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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第一章 学園改革のメソッド
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学園改革のメソッド4

 〝ねこちゃん〟彼女がそう呼ばれたことに明日歌たちはそこまで違和感を抱かなかった。その理由は彼女の外見にある。


 身長一五〇センチ強と小柄な体格、色白の肌。繊細な黒髪はショートカットにしていてぱっつん前髪だ。クリっとした黒目は大きく零れそうで、可愛らしい童顔の少女である。桃色の唇は小さく、彼女そのものの雰囲気は奥ゆかしい日本女子といった感じだ。


 だが明日歌たちが違和感を抱かなかった理由は容姿ではない。外見は外見でも、彼女が身に纏っている衣服が原因だ。

 

 彼女は近所の公立高校の制服に、黒のパーカーを羽織っていてフードを被っているのだ。そのフードには猫耳がついていて、加えてパーカーの背中側には長い尻尾がついている。当にその姿は猫のコスプレである。


 彼女の名前は鈴音小麦(すずねこむぎ)。透巳と同じ高校一年生だ。



「今日は部活なかったの?」

「あー……書道部、部員足りなくて廃部になっちゃった」

「そうなんだ……残念だったね」



 高校で書道部に所属していた小麦。帰宅部の透巳とは下校時刻が異なる。なので普段は透巳が彼女の高校まで迎えに行って待ち合わせをしていたのだ。これが透巳の言っていた〝デートのようなもの〟である。


 小麦は困ったように破顔すると、書道部が定員不足で廃部になったことを告げた。元々書道部員に粘り強く頼まれて入部しただけなので、小麦にとって大したダメージは無いのだが。



「ううん、早く透巳くんと一緒に帰れると思えばむしろ嬉しい!」

「そっか」



 満面の笑みを浮かべた小麦は透巳の左腕に自らの腕を絡ませると、頭を透巳の身体に擦り寄せる。まるでその姿は喉を鳴らして喜ぶ猫のようだ。



「それにしてもこの人たちだぁれ?お友達?」

「違うよ」

「即答って酷いなぁ……」



 透巳にくっついたまま明日歌たちに視線を向けた小麦は小首を傾げて尋ねた。今日初めて会ったので透巳の返答は何らおかしいものではないが、あまりにもな即答に明日歌は肩を落とす。



「その子が彼女さん?ちょっと意外だなぁ……おしとやか系なのかと思ってた」

「……おしとやか系ですけど?」

「「どこがだよ」」



 刹那の間で立ち直った明日歌は意外そうに呟いた。透巳の性格から、小麦の様に女の子らしくハツラツな女子が彼女だとは思っていなかったのだ。

 だが透巳の認識では小麦はおしとやかだったらしく、F組生徒たちが即座にツッコみを入れる。


 人目を憚らず透巳にべったりな小麦のことをおしとやかと形容した透巳の感覚は、F組生徒たちからすれば共感できないものだったのだ。



「初めまして!透巳くんの彼女の鈴音小麦だよ」

「私たちは透巳くんと同じ学校で……今日知り合ったんだ」



 小麦は片腕を絡ませたままもう片方の腕で可愛らしく敬礼すると、F組生徒たちに自己紹介をした。良い言い方をすれば明るく可愛らしく、悪い言い方をすればぶりっ子とも取れる態度だ。

 先刻透巳がきっぱりと否定したせいで、明日歌は曖昧な言い方でしか返すことができなかった。



「あ、そうだ。彼女さん、透巳くんの髪、切るの許してくれないかな?」

「……透巳くん、髪切りたいの?」

「いや?俺はどっちでも」

「じゃあなんで?」



 明日歌の頼みに一瞬顔を硬直させた小麦は、上目遣いで透巳に尋ねた。透巳からすればどうでもいい事案だが、明日歌からすれば割と重要なことなのだ。



「透巳くん、学校でいじめられてて、この鬱陶しい髪も原因なのかなぁって思うんだよね」

「そうなの?」

「俺は全然気にしてないけど、面倒ではあるかな」



 明日歌から聞かされたことは小麦にとって初耳で、不安そうな相好で透巳を見上げた。自分のお願いのせいで彼氏が被害を受けていると知れば不安になるのも当然なので、その反応は正常なものだった。



「ちょっと……考える」


(考える……相当透巳くんの顔、他人に見せたくないんだろうなぁ)



 明日歌の話で透巳の心配はしても、彼の顔を他人に見せるのはやはり嫌なようで、小麦は難しい相好でぽつりと呟いた。明日歌はそんな小麦の独占欲の強さに苦笑を漏らす。



「じゃあ俺たち、そろそろ帰りますね。家コッチなので」

「……俺たちって、一緒に住んでるの?」

「そうですけど」

「マジか」



 帰り道が明日歌たちとはここから別方向らしく、透巳は軽い会釈をした。だが透巳の言葉の違和感を見逃さなかった明日歌は、しれっとしている透巳たちに遠い目を向ける。

 まさか二人がこの年で同棲しているとは思わず、F組生徒全員が衝撃を受けたように固まっている。


 そんなF組生徒たちに首を傾げた透巳だったが、気にすることなく小麦と共にその場を離れた。



「なんかあの子……必死だね」

「……どういう意味だ?」



 どんどん離れていく透巳と小麦の背中を見つめながら、明日歌はふと呟いた。小麦に対しての評価だろうということは見当がついたが、遥音には明日歌の言葉の意味を理解することができなかった。



