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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第一章 学園改革のメソッド
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学園改革のメソッド19

「これってどういう状況なの?」

「……双子の兄である巧実はいじめっ子で、弟の宅真は兄の愚行を看過することが出来ず、ああやって対立してるのだろう」



 一年B組の異質な光景に、明日歌は思わず首を傾げて遥音に意見を求めた。最早いじめられっ子のことなど眼中に無いように言い争っている双子の姿は、ただの兄弟喧嘩にも見えてきてしまう。


 だがこれは兄弟の喧嘩というより親子の関係だ。兄の不始末に弟が苦言を呈し、それに対して兄は反発している。根本的に悪いのはどう考えても兄の巧実の方なので、兄弟喧嘩という表現は正しくない。



「あ、俺授業行かないと。じゃあね、姉貴。遥音さんも」

「うん、いってらっしゃい」



 双子の言い争いは授業開始のチャイムが無遠慮に鳴り響いたことで終幕を迎えた。その音を聞いた兼は自身の教室に戻り、明日歌たちもこれ以上の長居は不要だと判断し、その場を立ち去った。


 だが明日歌はどうにも関口兄弟のことが気になるらしく、F組に帰る際もどこか上の空の様な雰囲気だった。それだけで今後の嫌な展開を目に見えるように予期した遥音は、大きなため息をつくのだった。


 ********


「兄さん……」

「ついてくんな」



 その日の授業が全て終わり、生徒たちが帰り支度をする頃。気まずそうな相好でおずおずと巧実に声をかけた宅真。だが巧実の返事は冷たく、呆然としている宅真を置いてさっさと教室から退出してしまった。


 先刻言い争いをしたばかりなのでその反応は覚悟していたものだったが、同じ家に帰るというのについてくるなと突き放した巧実の態度は、やはりどう言い訳を並べても酷いものだ。


 肩を落とし、ゆっくりと教室を出た宅真の視線の先にいたのは、明日歌と遥音の二人だった。宅真に向かって手を振っている明日歌に彼は首を傾げる。初対面なので当然だが、明日歌が宅真に用があることだけは一目瞭然だった。



「こんにちは。関口弟くん」

「こ、こんにちは。えっと……どなたですか?」

「私は二年の暁明日歌。よろしくね」



 満面の笑みで出迎えられ、当惑しつつも明日歌の挨拶に返した宅真は当然の疑問をぶつけた。明日歌の自己紹介を聞いた宅真は、彼女の隣にいた遥音に思わず視線を送る。遥音の紹介もされると勝手に解釈したからだ。



「ん?あぁ……同じく二年の結城遥音だ。俺はコイツの付き添いに過ぎんから気にするな」

「は、初めまして。関口宅真です。えっと、何か用ですか?」



 宅真の問いに、明日歌は今日二人が言い争っている場面を目撃したことや、自分たちF組の簡単な紹介などをして説明を施した。


 F組がこの学園の大きな問題――苛めが原因で作られたことを理解した宅真は、同時に明日歌が宅真たちに興味を抱いた理由も何となく把握した。



「私たちは、この学園を変えたいと思ってる。だからこういう問題には敏感になってるんだ。君のお兄ちゃんは結構きつい苛めをしているみたいだけど、君はそれが嫌なの?」



 明日歌の直球な質問に宅真は目を伏せ、暗い表情になると静かに重く頷いた。どんな人間であろうとも、巧実は宅真にとって唯一の兄弟だ。大事なのは当たり前で、そんな兄が苛めをしているという現実を受け入れたくないという気持ちが、宅真の表情には表れていた。



「……本当は、優しい兄さんなんです。口は少し悪いし、不真面目だけど、それでもこんなことするような人じゃなくて。僕にも優しくしてくれてたんですけど、最近何故かおかしくなってしまって……」



 〝おかしく〟この単語を耳にした明日歌は僅かに反応する。巧実だけではなく、この青ノ宮学園そのものもある時期からおかしくなってしまったので、明日歌はこの二つに共通点を見出したのだ。



