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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第一章 学園改革のメソッド
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学園改革のメソッド2

 青ノ宮学園の昼休みは一二時半から一三時半までの一時間。この一時間という限られた時間の中で昼食を食べたり、友人たちと談笑したりと各々休憩をとるのだ。


 だがこの昼休みという時間はある一定の層と、そうでない層とでは天と地ほどの差があり、天国にも地獄にも変貌するのだ。


 スクールカースト。この青ノ宮学園にもこの曖昧で移り変わりやすい制度が存在していて、学園内での権力を保持する者とそうでない者との差は激しいのだ。


 そして現在午後一時。一年A組の教室で昼食を食べている透巳はどの層に属しているかというと。



「じゃあお前の負けだから、罰ゲームちゃんとやれよー」

「えぇー……絶対嫌なんだけど…………」



 一年A組の教室は、カースト上位の生徒たちの喧しい声が響いていて、その喧騒を遮るために透巳は耳にヘッドホンをして音楽を聴いている。


 クラスの中心にいる生徒たちは何やらゲームをしていて、その敗者に罰ゲームを課そうとしているようだった。だが透巳はあることに集中していて、それに全く気付いていない。



「ねぇ……ねぇってば!」



 透巳が頬杖をつきながら俯いていると、突如透巳のヘッドホンを取り上げる存在が目の前に現れた。透巳が煩わしそうに見上げると、そこには一人の女子生徒がいて、ネクタイの色から同級生であることは理解できた。



「だれ?」

「はぁ!?クラスメイトよ!一か月以上同じ教室にいたじゃない」

「ふーん。で、なに?」


 

 クラスメイトの顔と名前を驚くことにほとんど覚えていない透巳は、目の前のクラスメイトの女子に素っ気無く返した。透巳にとって目の前の女子は欠片の興味も抱けない、己の人生において何の関係もない存在だと判断されたのだ。



「先に言っておくけど、これ罰ゲームだから」

「ふーん。よく分からないけどドンマイ」



 透巳はクラスメイト達のゲームの過程を見ていなかったので首を傾げたが、罰ゲームということは何かで負けたか、何らかの失敗をしたのは明らかだったので、透巳は全く心のこもっていない励ましをした。



「っ……アンタ、私の恋人にしてやってもいいわよ」

「ヒューヒュー!!良かったなぁ神坂。どーてー卒業できるかもしれねぇぜ」

「ぎゃははは!そいつに筆下ろししてもらうといいぜ」

 


 先刻から塩対応が甚だしい透巳に苛立ったのか、女子生徒はぶっきら棒に罰ゲームの告白を実行した。傍から見れば、これが透巳を苛めている者による悪巧みであることは容易に想像できる。

 この悪巧みの犯人は、告白直後に茶化した男子生徒でそれは周知の事実でもある。



「俺、彼女いるから普通に無理」

「「は?」」



 クラスの半数が透巳に対する苛めをネタに、教室中を下劣な笑みで満たしていると透巳から予想外の返答が返ってきた。

 欠片も想像していなかった反応に、思わず女子生徒と主犯の男の声が重なる。


 クラスの残り半数――関わり合いたくないという感情を滲み出していた生徒たちも、驚きで逸らしていた視線を透巳に向けた。



「い……いやいやいや。見栄張る必要なんてないんだぜ、神坂。あ、罰ゲームってのが気に食わなかったのか?」



 予想外であり、自分にとって気に入らなかった返答に、男子生徒は慌てた様に捲し立てる。だがそんな男子生徒に透巳はポカンとした表情を向けていて、それは透巳が嘘をついていないことの証明にもなっていた。

 嘘をついていない人間に対して虚偽の発言を疑うと、その人間は大体最初このような反応をする。今の透巳の気持ちを代弁すると「コイツ何言ってんだ?」という感じなのだ。


 

「それよりさ、俺最近猫飼い始めたんだよね。今名前考えてるんだけど、シオとフミならどっちが良いと思う?」

「は、はぁ?」



 今ちょうど振った相手に猫の名付け相談を始めた透巳。先刻から音楽を聴きながら透巳が考えていたことはこれで、透巳にとってはこちらの方が余程重要だったのだ。因みに飼い始めた猫というのは先月透巳が拾った捨て猫のことである。

 透巳のマイペース過ぎるその態度に、女子生徒は当惑し怪訝そうな視線を向ける。



「はいはーい!透巳くーん!ちょっといいかなぁ?」



 教室中に困惑という名の悪い空気が流れていると、廊下側から透巳にとって聞き覚えのある声がした。ハツラツでよく届くその声の主は明日歌で、クラス中の視線がそちらに移動した。


