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7.罪と罰

「早坂も見つかったようだな。良くやった、赤津」

「ありがとうございます」


 赤津様は美しい礼をした。

 若い男に腕を掴まれている早坂さんは、顔面蒼白(がんめんそうはく)で今にも倒れそうなほど憔悴(しょうすい)している。

 ああ、彼が捕まってしまった。私の胸はジクリと痛む。


「ホテルを転々としていたようで、見つけるのに時間がかかってしまいましたが……、お金の方は天音さんが見つけたようですので」


 赤津様がニコリと笑みを向けてくる。勝手に名前呼びされて、少し動揺してしまったが表情には出ていないはずだ。


「後はこちらで引き取ろう」


 神城様が軽く手を振ると、数人の屈強な男達が部屋に入って来て、早坂さんを取り囲む。


「い、いやだ!! やめてくれ!!」


 暴れる早坂さんをものともせず、男達は彼を捕らえて部屋の外へ連れ行く。

 早坂さんを掴んで入ってきた若い男も一度頭を下げた後、彼らを追うように出て行った。


「……彼は、どうなるんですか?」


 興味がなさそうな口ぶりで赤津様は神城様に尋ねる


「こちらにも面子(めんつ)というものがあるからな。無罪放免とはいかないさ」


 神城様は楽しそうにクックックっと笑い、赤津様が呆れたように呟いた。


「神城財閥の総帥の金を盗むだなんて、愚かなことをしたものですね。割りに合わない」


 それは同意する。本当に割りに合わないのだ。


「さて、今回は二人ともご苦労だったな。いやいや、さすが霊術師と識術師だ」

「お褒め頂き光栄です」

「……ありがとうございます」


 嬉しそうに答えた赤津様と淡々と返事をした私。二人の態度は両極端だった。

 神城様は思いついたとばかりに、ポンっと手を叩く。


「よし、やはり赤津と契約を結ぼう」


 犬塚家にとって神城家は大きな顧客である。彼を奪われることは家にとって相当な痛手だ。

 だが今回に限っては……私は切られても仕方がないと思う。


「不思議に思っていたのだよ。霊術師と識術師、どちらかを選ぶやつらがね。

 役に立つ場面が違っていて、優秀ならば、どちらも手元に置けばいいと思わないか?」


 神城様がニヤリと笑みを浮かべると、赤津様が彼に向かって頭を下げた。


「それは、ありがたいお話です。長くお付き合いいただけるよう、気を引き締めてまいります」

「ああ。これからもよろしく頼むよ。

 犬塚は……繊細な心の持ち主みたいだからな。赤津にはその辺りを補ってもらおう」


 神城様の目は全く笑っていない。

 私は内心舌打ちをしたくなった。契約は続行するが、見逃すのは今回だけということだろう。


「これからは赤津と犬塚は仕事のパートナーだ。神城財閥のためにこれからもよろしく頼む」

「よろしくお願いいたします」


 拒否権はないと判断して、私は頭を下げた。

 その後、これから約束があると言って、神城様は私達を下がらせた。

 部屋を出た後、赤津様に軽く会釈(えしゃく)をし、早くこの屋敷から出ようと歩き出したが、後ろから呼び止められる。


「天音さん」


 警戒しながら振り返ると、赤津様はゆっくりと近づいてきた。


「……何でしょうか?」

「せっかく仕事のパートナーになったんです。よろしければ、お食事でもどうですか?」

「いえ、結構です。先約がございますので」


 私は間髪(かんぱつ)入れず断る。すると赤津様は残念そうに眉を下げた。


「先約ですか……。それは残念です。天音さんとは一度ゆっくりお話ししてみたかったのですが」


 私に話したいことはない。この男となにを話せというのか。


「では一つ質問をよろしいですか?」

「質問?」


 彼は、ゾクリとするような妖艶な笑みを浮かべたので、思わず後ずさりしてしまう。


「なぜ、早坂でなく金の行方を優先したんだ?」


 ピクリと眉を動かしてしまった。失態だ。すぐに無表情の仮面を被りなおしたが、手遅れでないことを祈ろう。


「質問の意図がわかりかねます」

「……そうか? ああ、早坂って男はこれからどうなると思う?」

「存じません」


 見逃すつもりはないらしい。赤津様が数歩近づいてきて耳元で(ささや)いた。


「よくてこのまま行方不明、悪くて明日の朝刊に名前が載っているかもな?

