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5.思いがけない勝負

「初めまして、霊術師の犬塚 天音と申します」


 できるだけ淡々とした態度を心がけ、赤津様が差し出した手を取り握手を交わした。力強い大きな手だ。

 椅子に座っている神城様が悪そうな笑みを浮かべている。


「いやいや、噂の識術師に会ってみたくてな。知り合いに紹介してもらったんだよ」

「さようでございますか」


 これが神城様の悪ふざけなのかと思い至る。

 私とこの男を会わせて何がしたいのか……。神城様に視線を向けると、彼は何かを企んでいるような表情をする。

 本当に勘弁してほしい。


「二人を呼んだのは他でもない、依頼があるからだ」


 神城様は机の上に資料を二部置いた。

 私達はそれぞれ一部ずつ受け取り、中を一読(いちどく)する。

 その資料はある人物の情報だった。

 添付(てんぷ)された写真を見ると、四十代半ばで平凡な何処にでもいそうな中年男性。特徴といえば、小鼻の横に少し大きめの黒子(ほくろ)があるくらいか。


「この男は、系列会社の一つで経理をしていた男でな。名は早坂 武夫(はやさか たけお)、42歳。

 会社の金庫に入っていた三千万(えん)を盗んで、現在行方不明だ。この男を探し金を取り返す、それが今回の依頼だ」


 神坂様は机をトントンっと指で叩いた。


「なるほど……それで、私達二人を呼んだ理由をお話しいただけますか?」


 赤津様はチラリと私の方に視線を向けたが、すぐに神城様に戻した。その質問は私も気になっていたところだ。


「それはもちろん、勝負してもらうためだ。面白そうだろう?」


 心底楽しそうな様子の神城様に、私は内心ため息をつく。


「この男を探すために必要なものは用意しよう。お手並み拝見(はいけん)といこうか?」


 赤津様は資料を閉じると、私を手で指し示した。


「こちらは特に必要なものはありませんので、そちらの美しいお嬢さんに協力してあげてください」


 ニヤリと笑みを浮かべた赤津様は、あからさまに私を見下(みくだ)したようなもの言いだ。苛立(いらだ)たせるのが狙いなのか、これが素なのかは知らないけれど、感じが悪い。


「申し出はありがたく思いますが、私も必要なものはございませんので……どうぞお気になさらずに」

「おや、ですが相手は男性ですよ?女性一人で彼を捕まえられるので?」

「ご心配には及びません」


 私はできるだけ感情をあらわさないように無表情でそう答えた。

 女、若いと見下されることには慣れている。変えられないことで人を見下す相手は、そんなことでしか見下せないくだらない人間なのだ。気にしていても仕方がない。

 私は私ができることをするのみ。


「神城様、視せていただいてもよろしいですか?」


 赤津様から視線を逸らした私に、神城様はうなずいた。

 彼に向かって手をかざし、脳裏(のうり)に浮かぶモノを記憶していく。


「ありがとうございました」

「ふむ、なにか視えたか?」


 私は含みを持たせてチラリと赤津様に視線を向けた。


「ここでは、お話をしない方がよろしいかと……」

「ああ、そうだな。話してしまったら勝負にならん。すまんすまん」


 彼はとても上機嫌だ。なにが楽しいのかさっぱり分からないがこれは仕事だと自分に言い聞かせる。


「やはり、霊術師は何が神秘的な雰囲気を感じさせますね」


 妖艶(ようえん)な笑みを浮かべた赤津様は、世の女性達を魅了するような無駄に色気のある男だ。あまり近づきたくはない。


「おお、君にも分かるか?」

「ええ」


 二人のやり取りに私は居心地(いごこち)が悪くなる。

 まるで珍獣でも見ているかのような興味本位の視線を向けられている気がするけれど、反応をしてはいけない。


「依頼がそれだけなら、私は失礼させていただいても、よろしいですか?」

「ああ、構わん。だが犬塚はいつもつれないな」


 残念そうな神城様に、私は淡々と答えた。


「そのようなつもりはないのですが、仕事には早く取り掛かりたいので。この資料はいただいても?」

「仕事熱心だな。資料は好きに持って行くといい」


 既に関心ごとは別に移動したのか、案外あっさりと解放されたことにホッとする。


「では、失礼いたします。神城様、赤津様、ご機嫌よう」


 部屋から出ると自然にため息がもれた。

 面倒なことになった……。

 赤津 俊人。先日、大樹様が話していた叔父の猿渡様から顧客を奪ったのが識術師の赤津家の者だと言っていた。

 あの男がそうなんだろうか?

