそれで。小麦に男の言葉を嘘だと証明することなどできないのだから。
しばらく唇を噛みしめながら俯いていた小麦は、長い沈黙の後静かに首肯した。
それを確認した男は堪え切れない不気味な笑みを片手で覆い隠す。これであとは透巳を殺すことが出来れば、問題なく計画を遂行することが可能になるからだ。
男は小麦にその日を含めた二日間の猶予を与えた。透巳に別れを切り出したら、その後すぐに自分の元に来るよう命令したのだ。
男はそうして小麦の来訪を自宅でじっくりと待つことになるのだった。
********
憎たらしいほどよく晴れたその日。男が小麦に接触した翌日である。それは唐突に訪れた。
「廓井圭一、お前に連続殺人事件計画の容疑で逮捕状が出ている」
「…………は?」
突然家に訪れた警察官の言葉の意味が、男――圭一には分からなかった。目の前にいる刑事が透巳の幼馴染であることは知っていたが、そんなこともどうでもいい程当惑してしまったのだ。
どうして圭一が犯人として疑われたのか。どうやって逮捕令状を取れるほどの証拠を集めたのか。何故実行犯の友里より先に自分が疑われるのか。
その全てが不明だったが、圭一はこれだけは理解できた。こうなってしまった原因は透巳にあるということを。
「…………」
「おい。どうした?」
「……つか……?」
「は?」
「アイツか……?」
様子のおかしい圭一を怪訝そうに見つめる慧馬は、その一言だけで彼が何を問いたいのか理解できた。
「ま、アンタは透巳の実力を見誤ったってわけだ。俺からのアドバイスとしては、アイツを敵に回そうとすること自体が間違いってことだな。覚えとけ」
「っ……」
慧馬の言葉には実感という重みが含まれていて、昔から透巳を知る慧馬にしか出せないものだった。圭一が透巳のことを警戒していなかったのは事実なので、圭一は反論することが出来ない。
「あぁ、あと……」
「……?」
「刑事である俺の弟に手ぇ出したんだ。それ相応の覚悟はしとけよ?」
「っ!」
ふと思い出したように圭一の肩に腕を乗せた慧馬は、低く重々しい声でそう言った。その言葉には殺気が含まれており、恐る恐る後ろを振り向いた圭一は思わず鳥肌を立たせる。
揺らぐことなく圭一のことを睨み据える慧馬は独特のオーラを放っていて、普段とはまるで別人のようである。
透巳を敵に回した圭一に同情する反面、慧馬は誰よりも憤慨していたのだ。弟のように大事な透巳のことを殺めようと企てた圭一に対して。
********
それからどれ程の時間が経ったのか、圭一に知る術はない。ただ未だに警視庁の取調室にいることから、それ程長い時間は経っていないのだろうと感じた。
圭一はあの時の慧馬の言葉で、自身に相当重い罰が課せられるのだろうと思った。段々と冷静になってきた圭一は、同時に多くの疑問を抱えた。
その疑問について思考しようとした時、それに対する回答者が取調室の扉をノックする。
「っ!お前……」
「やっほー。犯罪者さん」
緊張感のない声で圭一を呼んだのは、彼がこんなところに閉じ込められている原因の透巳だった。何故警察関係者でもない透巳がこんなところに入室できるのか。そんな疑問よりも圭一が強く感じたのは、不敵な笑みを浮かべる目の前の存在に対する言いようのない恐怖だった。
次は明後日更新予定です。
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