 いや……家族にしてみれば逆の方がいいか。遺体が見つからないままじゃ、家族も心配だろう」

「それが何か?」


 淡々と聞き返す私に、赤津様は表情を(ゆが)める。


「あんたはそれが分かっていた。だから早坂じゃなく金の行方を追った……、そんなことをして神城が見逃すとでも?」

「おっしゃっている意味がわかりかねます」


 赤津様は舌打ちをした後、私に顔を近づけて来た。


「俺は、あんたの澄ました顔より泣き顔が見たいな」

「女性の泣き顔が見たいなどと、随分と悪趣味ですね」


 そう言葉にした私を赤津様は睨みつけてきた。


「あんたの顔を見てるとイライラするんだよ。少しは愛想笑いでもしたらどうだ?」


 彼の手が頬に伸びてきたため、避けようとしたその時。


「俊人様!! 何してるんですか!?」


 その声に赤津様の手が止まる。

 大きな足音を立てて近づいてきたのは、先ほど早坂さんの腕を掴んで赤津様と一緒に部屋に入って来た若い男。

 焦げ茶色の髪をもつ童顔で小柄な男性。多分私と同じか歳下だろう。


「見てわかるだろう?今すごく良いところなんだ。邪魔するな」


 吐き捨てるように言った赤津様に、童顔の青年はムッとした表情になる。


「か弱い女性に(から)むことのなにが良いところなんですか!!

 あー、すみません。俊人様が失礼なことを言いませんでしたか?」


 童顔の青年に心配そうな目を向けられ、私は首を横に振る。


「いえ、気にしておりませんので……」


 安堵した童顔の青年は、慌てたように頭を下げてくる。


「すみません。自己紹介がまだでした!僕は俊人様の付き人をやっている黄倉 涼太(おうくら りょうた)と言います」


 元気いっぱい、明るい様子で話す黄倉様は、赤津様と違って好感が持てる。


「はじめまして。私は、犬塚 天音と申します」

「はい、存じてます!! 霊術師様ですよね!」


 まるで尊敬していますと言わんばかりのキラキラした瞳で見てくる黄倉様に、私は気恥ずかしくなった。


「はい、そうです。……付き人とおっしゃってましたが、黄倉様も識術師なのですか?」

「はい! まだ勉強中ですが、はっきり申し上げて俊人様は生活能力が皆無なので、付き人というよりお世話係みたいなものです。

 もっと勉強する時間が欲しいんですけどね!」


 どことなく仔犬を思わせる人懐っこさがある。しかし赤津様は彼の言葉が気に入らなかったようだ。


「おい、涼太、余計な事を言うな!」


 ムッとした様子で、赤津様は声を荒らげたが黄倉様はそれを無視して私に話しかけてきた。


「ただの見習いですから、僕に様付けなどせず、涼太と気軽に呼んでください」

「えっと……、では涼太様とお呼びしても?」

「呼び捨てでいいですよ?」

「いえ、それは……」


 さすがにそれは辞退したい。涼太様の気安さに困惑していると、彼はニコリと微笑んだ。


「わかりました! じゃあその呼び方でお願いします。僕も天音様とお呼びしてもいいですか?」

「え?ええ、構いません」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうに屈託無い笑顔を向けてくる涼太様に少し癒される。警戒心を与えない見た目もあり、人の懐に入るのが上手い。


「涼太、お前なぁ」


 不機嫌そうに涼太様の名を呼ぶ赤津様に、彼はフンっと顔を逸らした。


「僕は本当のことしか言ってません」

「そこじゃない! 何でお前が名前呼びされてるんだよ!」

「そこですか!?」


 涼太様が驚いていると、赤津様が私に視線を向けてくる。


「おい、俺の事も俊人と呼べよ!」

「嫌です」

「……はぁ!?」


 赤津様は目を大きく見開いているが、私には彼を名前で呼ぶ必要性がない。


「何でだ!?」

「嫌だからです。お話がそれだけなら、失礼させていただいても?」


 涼太様の登場で冷静さを取り戻した私は、淡々とそう告げる。


「は!?駄目(だめ)に……」

「お時間をとらせてしまい、申し訳ございません。天音様、またお会いできるのを楽しみにしていますね」


 赤津様の言葉を遮ってくれた涼太様には感謝である。


「はい。私も楽しみにしております」


 涼太様が手を振って見送ってくれたので、私はお辞儀をした後、彼らから離れた。彼の後ろで不満げな表情を浮かべている赤津様は無視しても構わないだろう。


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