9.赤津との仕事
私の依頼主は、神城様だけではない。
数人の顧客が既についているし、それぞれの仕事も上手くやっている。
評判もそこそこで新たな紹介で顧客を得ることもあった。
霊術師としては、順調な滑り出しだと思う。
「彼女が霊術師ですのね……」
ここは、とある高級料亭『紫陽花亭』。畳敷きの個室で大きな机の上に美しい料理が並んでいる。お吸い物、お刺身、焼き魚、煮物、天ぷらなどなど、どれもとても美味しそうだ。
だがこの場の空気に慣れず食事などに舌鼓を打つ余裕などない。
さきほどの発言は目の前にいる年配の女性、小柴 響子様のものだ。艶やかな長い黒髪にスッとした目元、背が高く細身。
黒のワンピースを着こなす目を惹く女性である。
彼女は小柴百貨店の創業者で、元々は呉服屋の主人だったが、西の外つ国の影響を受けて、服だけでなくさまざまな商品を取り扱う百貨店を開業した。
その開業に投資をしたのが神城様だ。
「なかなかの美人さんだろ?小柴もぜひ懇意にしてやってくれ」
神城様は向かいに座っている小柴様に笑顔を向けている。私は彼女に向かって頭を下げた。
「犬塚 天音も申します。よろしくお願いいたします」
「可愛らしいお嬢さんね。こちらの方も初めてだと思うけれど?」
小柴様は自分の横に座っている男性に視線を向けた。彼は妖艶な笑みを浮かべて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。識術師の赤津 俊人と申します。よろしくお願いいたします」
「ふふ、男前ねぇ。私が十歳若かったら口説いていたわよ」
「小柴様はとてもお美しい方ですので、そのように言われると胸が熱くなります」
「あらまあ、ふふふ」
満更でもない様子の小柴様。赤津という男は自分の魅力を最大限に生かしているようだ。私にはとても真似できない。
「でも残念、私は夫一筋なの。ごめんなさいね」
「おや、ふられてしまいましたか」
嬉しそうな小柴様と残念そうな赤津様、なんだ、この茶番。
疲れた気分になっていると神城様が彼女に向かって声を掛けた。
「二人とも優秀な人材だ。ぜひ小柴にも紹介しておこうと思ってな」
「それは嬉しいですわ。前々から霊術師を紹介していただきたかったんですけどね。皆様なかなか出し惜しみなさるから」
神城様はクラスに入った酒を一気に飲みほす。
「仕方がないだろう。我々にとって霊術師はいわば宝だ。やすやすと紹介するわけがない。できれば自分だけのものにして、どこかに大切に閉じ込めておきたいと思うほど、魅力的で貴重な存在だ」
恐ろしい言葉の羅列があったような気がするが、私は気にしないと強く思う。変に反応してしまったら、神城様の思う壺な気がする。
「まあ、お熱いこと」
「情熱を忘れては、男として終わりだからな」
小柴様の言葉に神城様はニヤリと笑みを浮かべた後、赤津様に視線を向けた。
「赤津も情熱を忘れてはいかないぞ」
「ええ、もちろんです。今も口説いている最中の女性がいるんですけどね、なんともつれなんですよ。ね、天音さん」
赤津様が私にウインクをしてきたので、小柴様が小さな悲鳴をあげた。
「まあまあ、若いっていいわねぇ」
赤津様の余計な行動によって大いなる勘違いをさせてしまっている。いい加減にしてほしい。
「赤津様なら、どんな女性も思いのままでしょう。わたしには関係ありませんが頑張ってください」
無表情の私に赤津様は肩をすくめた。
「ほら、つれないでしょう?」
「ふふ、恥ずかしいのね」
小柴様、少し黙ってもらえませんかね?ああ、ペースが乱される。少し苛ついていると神城様は意地の悪そうな顔をする。
「なかなか犬塚を落とすとは難しいぞ?なんせ、優秀な婚約者がいるからなぁ」
「ええ、私にはもったいない程、素敵な婚約者です」
神城様の言葉にのっかるように、私はそう言葉にした。これならもう煩わしいことはしてこないと思ったのだが、赤津様は余裕の表情になる。
「ああ、確か……久龍 大樹さんという方でしたね。確かに優れた霊術師だと聞いてますよ。
ですが……ただの政略結婚ですよね?
