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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第一章 学園改革のメソッド
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学園改革のメソッド16

「あ、あの……ご……」



 遥音を呼び止めた高藤は思わず言葉に詰まる。自分が遥音に何か言う権利があるのだろうか。そんなことをすれば遥音が不快に感じるのではないか。頭の中に流れる嫌な想像が、高藤の身体を固くしてしまう。それでも高藤は意を決して、拳を握り締めると口を開く。



「……ありがとう!あの時、助けてくれて」



 高藤は内藤たちへの恐怖で恩人である遥音を苛めてしまったことを謝ろうとした。だが、遥音は一度たりとも高藤のことを責めたことは無かった。そして今日、内藤に臆することなく強気な発言をかました遥音に謝ることは、失礼に当たるのではないかと考えた高藤は廊下中に響く声で礼を言った。


 自分の信念を貫き通した遥音に必要なのは謝罪ではなく、感謝の言葉だと考えた高藤の選択は間違っていなかった。


 その証拠に遥音は今まで見せたことの無い様な優しい笑みを浮かべていて、高藤も明日歌も思わず呆けてしまう程だった。



「高藤、俺は自分のしたいことをしているだけだ。今も昔も。だからお前は自分のことを大事にしろ。でももし、お前に少しでも余裕が出来たのなら、救いを求める誰かの力になれ。もう二度と、自分を貶めるな」

「……う、うん!分かった」



 遥音からの最初で最後の願いを聞いた高藤は、決意を胸に力強く返事をする。だが遥音が高藤に託すということは、同時に遥音がこの場所に戻るつもりが無いことを意味していた。


 それに勘付いたのか、遥音が背中を向けると、高藤は俯きながら地面に小さな水溜まりを作る。遥音から受けた恩を仇で返してしまったことへの懺悔、もう直接遥音に償うことが出来ないことへの悔しさ。それらが高藤に泣き止むことを許してくれなかったのだ。



「遥音、かぁっこいぃ」

「うるさいぞ明日歌」



 揶揄う様に片肘で遥音の身体を突いた明日歌。だが遥音の言葉に心を動かされたのは本当で、明日歌のその評価に嘘偽りはなかった。


 そんな明日歌を鬱陶しそうに睨んだ遥音に、明日歌は思わずポカンと口を開けて呆けた面を見せる。突然立ち止まった明日歌に、遥音は怪訝そうな視線で尋ねた。



「遥音……今初めて私の名前呼んでくれた?」

「はっ!?よ、呼んだら何か問題でもあるのか?」



 真顔で尋ねてきた明日歌に遥音は裏返った声であからさまに慌て始める。明日歌は遥音が〝お前〟ではなく、キチンと名前で呼んでくれたことが相当嬉しく、同時に遥音が自身に心を開いてくれた証のように感じたのだ。


 

「ねぇねぇねぇ、遥音くぅん。さっき言っていましたよね?〝お前のクラスメイトになる前に〟って」



 謎の言葉遣いでじりじりと迫ってくる明日歌は心底楽しそうで、遥音は逃げ場などどこにもないことを悟り冷や汗を流す。


 明日歌に対して思わずそう告げた記憶は確かにあったので、言い逃れができない遥音は諦めたようにため息をつく。



「ふん……明日歌の無計画すぎる目標を達成するには、俺のような天才の力が必要不可欠だ。明日歌を制御するストッパー役としてもな。仕方ないから明日歌の思惑に()ってやろう」

「うーわ、自分で天才とか言っちゃう?ま、本当のことだしいいけどさ」



 ふいっと顔を逸らしつつ、その表面を朱に染めた遥音は明日歌のクラスメイト第一号となることを承諾した。強気な遥音に明日歌は苦笑いを零したが、そこには初めての仲間が出来たことに対する喜びが紛れている。


 こうして明日歌と遥音のたった二人。現在のF組の原型が造られたのだった。


 ********


「それで?お前これまでどこに居たんだ?」

「ほえ?」

「ほえじゃない。ちゃんと答えろ」



 それから翌日。屋上で明日歌と向かい合った遥音は、彼女がこれまでどうやって過ごしてきたのかを尋ねた。


 遥音は明日歌が同じA組であることを知らなかった。加えて、昨日明日歌と遥音が教室を訪れた際クラスメイトは遥音にばかり視線を向けていて、明日歌に対しては全く注目していなかった。つまりは最初から明日歌が教室にほとんど顔を出していないことになるので、遥音はそれについて疑問を解消したかったのだ。


