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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第二章 能ある鷹は完全犯罪を隠す
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能ある鷹は完全犯罪を隠す12

 第一走者のトップを走るのは兼だ。彼は身長が高く、脚が長い分一歩の長さも違う。なのでただ足の速い生徒よりも有利なうえ、元の身体能力も高いのでその俊足は誰よりも顕著だ。


 一位の状態で兼からバトンを受け取るのは明日歌だ。姉弟である兼と明日歌のバトン交換は非常にスムーズに行われる。合図など決めずとも、目配せだけで分かり合える二人の姉弟仲の良さは一目瞭然である。


 明日歌は決して足が遅いわけでは無い。寧ろ女子生徒の中では速い方だ。ただ男子と女子の先天的な身体能力の差はどうすることも出来ない。女子の中では上位に立てる明日歌も、全生徒に交じってしまえば全く目立たなくなってしまう。


 明日歌は必死の思いで脚と手を動かし続けるが、陸上部の第二走者によって一位の座を奪われてしまった。二位の状態で明日歌はバトンを宅真に手渡す。明日歌からバトンを受け取った宅真は何とか差を縮めようと奮起するが、特別脚が速いわけでは無い彼と陸上部の差は広がるばかりだ。


 だが第三走者から第四走者へのバトンパスの際、文芸部にチャンスが訪れる。陸上部のバトンパスが若干もたつき、逆に宅真から第四走者の巧実へのバトンパスは双子のコンビネーションで非常にスムーズに行われたので、広がっていた差は半分ほど縮んだ。


 宅真からバトンを受け取った巧実は出来るだけ差を広げないように全速力で走る。普段は何かに対して本気で取り組むことの少ない巧実だが、もし手を抜けば今回のリレーに固執している明日歌に何をされるか分かったものでは無いので、彼は必死に食らいついた。


 大して差が広がることなく何とか第五走者の透巳にバトンを渡すことが出来た巧実はほっと胸を撫で下ろす。透巳はそんな巧実に笑みを向けつつ、華麗なスタートダッシュを切る。



「……はや。透巳くん」



 自分の番が終わり、若干息を切らしながら明日歌はリレーの様子を高鳴る鼓動と共に観察している。分かってはいたことだが、透巳は陸上部顔負けの走りを見せていて、明日歌は感心のあまり呆けてしまう。


 透巳はその俊足でどんどん一位との差を縮めていき、最終走者とのバトンパスの際には同率一位まで追いつめることが出来た。


 透巳からバトンを受け取った最終走者の遥音は陸上部との一騎打ちである。透巳ほどでは無いにしても遥音もかなりの俊足の持ち主なので、陸上部のアンカーとはいい勝負である。


 抜いては抜かれを繰り返す攻防に遥音は舌打ちしたい気持ちを必死に抑える。そんな遥音の姿を必死に目で追う明日歌は突然立ち上がると小さな口を目一杯大きく開く。



「遥音ー!!勝ったらチューしてやるぞぉぉ!!」

「ちっ……」



 折角遥音が我慢していたというのに、明日歌の訳の分からぬ声援のせいで結局舌打ちが零れてしまった。遥音は大勢の人間の目がある場所で小っ恥ずかしいセリフを吐いた明日歌を一刻も早くどつく為にその足を速める。


 一方突然立ち上がり珍発言を繰り出した明日歌に、巧実は「やっちゃった」と言わんばかりの視線を向けている。巧実は鬼のような形相で走っている遥音を一瞥し、これからの展開が分かってしまったのだ。



(あーあ。明日歌先輩、遥音先輩に殺されるな……)



 明日歌以外の文芸部員は最早勝敗について心配などしていなかった。明日歌のせいで怒り心頭状態の遥音が負けることなどありえないと理解しているからである。


 結局部活対抗リレーのゴールテープを最初に切ったのは遥音で、文芸部は見事に一等を勝ち取ることに成功した。


 ゴールしたというのに足を止めることなく明日歌の元へ向かう遥音に生徒たちが一斉に視線を送る。遥音はそんな視線も、負けたことで悔し気にしている陸上部のことも全く気にしていない。



「は、遥音?え、なになに?そんなに私とちゅ……って痛っ!」

「ころす」

「なんで!?」



 自身の両頬に手を添えようとした遥音に明日歌は当惑するが、そんな彼女の期待にも似た桃色の困惑はあっさりと打ち砕かれる。

 遥音は明日歌の両頬を力の限り引っ張ると、片言のように物騒な内容を簡潔に述べた。頬を抓られている明日歌は、遥音が怒っている理由を本気で理解していないのか不服そうな態度で声を上げる。


 一方F組生徒たちや透巳にとっては予想通り過ぎる展開だったので、彼らは苦笑いを浮かべつつ微笑ましい光景と、今日しか見ることの出来ない優勝後のこの光景を目に焼き付けるのだった。