「それにしても明日歌と兼といい、コイツらといい、似てない兄弟が流行っているのか?」

「関口兄弟は双子だから、顔はそっくりなんだけどねぇ」



 暴挙を振るう巧実を擁護する様な発言を零した宅真を目の当たりにした遥音は、明日歌たちのことを引き合いに出してそう呟いた。


 遥音の意見は明日歌も同感だったらしい。とは言っても顔も性格も似ていない暁姉弟に比べ、関口兄弟は容姿だけなら区別できないほど似ているのだが。



「それにしても宅真くんの兄ちゃん、何であんなことになったんだろうね」

「……多分、僕のせいです」

「え?」



 宅真は巧実の双子の弟。なので宅真が語った巧実の性格は本当だろう。そうなると何故巧実が今の様な状態になってしまったのか、明日歌にはそれが理解できず疑問を零した。


 そんな明日歌の疑問に唇を噛みしめながら呟いた宅真の推測に、明日歌は思わずキョトンとした相好になってしまう。

 悔しさのあまり顔を歪めた宅真は、舌に広がる自身の血の味に惨めな思いを募らせる。



「どういうこと?」

「……僕、兄さんとは双子なので、考えてることとか何となく分かるんです。多分兄さんは、自分がクラスのカースト上位になれば、弟の俺がどうこうされることは無いと思っているんです」

「「…………」」



 宅真から告げられた巧実の心意に、明日歌たちは思わず呆けた面で声も出せない。


 宅真の言葉を解釈すると、巧実は自身がいじめっ子という脅威的な存在になることで、弟の宅真が苛められにくくしようとしているということだ。それはつまり、巧実もこの青ノ宮学園が苛めを黙認する非倫理的な学園であることを理解しているということにもなる。



「……あの男馬鹿なのか?」

「遥音直球すぎ。不器用って言いなよ。遥音だって不器用人間じゃん」

「俺とあれを一緒にするな」



 数秒間の沈黙の後、ようやく口を開いた遥音だったがやはりそれは毒でしかなかった。だが否定できなかったのか、宅真は困ったように苦笑いを浮かべるばかり。


 一方遥音は明日歌に不器用呼ばわりされたことが不満だったのか、鋭い視線を明日歌に向けている。



「でもさ、やり方はとても頭の良いものとは言えないよね。あんなことしても根本的な解決にはならないんだし。弟のために弟と険悪になってどうするんだって話だし」

「やっぱり……そう、ですよね」



 遥音の物言いに苦言を呈した明日歌だったが、考えそのものは同じなので率直な意見を述べた。分かってはいたものの、いざ他人からそれを指摘されたことで、宅真は掠れそうな声で呟いた。



「ま、何かあったら遊びにおいで。私たち東校舎四階の多目的室に大体いるから」

「はい。ありがとうございます」



 明日歌の申し出に宅真は眉を下げつつ、僅かに微笑んで頭を下げた。巧実が自身の間違ったやり方を正そうとしない限りこの問題は解決しない。それでも少しでも助けになればと、明日歌は宅真に僅かな希望を与えたのだった。


 ********


 それから約二週間。宅真がF組を訪れることも、巧実が苛めをやめることもなく、何の変化もないまま時は過ぎた。


 いつものように朝の日当たりが良すぎるF組の教室には、明日歌と遥音の二人だけの世界が作り上げられている。そこに侵入する者は偶に訪れる鷹雪ぐらいだ。


 だがその日、一時間目が始まって少し経った頃。二週間訪れなかった変化が粛々とF組にやって来た。だがその変化はお世辞にも良いものとは言えない、寧ろ最悪な形で現れてしまった。



「あれ?宅真くん、どうし……」

「関口……?」



 ゆっくりと、重々しく開けられた多目的室の扉。開けた人物が宅真であることに気づいた明日歌は、授業中にも拘わらずやって来た宅真に来訪理由を尋ねようとした。だが、その問いは明日歌が宅真の状態をキチンと認識した時点で途絶える。


 遥音も同様に、目を見開き僅かに口を開けることしかできなかった。その表情から窺えるのは衝撃と困惑と哀しみと、徐々に沸き立つ怒り。何故なら宅真の姿は明日歌たちが今まで嫌という程見てきた、腸が煮えくり返るようなそれに酷似していたからだ。



「明日歌、先輩……遥音、先輩……」



 宅真が佇んでいる床には、濁ったような水溜まりが出来ている。水溜まりの源は宅真だ。彼は全身水浸しの状態で、どうして彼がこんな姿になっているのかなんて説明せずとも理解できてしまう。今まさに身体からポタポタと雫を落としている濁った水を、彼は誰かによって浴びせられたのだろう。