 ポケ―っとした相好で返した明日歌の両頬を片手で掴んだ遥音は、泣く子も黙る様な表情で詰め寄る。



「ふーんだ。お前じゃないもんね。明日歌だもんね。明日歌って呼ばなきゃ答えないもんね」

「そうか。お前がそのつもりなら俺にも考えがある。俺としてはいつF組をやめてもいいんだからな」

「すいません嘘ですすいませんお前でも明日歌でもお好きにお呼びください」



 遥音の睨みなど屁でもない明日歌は強気な姿勢で返したが、その攻撃は遥音の一言で脆すぎる程崩れ去った。即座に土下座を繰り出した明日歌は早口で謝罪の言葉を紡ぐ。


 あまりにも速い手のひら返しに遥音は若干引くが、明日歌が自分の立場を弁えたことには満足気である。



「それでどうなんだ?」

「はい!保健室におりました!」

「ま、そんなところだろうな」



 まるで軍人の如く敬礼をした明日歌の答えは遥音にとって予想通りだったのか、あっさりとした態度で返した。


 学校には通っているが、教室に姿を見せない生徒の行く場所などそこぐらいだ。遥音のようにスペアキーを作ってしまうイレギュラーを除けばの話だが。



「いいか、明日歌」

「はい!明日歌ちゃんです!」

「……俺たちには今、早急に必要になるものが二つある」



 遥音は真剣な相好で大事なことを伝えようとしたが、明日歌にとっては名前で呼ばれたことの方が重要だったらしく、キラキラとした満面の笑みで返事をした。

 その気迫に押されつつ、遥音は話の続きを語る。



「必要なもの?」

「拠点と、頼れる大人だ」



 遥音から告げられた二つの必須要素を聞いた明日歌は、途端に笑顔を消して唇を噛む。遥音のその言葉だけで、今から自分たちがすべきことを悟ったからだ。



「ま、拠点と頼れる大人はこの際セットかもしれないな。頼れる大人、つまり教師を一人でも味方につければ、拠点だって簡単に手に入るだろうしな」

「……それは、そうだね」



 この学園における頼れる大人とはつまり教師のことで、それを分かっていたからこそ明日歌は苦い相好を露わにしたのだ。明日歌は正直のところ、この学園の教師を信用していない。何が原因かは不明だが、教師たちは生徒間の苛めに何の対応もしておらず、そのせいで苛めが頻発しているからだ。



「でもさ、遥音。気づいてないわけじゃないよね?この学園の教師ほぼクソだよ」

「あぁ。そんなことは分かってる。でも俺らはどうあがいても中学生のガキだ。この学園を変えるなんて目標を掲げている以上、大人の力がどうしたっている。そんなことが分からない程お前は愚かではないはずだ」



 不満気な相好で青ノ宮学園の教師を批評した明日歌。だがそんなことは遥音も百も承知なのだ。それでもたかだか中学生の子供に過ぎない自分たちに、大人の協力者が必要なのもまた事実。明日歌相手でも容赦なく現実を突き付けてくる遥音に恨めし気な視線を向ける明日歌だったが、彼女が遥音を誘った目的は今まさに果たされている。


 明日歌は自由奔放ですぐに突っ走る自分を制止してくれる人材を探して、遥音に辿り着いたのだから。



「俺たちは全ての教師の性格を把握している訳じゃない。明日歌はまともな教師に心当たりは無いのか?」

「うーん…………あ。まともかどうかは分からないんだけど、少なくともクズではない先生ならいるよ」



 現在の青ノ宮学園に自分たちの味方となってくれる教師がいるかどうかは、正直言って望み薄だ。もしそんな教師がいるならば、真っ先に今起きている苛めに対処するだろう。だがそんな場面は遥音も明日歌も見たことが無いのだ。


 それでもその貴重な存在を見つけ出さないことには何も始まらないので、遥音は僅かな可能性に賭けて尋ねた。



「本当か?」

「うん。養護教諭の佐伯鷹雪先生」

「……あまり知らんな」

「遥音でも知らないことってあるんだね」



 明日歌から聞いた教師を遥音は知っていたが、その詳細な情報までは手中に収めていなかった。名前と顔は知っていても、鷹雪がどんな人間性の持ち主で、普段どのようにして過ごしているかなどは調べたことが無かったのだ。


 クラスメイトの成績を把握している遥音でも知らないことがあるというのが意外だったのか、明日歌は少々目を見開いて呟いた。



「俺は全知全能ではない。生憎健康面には自信があるのでな」

「そっかそっか。健康なのは良いことだよ。警察官に向いてる」

「……それで、どんな男なんだ?」



 遥音は風邪という風邪を引いたことの無い健康優良児で、保健室に行ったことがほとんどない。だが健康な人間など探そうと思えば腐るほどいる。それだけのことで刑事云々の話に繋げられた遥音は若干当惑したが、すぐに気を取り直して鷹雪についての情報を求める。