 ********


 時は少し遡って体育祭の早朝。家を出て警視庁に向かった薔弥は今自分の持っている情報と推測をまとめることにした。朝の涼しい空気は頭を働かせるには最適の環境である。



(透巳くんを苛めとったあの三人の兄貴分が、まさか神社荒らしの実行犯の一人やったとはなぁ……)



 薔弥がこの事実を知ったのは百弥の冤罪が晴れたすぐ後である。ネットニュースで事件のことを調べた薔弥はそこで実行犯五人の名前と年齢を知ったのだ。その名前の中に一人見覚えのある者がいたのだが、それこそが大前たちの兄貴分――峰崎(みねさき)だった。


 透巳を苛めるように指示した問題のメールを大前に送ってもらっていたので、薔弥はその名前を知っていたのだ。


 薔弥は謎を解くためにこの峰崎に近々会いに行こうと思っていたのだが、逮捕されたのであっては難しくなる可能性がある。なので薔弥は百弥が解放されたあの日、慧馬に彼らがいつ釈放されるのか尋ねたのだ。


 つまり今薔弥が警視庁に向かっているのは彼らが釈放されたかどうかの確認と、もう一つ気になることがありそれを尋ねるためなのだ。


 薔弥に出来るのは警視庁の門の前で刑事を出待ちすることだけである。特に正当な理由が無い者は警視庁に入ることが出来ないので当たり前だが、なかなかの長期戦を覚悟しなければならないので薔弥は軽いため息をつく。


 薔弥が警視庁の門前に到着してから約一時間後。うつりそうな欠伸をかきながら頭をポリポリと掻いていた武井が薔弥の姿をその視界に収める。


 武井は慧馬の上司にあたる刑事で、透巳のこともよく知る人物である。



「お。学生、こんなところでどうした?……その制服、神坂の坊主と同じ学校だな」

「……おっちゃん、透巳くんのこと知っとるんか?」



 薔弥が透巳と同じ青ノ宮学園の制服に身を纏っていることに気づいた武井はそう尋ねた。透巳の名前が出てきたことで薔弥は途端に武井の方を振り向き、目を見開きながら尋ね返す。一時間少しで透巳を知る刑事と鉢合わせることが出来たのは幸運と呼ばざるを得ないだろう。



「あぁ。あの坊主には世話になってるよ。難事件で意見を求めたりはしょっちゅうあるな。そうそうこの間の神社荒らしの事件もあの坊主のおかげで実行犯を捕まえることが出来たんだ」

「おっちゃん。その話詳しゅう」



 互いが透巳の知り合いであることを把握した武井は透巳との関係性を語った。その内容は当に薔弥が気になっていたことでもあり、彼は食い気味に詳細を求める。


 今まで大した手掛かりが無かったはずなのに、百弥が疑われ始めた途端実行犯五人が逮捕されたというのが薔弥には不思議でならなかった。なので薔弥は一体どのような手段で実行犯まで辿り着いたのかを知るために、ここまで訪れたのだ。


 武井から事の詳細を聞いた薔弥はその情報を元に推測を構築する。そして辿り着いた一つの可能性に、笑いが込み上げてしまう程目を見開くのだった。


 ********


 体育祭が終わり、強烈な日差しが暖かい夕日に変わり始めた。生徒と教師たちが後片付けに追われる中、明日歌は自身の携帯が鳴っていることに気づく。だがその音の源である人物が誰だか分かると、一瞬でその相好を歪めてしまう。



「姉貴……どうした?」

「あぁ……薔弥か」



 明日歌の変化に即座に気づいた兼と遥音。明日歌のスマホ画面を覗き込んだ遥音は彼女が電話を一切取ろうとしない理由を察した。スマホ画面には〝クズ〟としか表記されていなかったが、それだけで薔弥だということが分かる程度に遥音からの信頼はゼロである。


 遥音たちは明日歌が薔弥の連絡先をそんな不名誉極まりない名前で登録しているという事実に苦笑いを浮かべる他ない。


 呼び出し音が鳴り止んだかと思うと、またしても薔弥から電話がかかってきたせいで明日歌はため息をついてしまう。これは取らない限り一生鳴り続けるであろうと悟った明日歌は、渋々応答の画面を指で触れた。



「なに?」

『お。やっと出たな明日歌。今日、おもろいことが分かったでぇ』



 若干の怒りを包み隠さない明日歌の声を聞いておきながら、薔弥は一切気にすることなく会話を始めた。薔弥が何やら心底楽しそうな声音でそんなことを言うものだから、明日歌は僅かにその内容に耳を傾けることにした。