 誰が何のためにこんなことをしたのか。それを推測できるほど冷静な思考を保っている者はその場にはいなかった。


 いつもは冷静沈着に理路整然と物事を考える遥音でさえも、この時ばかりは感情そのままに身体を動かした。



「遥音、行くよ」

「あぁ」



 簡潔なその言葉だけで、遥音は明日歌が何をしようとしているのか理解した。今最も自分たちがすべきことを、明日歌たちは成そうとしているのだ。


 明日歌は扉の前で茫然自失としている宅真の手を引くと、速足で目的地へと向かう。宅真はそんな明日歌の背中を虚ろな瞳で見つめることしかできなかった。


 ********


「いやぁ、急にプールの鍵貸せって言われた時は何事かと思った」

「ありがとね、鷹雪先生」



 明日歌たちが向かったのは保健室だった。宅真を連れて鷹雪を訪ねた明日歌の目的は、学園内にあるプールのシャワー室を使うことだった。それにはプールの鍵が必須。なので明日歌は教師である鷹雪に助けを求めたのだ。


 宅真の姿を見てすぐに状況を把握した鷹雪はすぐにプールの鍵を用意してくれ、宅真は汚れた身体を綺麗にすることが出来たのだ。


 そんな鷹雪にお礼を言った明日歌に続いて、宅真も感謝の気持ちを込めて頭を下げている。


 今明日歌は保健室の椅子に腰掛けている宅真の髪をドライヤーで乾かしてやっているところだ。宅真の制服は完全に濡れてしまったので、彼は今ジャージに身を纏っている。


 髪が濡れたままでは風邪をひいてしまうと、鷹雪がドライヤーを貸してくれたので明日歌はそれをありがたく拝借したという訳だ。



「よし。これでいいかな」

「ありがとう、ございます。明日歌先輩」



 ドライヤーの電源を切り、明日歌は濡れていないか宅真の髪を撫でて確かめた。ドライヤーによる騒音が止んだことで、明日歌と宅真の声は良く届く。


 身体が清潔になったことで僅かな余裕が生まれたのか、宅真は保健室に充満する消毒液の匂いに気づいた。同時にそれは、宅真に例えようのない安心感を覚えさせる。



「いやぁ、持つべきものは便利な養護教諭だよね」

「もっと他の言い方無いのかよ。鷹雪先生傷ついちゃうよ、こう見えてガラスのハートなんだからな」



 「良かった良かった」とでも言いたげな相好で頻りに頷く明日歌に、鷹雪は冗談交じりのツッコみを入れた。別に嘘ではないのだが、鷹雪の声音から本気で傷ついていないことは明白だったのだ。



「宅真くん、話したくなければ無理しなくてもいいんだけど。今日、何かあった?」

「……多分、兄さんから苛められていた人たちが手を組んで、俺を苛めようと考えたんだと思います。兄さんに何かするのは怖かったのか、それとも弟の僕を標的にした方が兄さんにとってダメージがあると思ったのかは、分かりませんけど」



 優しい口調で尋ねた明日歌に、宅真はポツリポツリと語り始めた。


 巧実がこれまで苛めてきた人間は一人や二人ではない。なのでその被害者たちが手を組んで、今回のことを仕出かしたのだ。


 宅真は二つの可能性を考えていたが、明日歌はその両方が宅真を狙った理由だと思った。被害者たちにとって加害者である巧実は脅威だ。簡単に仕返しできていればそもそも苛めで苦しんだりしていない。

 そして、いつも言い争っていたとしても巧実と宅真は双子。弟が自分のせいで苛められたと分かれば、流石に傷つくと彼らは考えたのだろう。



「まったく……関口兄くんのやってたこと、結局無駄になっちゃったね」

「おい……暁」



 呆れたようにため息をついた明日歌のぼやきに宅真は顔を強張らせた。明日歌の言葉は事実だが、兄のことを批判する明日歌の物言いは宅真にとって辛いものだったのだ。


 そんな明日歌に小声で苦言を呈した鷹雪だったが、彼女が宅真に対して話しかけていないことに気づき、彼女の視線の先を追う。



「自分でもそう思わない?」

「えっ……」



 明日歌の問いかけに宅真は思わず顔を上げて、保健室の入り口に目を向ける。宅真だけではなく、遥音と鷹雪もそこにいた人物に目を見開いた。


 全員の視線の先にいたのは、僅かに息を切らし血相を変えた様な宅真と瓜二つの人物。


 巧実の姿があった。




 次は明日更新予定です。


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