「うーん……なんて言うのかな。卑屈な人?」

「大丈夫なのかそれ」

「うん。悪い人ではないよ。教室に居場所無くなっちゃった子たちに、無条件で部屋貸してくれるし。ここの教師ならそれさえ許してくれないでしょ?」



 明日歌の評価はお世辞にも良いものとは言い難く、遥音は思わず難色を示す。だが詳しく話を聞いた遥音は明日歌の意見に賛同するように首肯した。


 保健室登校の生徒というのはどの学校にも一定数いるものだが、この学園でそれが成立しているのは奇跡の様なものなのだ。何故なら青ノ宮学園の教師は苛めを黙認し、生徒が教室から逃避することでさえ許してはくれない。


 恐らく今保健室登校している生徒たちも最初は担任教師から許可を得ることは出来なかっただろう。明日歌もそうだったので、それは間違いない。



「私も最初は担任が許してくれなかったんだけど、何故かある日態度をコロッと変えたんだよね。他の生徒たちに対しても一緒で」

「つまり、その養護教諭が何かしたと?」

「多分ね」



 突然明日歌たちの保健室登校が許された原因が鷹雪にあるのではないかと、明日歌は考えているのだ。もしそうなら生徒のために行動しているということになるので、明日歌が鷹雪をまともな教師候補に挙げるのにも遥音は納得が出来た。



「なら直接会ってみるか」

「そだね。とりあえず話聞いてみようかな」



 思い立ったが吉日。遥音と明日歌はこの学園のことを聞くのと同時に、F組勧誘のために保健室に向かうのだった。


 ********


「鷹雪先生、いる?」

「教師には敬語使いやがれー」



 保健室の扉を静かに開けた明日歌は同じく静かな声で鷹雪を呼ぶ。のらりくらりとした雰囲気を感じさせる鷹雪の低い声は、やる気が無いと取られても仕方のないものだ。


 保健室は白を基調とした内装、三つ四つ程度あるベッドに大きめの机が申し訳程度に設置されている。保健室の主である鷹雪の机は散らかりっぱなしで、とても清潔感があるとは言えない。扉を開けた途端柔らかなカーテンを膨らませた風は、保健室特有の消毒液の匂いを明日歌たちに運んでくる。



「失礼します」

「お、なに……誰?」



 明日歌とは違い、丁寧な挨拶をして保健室に入室した遥音に鷹雪は思わずびくりと反応する。



「聞いて聞いて先生。この子は結城遥音。私の大親友だぞ!」

「おい待て、いつ俺がお前の大親友になった。デマを伝えるなデマを」

「えっ?仲間になったじゃん」

「仲間と親友はまた別だ。そんなことも分からんのか」



 グダグダな感じで始まった遥音の紹介に鷹雪はどこか遠い目をしている。遥音と初対面の鷹雪に分かるのは、明日歌と遥音の二人の間で見解の相違があるということと、明日歌が遥音のことを相当気に入っているということだけだ。



「あのさ、痴話喧嘩なら余所でやってくんね?彼女ナシの先生のことを労わってくれ」

「はっ!?どうしてこれが痴話喧嘩になるんだ?眼科に行け」

「お、おう」



 耳の穴を指で掻きつつ頼んだ鷹雪に遥音はいつも通りの鋭い睨みを利かせた。序盤優等生風で登場しただけあって、鷹雪は遥音の豹変ぶりに少々戦いてしまう。


 明日歌相手だろうと教師相手だろうと遥音の毒は大して変わらないのだと知った明日歌は、面白がってクスクスと笑みを零している。



「そ、それで?暁はともかく、結城まで連れてきて何の用だ?」



 明日歌は普段から保健室を訪れているのでそれだけでは疑問にすらならないが、遥音を引き連れて来たということは自分に何か用があるのではないかと鷹雪は推測する。その推理は的中していたので、明日歌はニヤリと破顔一笑すると、自信満々気に言った。



「ねぇ先生。私たちの仲間になってよ」

「え、なに。俺もしかして海〇王にならなきゃいけないわけ?」

「ううん。全然そんなことはない。漫画の読みすぎ」



 心底嫌そうな顔でボケをかました鷹雪に、明日歌は静かに首を振って真面目に否定した。そんな明日歌の背後で何やら不穏な空気を感じ、鷹雪は思わず冷や汗をタラリと流すのだった。




 次は明日更新予定です。


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