「自分を守るために、必死に皮を被ってるってこと」

「?」



 明日歌の返答を聞いても誰一人として意味を理解できる者はおらず、全員が首を傾げた。だが明日歌のことをよく知っているので、彼女の言うことが間違っていないのだろうということも同時に理解していた。


 ********


 透巳と小麦の住むアパートは青ノ宮学園から徒歩二〇分の場所にある。家賃は七万円で若い二人が住むには十分な広さと設備の整った、ペット可の部屋だ。


 実は透巳が青ノ宮学園に特待生枠として入学したのは、このアパートが大きく関係している。


 透巳は元々小麦の学力に合わせて同じ高校に入学するつもりだったのだが、ある事情でアパートで同棲する必要に迫られた。

 高校の学費に加え、アパートの家賃まで親に払わせるのは気が引け、透巳は学費免除のある青ノ宮学園の特待生枠に入学することを決めたのだ。

 つまりは学費が浮いた分、家賃の方を親に払って貰っているというわけである。


 そんなこんなで二人の住処となったアパートに帰宅すると、透巳が先月拾った猫が出迎えてくれた。



「ニャー……」

「ただいま、シオ。お出迎えありがとう」

「名前、シオにしたんだ」



 子猫――シオを抱き上げた透巳は頬を緩めつつ名前を呼ぶ。今日、授業中に名前を決めたばかりだったので、小麦は初めて聞いた子猫の名前に反応した。



「うん……って、どうかした?」



 透巳は首肯しつつ小麦の方を向くと、彼女の違和感に即座に気づいた。小麦は明日歌たちの前とは似ても似つかないほど落ち着いている上に、どこか落ち込んでいるようで、透巳は落ち込んでいる()()理由を尋ねた。



「ううん……ただ、透巳くんの友達の前でも()()()態度とっちゃって、私って駄目だなぁって」

「友達じゃないって言ったよね?」

「でも、一緒に帰るぐらいには仲いいんじゃないの?」

「そうなのかな?友達いたことないからよく分からん」



 小麦の問いに透巳はネガティブな発言で答えた。


 小麦の浮かない表情は先刻の出来事が原因だった。実は本来の鈴音小麦という人間は、あのように明るくハツラツで可愛らしい印象の少女ではないのだ。

 本来の彼女は暗く恥ずかしがり屋の上、人見知りで先刻とは真逆の性格なのだ。



「やっぱり私、透巳くんの前じゃないと、まだ本当の自分を晒せないみたい……」

「それは凄く嬉しいけど、ねこちゃんはそれじゃ嫌なんでしょ?」



 小麦は俯くと自分を卑下するように呟いた。だが透巳からすれば、小麦の本来の姿を知る数少ないうちの一人でいるという、優越感のようなものを抱けるのでかなり嬉しいのだ。



「うん……変わりたい。強くなりたい」



 小麦は透巳を意志の強い目で見上げると、僅かに震えた声で宣言した。弱いながらも、生まれたての小鹿のように必死に成長しようとする小麦に、透巳はふやける様な笑みを浮かべる。

 その表情はまるで娘の成長を見守る父親のようでもある。



「ま、焦らずやればいいよ。時間をかければ、知らない間に勝手に変わることなんていくらでもあるんだからさ」

「うん。透巳くんが傍にいてくれれば変われると思う…………その、だからね。ず……ずっと」

「しぃーっ……」



 シオを抱き上げたまま部屋の奥に入っていった透巳は気負う小麦を励ました。その励ましに頬を緩めた小麦は、途端に頬を赤く色づけるとごにょごにょと言い淀んだ。


 それを遮る様に顔を近づけ、自分と小麦の口の間に人差し指を立てた透巳。そのせいで小麦の心臓は更に跳ね上がり、顔の熱は上がるばかり。


 そのまま透巳は小麦の腕をひくとベッドに押し倒す。小麦を見下ろしたことで透巳の前髪は顔との隙間を作り、彼の心底楽しそうな相好が小麦にだけ窺えた。小麦は透巳のこの顔にめっぽう弱かったのだ。