元々は天音さんのお姉さんの婚約者だったとか」
なぜそれをこの男が知っているの?
困惑していると、赤津様は痛々しいという目で私を見つめてきた。
「愛のない結婚など、女性はつらいのでは? 小柴様もそうはお思いになられませんか?」
「そうねぇ。やはり女の幸せは愛し愛されることよ。もちろん、政略結婚が必要なのもわかるけどね……」
「その点、私は誠実に天音さんと向き合いますよ?そして、ずっと愛してさしあげます」
「まあ、情熱的ね!」
盛り上がる小柴様と不敵な笑みを浮かべる赤津様、そして面白そうにそれを見ている神城様。
本当に腹が立つ。赤津……人を揶揄ってなにが楽しいのか。
私は無表情の仮面を被り、淡々と赤津様に告げる。
「赤津様は、私にはもったいないお方ですので、私のことなど捨て置いて下さい」
「やはり、一筋縄ではいきませんね」
赤津様はクックックっと小刻みに笑った。その笑いが馬鹿にされている気がして腹がたつ。
私は思わず彼を睨みつけた。
彼は一瞬驚いた表情を浮かべたあと、すぐに満足そうに酒を飲んだ。
この男がなにを考えているのか分からない。
一瞬、この男を視てみようかと頭に過ぎったがやめた。この男がどうなろうとなにを考えていようと私には関係ない。
フッと視線を逸らし、心を落ち着かせた。
「ねぇ、犬塚さん。一度私も視てもらえないかしら?」
小柴様の願いに、私はちらりと神城様に視線を送る。
この場を支配しているのはあくまで神城様だ。私の力は彼の許可なしにここで使うのは好ましくない。
「いいのではないか?」
「かしこまりました」
了承の確認が取れたので、私は小柴様に向かって手をかざす。
「では、失礼いたします」
「ふふ、ドキドキするわね」
私は手の平に力を込める。
「ここでお話ししてもよろしいですか?」
「ええ、構わないわ」
小柴様の了承を得られたので、視えたものを答える。
「……小柴様の吉は東にあります。これは、宝石?キラキラと透明に輝く石が見えます。これが小柴様に幸を運んでくるでしょう」
小柴様はキラキラと目を輝かせている。
「素晴らしいわ!! 今ちょうどそのことで悩んでいたのよ。
東の外つ国でとれる金剛石と西の外つ国でとれる碧玉、どちらを今度の式典の目玉商品にするかをね。
最近は西の外つ国が流行をつくっているから、碧玉の方が良いかと思ったのだけど、金剛石の美しさはとても素晴らしくて捨てがたかったのよ」
「もし大々的に発表をされるのなら、金剛石ではなく外つ国で呼ばれている名前を使う方がよろしいかと」
「まあそれも視えたのね? 確かダイヤモンドだったかしら」
「そのようです」
小柴様は興奮したように満面の笑みを浮かべた。すると神城様がフッと息をはいた。
「なるほど、ダイヤモンドか。して、赤津はどう思う?」
神城様の質問に、赤津様は一瞬思案する。
「そうですね。私も同じ意見です。碧玉も人気が出ると思いますが……金剛石は突出した硬度をほこります。
例えば、傷つかないことを売りにすれば、永遠を誓うなどの贈り物として人気が出るかもしれません。
白無垢でもわかるように、純真さを象徴する白は美しいという印象がありますから。
色付きよりも白い輝きを優先した方がお客様にいい印象を与えるかと思います」
赤津様の説明に、小柴様は嬉しそうに手を叩いた。
「そうね、その通りだわ! 外つ国ではウエディングドレスという真っ白な花嫁衣装があるそうよ。きっと今後はそれも流行していくと思うの。なら、色付きよりも透明の方が邪魔にもならないし、花嫁が輝くわ。白無垢にも合うわね!」
口角を上げた神城様は、私と赤津様を交互に見た。
「お前たちは案外いいパートナーなのかもしれないな。
未来を見透す犬塚とそれに説得力のある説明を追加させる赤津」
冗談ではない。赤津様とできるだけ関わりたくないのに。
「それは嬉しいお言葉ですね。これからもよろしくお願いいたします、天音さん」
「……はい」
私に拒否権はないことくらいわかっている。
いくら気に食わない男でも、仕事上は付き合わなければならない。本当に勘弁してほしい。