「面白いこと?」

『せや。あ、近くに透巳くんおらへんよな?」

「……いないけど」



 透巳は今自身のクラスメイト達と体育祭の後片付けをしているのでこの場にはおらず、明日歌は念の為辺りを見回してそれを確認した。



『ならええんや。とりあえず話は透巳くんを苛めとった三人を百弥がボッコボコにしよった時に戻るんやが、そもそも何で透巳くんが苛められとったか、明日歌分かるか?』



 薔弥が透巳に興味を抱いているのは知っていたので、明日歌はその話題をふられても大して驚かなかった。そんな二人の会話を必死に盗み聞きしようとするF組生徒たちに苦笑いを向けた明日歌は、電話をスピーカーにして会話を再開させる。



「何でって、透巳くんが地味なタイプだったからじゃないの?」



 透巳は明日歌たちと出会う以前長い前髪で顔を隠していたので、傍から見れば地味なカースト最下層生徒だった。その為明日歌の意見はおかしいものではない。



『それがちゃうんやなぁ……実はあの大前って奴ら、所属しとる不良グループの兄貴分に透巳くん苛めろって指示されただけなんやと』

「は?どういうことよそれ」

『そう。おかしいんや。訳分からんやろ?その兄貴分のメールにはとってつけた様な説明しかあらへんかったし。それでその兄貴分さんに詳しい話聞こうと思っとったら、実はなんとソイツ……神社荒らしの実行犯の一人やったんやで』

「「は?」」



 話が突然神社荒らしの件と繋がり、明日歌たちは思わず声を揃えて呆けてしまう。



「え、ちょ……どういうこと?」

『驚くのはまだ早いでぇ。じ、つ、は、実行犯五人が捕まったんのは、透巳くんが警察に提供した犯人たちの映像のおかげらしいんや。前に喫茶店で、透巳くん神社荒らしに鉢合わせたって言うとったよな?多分そん時に犯行の様子を撮ったんやろうなぁ……」



 武井から詳しく話を聞いた薔弥は、百弥の無実が証明されたきっかけである実行犯逮捕までの経緯を知った。要するに最初から透巳には百弥の冤罪を晴らす手立てがあったというわけである。



「ちょ、ちょっと待ってよ。ならどうして最初からそれを警察に渡さなかったのよ?」

『おもろいんはここからや。色々ピースは揃ってたんやが、あと少しが足りへんかった。せやから俺、釈放された大前たちの兄貴分に会いに行ったんや』



 透巳がその映像を撮ったと思われるのは百弥が疑われるより二週間ほど前のことだ。何故その動画をすぐに警察に提供しなかったのか、明日歌たちにはそれが理解できない。


 薔弥も同じ考えだったのか足りないピースを補うために峰崎の元を訪ねて、今はその帰りなのである。


 ********


「なぁアンタ、この高校生知っとるやろ?」

「っ……!しっ……知らない!そんな奴知らねぇよ!」



 対面すると単刀直入に、峰崎に透巳の写真を見せて尋ねた薔弥。薔弥から声をかけられた当初は怪訝そうな目で見下ろしていた峰崎だったが、透巳の写真を見た途端顔を真っ青にし、全力で首を横に振って否定した。


 だがそんなあからさまに怯えた様な反応をすれば、それは肯定しているのと同義である。何があって峰崎が透巳をここまで恐れるのかは分からないが、少なくとも彼が透巳を知っていることを薔弥は確信する。



「ほーん。せやったら自分、大前っちゅうガキたちにメール送ったこと、覚えとるか?」

「あ……あぁ!お、覚えてる覚えてる。こ、神坂透巳って奴を苛めろって指示したやつだろ?お、俺が送ったぜ」

「この写真の子がその神坂透巳なんやが……何で自分、顔も知らんやつのこと苛めろなんて命令したんや?」



 透巳の写真を見ても知らないと証言したというのに、神坂透巳を苛めろという趣旨のメールについては覚えがあるという峰崎の主張には早速矛盾が生じ、薔弥は目敏くそれを指摘した。すると峰崎はハッとして、明らかに動揺しているような表情を露わにする。



「おっ、俺がそのガキに会った時はそんな顔じゃなかったんだよ!も、もっと前髪が長くて……それで……」

(そういや透巳くん……前は髪で顔隠しとったらしいな……辻褄は合っとるな)



 メールの内容と峰崎の証言を全て鵜呑みにすれば、今のところ矛盾点はない。透巳が苛められていた時彼の顔は窺えなかった。それはつまりメールに書かれていた――峰崎が透巳を知った頃も顔は分からなかったということだ。


 メールでの苛めの命令。百弥へのいじめっ子の情報提供。透巳が撮った神社荒らしの証拠映像。どこか怯えている峰崎。

 これらの情報を整理した薔弥は自身の推測が間違っていないことを確信し、目を大きく開いたままニヤリと破顔するのだった。




 次は明日更新予定です。


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