 明日歌は〝F組〟のクラスメイト達を全員引き連れていて、透巳は見慣れない顔に少々当惑する。だが明日歌はそんなことお構いなしに満面の笑みで手招きしていて、明らかに透巳を呼んでいるようだった。



「えっと……あかつき、あ……あきなさん?」

「明日歌だよぉ、透巳くん」



 クラス中の視線を一斉に浴びながら廊下へと出た透巳は、明日歌の名前を必死に思い出しながら呼ぼうとしたが失敗に終わった。



「この超絶美少女である私の名前を忘れるなんてすごいね」

「…………」

「ごめん、無言が一番つらい」



 明日歌なりのジョークを無の表情と口で返した透巳に明日歌は苦笑いを向ける。普段は遥音が毒舌という名の的確なツッコみを入れてくれるので、明日歌にとって無反応というのが一番慣れていない反応なのだ。


 そんな明日歌の後ろではピーマンこと巧実が肩を震わせながら爆笑しており、そんな巧実の足を明日歌がグリグリと踏みつける。

 そんな巧実の苦悶の表情を弟である宅真は心配そうに眺めている。



「すいません。明日歌先輩の百倍は美人な人を、俺知ってるので」

「それって、もしかして透巳くんの彼女?」



 透巳が陳謝すると、明日歌は先刻の透巳の話を思い出し尋ねた。その表情は完全に透巳を揶揄う気満々で、そんな明日歌に遥音は嫌悪感を一切包み隠さずに鋭い視線を向けた。



「いえ。彼女は世界一可愛いですけど、その子のことじゃないですよ」

「ふーん……それよりも意外だったなぁ、透巳くん彼女とかいらないタイプなのかと思ったよ」

「どうしてですか?」



 どうやら明日歌の予想は外れだったようで、明日歌は透巳の言う美人の存在が少々気になりはしたものの、話の方向を転換することにした。


 明日歌の前で存分に惚気てくれた透巳に、明日歌は正直な意見を述べた。



「だって君さ。他人に興味ないでしょ?」

「……そうですね。否定はしませんが、根拠は?」

 


 不敵な笑みを浮かべ、僅かに顔を傾けた明日歌は透巳の核心をついた。



「逆に聞くけど君、あの男子生徒の名前、知ってる?」

「……」

「知らないでしょ?でも忘れたわけじゃない、そもそも君は覚えようとしてないんだよね」



 明日歌は先刻透巳に絡んできた、いじめっ子のリーダー格を指差して尋ねた。その男子生徒は同じく透巳を苛めている二人と談笑しつつ、明日歌たちにチラチラと視線をやっている。


 明日歌の単純な質問に答えることをしなかった透巳は、心底興味のなさそうな相好で自分を苛めている人物を眺める。



「ね、遥音。あの子たちの名前は?」

「右から遠藤、大前、鵜飼だ。下は知らん」

「俺の名前もそうですけど、何で知ってるんですか?」

「遥音はこの学校のことなら大抵何でも知ってるんだよ。すごいでしょ?」



 先刻、名乗ってもいないというのに透巳の名前を呼んだ明日歌に違和感を覚えていた透巳。その情報源が明日歌の斜め後ろで不機嫌そうにしている遥音であることを知った透巳は、納得した様な相好を見せる。


 いじめっ子三人のうち真ん中にいる生徒がリーダー格なので、透巳はようやくその生徒の名前が〝大前〟であることを知った。



「それで君の話に戻るけどね。普通人っていうのはさ、大して興味の無いことでもクラスメイトの名前ぐらいは覚えちゃうんだよね。ほら、先生が出席とる時に名前呼ぶでしょ?それで割と覚えるんだよ。

つまり君は覚えていないんじゃなくて、覚えない()()()()()()()。これがどれだけ凄いことか分かる?」



 明日歌は教室での騒動を一見しただけで、透巳の本質を見抜いたのだ。透巳は興味の無いことに関しては覚えることができないのではなく、そもそも覚えようとしていないのだと。



「だって透巳くん、頭いいから記憶力いいでしょ?だったよね、遥音」

「あぁ。名門と名高い青ノ宮学園に特待生枠で入学し、試験では全教科満点だとかふざけた結果を残していたな」

「えー、やだぁ……遥音嫉妬?」

「殺すぞ」



 自分の成績まで把握していた遥音に透巳はただただ感嘆した。普通の人間なら最早恐怖を覚える程の情報網だが、そこを気にしないのが透巳のマイペースさが成せる技なのだ。

 一方、自分より好成績を収めている透巳に、何やら対抗心を燃やしているらしい遥音を明日歌は揶揄い、毎度の如く遥音の鋭い睨みと毒舌が繰り出された。


 遥音の言う通り、透巳は青ノ宮学園始まって以来の秀才で、高校生とは思えないような成績を叩きだしているのだ。そんな透巳がたかだかクラスメイトの名前を覚えられないはずがなく、明日歌は透巳が故意的に記憶から排除しているのだと推測したのだ。