「ずっと、一生一緒にいるよ…………こういうのは男の方に言わせてよ。俺は()()と結婚する気満々なんだからさ」

「……ずるい」



 小麦が紡ごうとした言葉を奪い、口にした透巳は不敵な笑みを浮かべる。そんな透巳にどこか不満気な表情を向けた小麦は、恥ずかしい思いを誤魔化すようにそっぽを向いた。

 普段小麦のことを〝ねこちゃん〟と呼ぶ透巳が、こうして時たま名前を呼び捨てにする時、小麦は心底透巳の意地の悪さに感情を揺さぶられてしまうのだ。



「……髪、切っていいよ」

「え……なんで?」



 小麦は透巳の頭に手を伸ばすと、空に揺れる彼の前髪に触れた。唐突に髪の話を始めた小麦に、透巳は珍しく当惑した。

 一方の小麦は何の他意もなく透巳があの言葉を紡いだことに気づき、更に顔を赤らめる。透巳が本気で自分との将来を考えていること。目の前の男が誰かにかどわかされることは絶対にないだろうということを、小麦はこの時ようやく理解したのだ。



「……透巳くんがモテるのは心配だけど、浮気はしないと思うから」

「なにそれ?今更気づいたの?ほんとに……ねこちゃんは馬鹿だなぁ」



 透巳は破顔一笑すると小麦の顎をつかみ、自然と彼女の唇に軽いキスをする。頬は染めたままだが、小麦にとってこれは慣れた行為なので平静は保っている。


 一方の透巳は鬱陶しそうにネクタイを片手で解くと、ベッドの外に放り出した。床に緩やかに落ちたネクタイを、シオは自らのおもちゃのようにしてじゃれつき始めた。


 透巳はそんなシオを気にすることなく、恋人との戯れを楽しみ始めた。まるで無邪気な子猫のように。


 だが彼の頭の根底は、目の前の愛しい存在でさえ、全て知り得ることができずにいるのだ。


 ********


 透巳と明日歌たちが出会った日から五日。出会った週の週末を迎え、新たな月曜日がやって来た。


 この日、学校は僅かな喧騒に包まれていた。騒ぎの元となっている人物はまるで自分が原因であることに気づいていないように平然としていたが、彼はそれに勘付けないほど馬鹿でも愚かでも無かった。



「ねぇねぇ、あれ誰?転校生?」

「でもそんなこと先生一言も……」



 騒ぎの元――透巳が一年A組の教室にいつも通り入室すると、その喧騒は一層大きくなる。特に女子生徒は黄色い声を上げており、遠くから透巳の様子を窺っている。


 だが透巳が自分の席に着席したことで、その喧騒は衝撃に変わる。



「え……あそこって神坂の席だよね?」

「まさか神坂?」

「うそ……神坂ってあんなイケメンだったの?」

「あの顔なら彼女いるって話も本当かもね」



 透巳はそもそもクラスメイトというものに興味が無いので、彼女たちの清々しい程の手の平返しにも何の感情も抱くことは無かった。

 もちろん男子生徒から浴びせられる衝撃と妬みの視線も、透巳にとっては空気と何ら変わらない存在なのである。



「わぁお、イッケメン……透巳くん、イケメンだとは思ってたけどそこまで?ずるくない?顔の造りどうなってんの?」

「……明日歌先輩、おはようございます」



 騒ぎを聞きつけ一年A組の教室までやって来たF組生徒たち。明日歌は前髪で隠されていない透巳の素顔を目の当たりにすると、目を点にして問い詰めた。


 透巳は長く伸びすぎた前髪を綺麗さっぱり短くしていた。透巳は男にしては色白の肌にシュッとした骨格。その瞳は全てを見通しているかのように力強く、見つめていると飲み込まれそうな程だ。


 全体的に見れば中性的で当に美丈夫といった感じだが、どこか精悍さと男らしい印象を覚えるその顔は、透巳が自画自賛するだけのことはあった。



「おはよう……髪、切ったんだね」

「ねこちゃんが切っていいって……邪魔といえば邪魔だったので、休日切りに行きました」



 透巳からすれば髪などどうでも良かったのだが、小麦が望んだのであの髪型を維持していた。だがそんな小麦が意見を変えたので、透巳は鬱陶しい髪型でいるよりはマシという理由で髪を切りに行ったのだ。


 その変貌ぶりに明日歌だけではなく、他のF組生徒たちも心底驚いていて言葉を失っている。



「うーーん……誰だろ?誰かに似てる気がする」

「……そうですか?」

「うん……ねぇねぇ、みんな。透巳くんのこの顔、誰かに似てると思わない?」



 透巳の顔をどアップで見つめた明日歌は首を傾げつつ必死に思い出そうとした。透巳の顔は明日歌の記憶のどこかにしまわれている誰かに似ていて、明日歌はその誰かの正体を探そうとしたのだ。



「そう言われてみれば……」

「そうか?俺には全く分からん」



 宅真も明日歌と同じように透巳の顔に見覚えがあったのか、明日歌と一緒になって記憶を辿り始めた。巧実や兼も思考し始めたが、遥音だけは全く共感できなかったようだ。


 透巳の顔が誰に似ているのか?明日歌たちがこの疑問の答えに辿り着くのはかなり後の話である。




 次は明日更新予定です。


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