 冷静そうな外見とは裏腹(うらはら)に、飢えた獣のようなギラつきを感じる。


 私はあの男の視線から逃れるように、神城様の屋敷を後にした。

 車に戻ると唯香が労いの言葉をかけてくれる。


「天音様、お疲れ様でございます」

「ありがとう……少し、厄介(やっかい)なことになったわ」

「と、申しますと?」


 私は唯香にことの成り行きを説明した。


「なるほど、ではその男を探して捕まえるのですね?」


 バックミラー越しに視線を向けてくる唯香に向かって首を横に振った。


「いいえ。私の狙いは、あくまでもその男が盗んだ三千万圓のほうよ」

「え?」

「何人か視て場所がわかればいいんだけど……」

「分かりました。どちらに向かえば……?」

「まずは早坂さんの自宅ね」

「かしこまりました」


 指示を出すと、彼女はゆっくりと車を走らせ始めた。


 早坂 武夫、42歳。神城財閥系列の製造会社の経理を担当していた。その日は従業員の給料が支払われる日で、いつもより金庫に多くの現金が入っていた。その額三千万圓ほど、彼はそれを持ち出したという。

 早坂さんには妻と十歳になる娘がいる。自宅は仕事場にほど近い木造のアパートで、近隣には似たような建物が多く建ち並んでいる場所だ。


 早坂さんが住んでいたアパートの前に到着し車を停めると、私は唯香と共にアパートの階段をのぼった。

 木造二階建てのアパートで、早坂さんは二階の一番奥の部屋に家族3人で暮らしていた。

 部屋の前に到着すると、唯香がチャイムを鳴らす。しばらくしても誰かが出てくる様子はなく、中に人がいる気配もしない。

 唯香がもう一度鳴らしたが、やはり変わらない。


「当然と言えば当然ですが……誰もいませんね」

「そうね。期待はしてなかったけど」


 一番手っ取り早いのは、妻か娘を視ることなのだけど、いなければどうしようもない。

 どうするか悩んでいると隣の部屋の扉が開き、そこの住人の男性が声をかけてくる。


「隣は今、誰もいないよ」


 私は唯香にチラリと視線を向けた。すると彼女は小さくうなずき、隣の住人に話しかける。


「すみません。こちらの方がどちらにいらっしゃるか、ご存知ですか?」

「さあね。そういや最近見かけないな。前は家族で出かけるところとか見かけたけど」

「最近、何か変わった様子はありませんでしたか?」


 隣人(りんじん)はあからさまに胡散臭(うさんくさ)げな目を向けてくる。


「あんた達、誰? 警察?」


 冷静な態度で唯香はそれを否定した。


「いえ。ここに住んでいる早坂さんの勤め先の者です。数日前から無断欠勤(むだんけっきん)が続いてまして……どうしたのかと確認に来たのですが、いらっしゃらないようで」


 丁寧な口調の唯香に隣人は少し警戒心が緩んだようだ。


「……ああそうなの? んー、俺は知らないけど。あっ! そういえば旦那さんの方は、この近くの飲み屋の女将(おかみ)さんに酒飲みながら愚痴(ぐち)ってるのよく見かけたな。あの人ならなんか知ってるかも……」

「そちらのお店の名前と場所を教えていただいてもよろしいですか?」

「あー、店の名前は『きんせんか』だよ。場所は、ほらあそこの商店街通りの真ん中くらいにある」


 隣人が指差した方角に、商店街の入り口が見えた。唯香は、彼に頭を下げる。


「教えていただき、ありがとうございます。一度そちらに伺ってみます」

「そう? 早く見つかるといいね。じゃ」


 隣人の男が部屋に戻ろとしたため、私は声をかけた。


「少し、よろしいですか?」

「ん、まだなんかあんの?」

「いえ……、余計なお世話かも知れませんが、あなた女性に気をつけた方がよろしいと思います」

「……は?」


 隣人の男は眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


「いえ、少しそう思っただけですので……失礼いたしました」


 怪訝(けげん)そうな視線を向けてきた隣人の男は、首を傾げながら部屋の中に入って行った。

 彼を見送った後、唯香が質問をしてくる。


「何か視えましたか?」

「いえ、早坂さんについては何も」

「そうですか……」


 隣人の男性は、女性二人と同時にお付き合いをしているらしく、遠くない未来に修羅場(しゅらば)になると視えた。

 勝手に視てしまったお詫びのつもりで警告したのだが、信用しないだろうな。一度、修羅場になった方が彼のためかも知れない。


 原則、視えた未来は本人、もしくは本人が了承(りょうしょう)している場合しか話さないようにしている。

 人の未来の断片を(のぞ)いている私のきまりごとだ。


「『きんせんか』に行ってみますか?」

「ええ、もちろん」


 話に出てきた店に向かうため、私達はアパートを後にした。


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