「覚えるより、覚えないようにする方が人にとって難しいんだよね。そんな荒業を実行してまで他人のことを自分の脳に入れないようにしてるって、結構異常だなぁってお姉さんは思ったわけですよ」



 明日歌は透巳のおでこを人差し指でつくと、満面の笑みを向ける。だが、己の本質を露わにされたというのにどこか冷めた様であり、同時に客観的な雰囲気を持つ透巳に明日歌は僅かな違和感を覚える。



「それが、俺に恋人がいないと思った理由ですか?」

「そう!どうやら恋人はいたみたいだけど、私の推理当たってる?」

「はい。百点満点ですよ」



 透巳の性格に関する推理は当たっていたようで、透巳は破顔一笑しながら答えた。そんな透巳の表情をじっくりと観察しても、抱いた違和感の正体を掴むことができなかった明日歌は、とりあえずこの問題を保留にすることにした。



 もしこの違和感を追求していれば、明日歌が今後起きる事件において、真相に辿り着けないという最悪な事態にはきっと陥らなかったのだろう。



「それで、結局何しに来たんですか?あと後ろの人たちは誰ですか?最後に明日歌先輩が言っていたF組って何ですか?」

「急な質問攻めだね」



 明日歌による透巳の分析が終わったところで、透巳は今朝から気になっていた事項を明日歌に問い詰めた。ここまで質問攻めにする程度には、自分に興味を持ってくれているのだと確認できた明日歌は内心舞い上がっている。



「えーっと。この陰険眼鏡は結城遥音。こっちの双子は関口巧実と宅真。右が兄貴の巧実であだ名はピーマン。左が弟の宅真ね。それでこのデカいのが私の弟で暁兼。全員面白いから覚えておいて損はないよ。」



 明日歌はとりあえず後ろの四人を簡単に透巳に紹介した。明日歌に不名誉極まりない呼ばれ方をした遥音は射殺さんばかりの目で明日歌をガン見していたが、明日歌は完全無視で紹介を続けた。



「そうですか……初めまして、神坂透巳といいます」

「明日歌の一億倍マシな奴だな」



 明日歌に紹介された四人の顔と名前を記憶した透巳は、一礼すると自身の紹介をした。そんな透巳の姿を目の当たりにした遥音は、透巳を褒めると同時に明日歌を貶すという高等テクニックを繰り出した。



「あ、遥音は口悪いけどただのツンデレだから気にしないでね!」

「おい!」



 貶されたことに若干の仕返しをされた遥音は顔を赤らめると、大声で怒鳴ることで誤魔化した。だが遥音がツンデレというのは〝F組〟にとって周知の事実のようで、否定する者は一人もいない。



「あぁ、それとF組っていうのはね。私が作った、この学園に逆らうために集まったはぐれ者たちのクラスだよ」

「逆らうための、はぐれ者?」



 明日歌は腰に手をやると簡潔に語った。一方、そんな明日歌のF組に関する説明を聞いた透巳は、F組の生徒たちをぐるっと一瞥して尋ねた。



「そ。頭のいい君なら気づいてると思うけど、この学校控えめに言って狂ってるでしょ?」

「……そうですね」



 明日歌が青ノ宮学園をそのように称したのには理由があり、透巳も心当たりがあるからこそそれに同調した。他のF組生徒たちもどこか浮かない表情をしており、全員が明日歌の意見に賛成であることは明らかだった。



「くだらないスクールカースト。頻発する苛め。知っていながら何の対応もしないクソ教師共。私たちは全員その被害者でもあるかな、君と同じようにね。……ま、透巳くんの場合全然気にしてなさそうだけど」



 明日歌の言う様に、この青ノ宮学園における苛めは透巳が受けているものだけではない。他にも透巳のような被害者は多くおり、その対応が全く成されていないのだ。どれだけ被害者が訴えても教師は苛めを止めようとせず、被害は広がっていくばかり。これでこの学園がおかしいと思わない方がどうかしているのだ。


 だが透巳の場合は特殊で、本人が苛めを全く気にしていない。苛めというのは被害者が決めるものなので、厳密に言えば透巳の()()は苛めではないのだ。



「そしてここからが本題だよ、神坂透巳くん」



 クラスメイトの紹介、F組について語った明日歌は透巳の質問のうち、最後の一問に答えることにした。



「透巳くん、F組の生徒にならない?」



 唐突過ぎる提案。だがこの時最も精神が揺らいでいたのは透巳ではなく、返答を待つ明日歌なのだった。



 次は明日更新予定です。


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