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4.婚約成立の日

『大樹との婚約が決まったの』


 そう言った姉様の嬉しそうな顔は、今でも忘れられない。


 私達の両親と大樹様の両親は昔から仲が良かった。犬塚家と久龍家が代々協力関係にあったことも理由の一つで、特に父親同士は幼馴染でもある。


 私と姉様、そして大樹様は年齢が近いこともあり、子供の頃から仲良くしていた。

 特に姉様と大樹様はお互いを親友と呼び合うほど仲良しで、彼は私のことも本当の妹のように可愛がってくれていた。


 犬塚家には姉様と私、娘が二人しかおらず、もちろん家を継ぐのは姉様と決まっていた。

 しかし、そのためには犬塚家を任せられるきちんとした相手が必要であり、そこで白羽の矢が立ったのが久龍家の次男で霊術師としても優秀な大樹様。

 誰もがお似合いの二人だと思っていたし、当人同士も仲が良く問題がないとなれば、二人が婚約するのになんの障害もなかった。


『琴音と婚約することになったんだ。結婚すれば、天音は本当の妹になるんだね』


 優しい笑顔を向けてくれた大樹様の表情も未だに忘れられない。


 姉様と大樹様の婚約が成立した日、私は嬉しいという気持ちと同時に悲しいという気持ちも持ち合わせていた。

 自分だけが仲間外れになってしまった淋しさから、そう感じているんだと思っていた。


『天音は義妹(いもうと)になるんだ。大切に想うのは当然だろう?』


 婚約が成立した後、今まで以上に将来義理の妹になる私を可愛がってくれた大樹様。

 特別な感情が芽生えていたからこそ、婚約が決まった時悲しく思ったのだと気がついたのは、随分後になってからだった。


 気がついたきっかけは、姉様と大樹様が二人で出掛ける後ろ姿を見た時だ。行かないで欲しいと願ってしまった。


 大樹様への気持ちに気がついたが、それを誰かに話すつもりはなかった。

 姉様のことが大好きだったから、こんな気持ちを抱いていると知られて軽蔑(けいべつ)されるのが怖かった。


 私は二人の妹として過ごし、そのように接した。いつも笑顔で無垢(むく)な妹を演じた。姉様も大樹様も大切だから、二人を悲しませるようなことは絶対にしたくなかった。


 実際にそれは成功していたと思う。

 胸の痛みは押さえ込めていたし、二人は理想の夫婦になり、将来結婚する時に、私は祝福ができると信じていた。


 ところが、姉様の病気によって二人の婚約が解消され、大樹様が私の婚約者となったことで、脆くも崩れ去ってしまった。


 大樹様との婚約の話を聞いた時、私は一瞬、嬉しいと感じてしまった。

 姉様のことが大切で心配なのに、彼女を裏切るようなことを考えてしまった自分に絶望し、ひどい罪悪感にさいなまれた。


 二人の婚約のことを姉様に知られてはならない。そして、この気持ちは絶対に誰にも打ち明けてはいけない。


 とにかく、いつも通りの生活を心掛け、姉様が体調のいい日は部屋で話をしたり、庭で散歩したり、本を読んだり、彼女が退屈しないように一緒に過ごした。

 婚約者として姉様を見舞いに行く大樹様を笑顔で見送った。

 できることなら姉様に元気になって欲しいと願い、力を使って姉様の未来を何度も視た。

 だが、一度たりとも彼女を助ける未来を視ることはなかった。

 何度も姉様の死を視るのは、この上なく辛かった。


 たくさんの人に力を使い感謝されても、一番助けたい人を助けられない。私はとても無力だった。


 そして姉様は私を恨んだまま亡くなった。


 これは天罰だと思った。

 身勝手な感情を抱き、姉様を裏切った私が大樹様と結婚することは許されない。婚約解消も頭に浮かんだ。


 霊術師の力は遺伝する。そのため霊術師同士の結婚が望ましいのは常識だ。

 犬塚家存続のために力ある霊術師と私は結婚をし、子供をもうける必要がある。霊術師の力を持ち、犬塚家に婿入りしてくれる適当な別の相手は簡単に見つかるものではなかった。


 婚約の解消ができないのなら、大樹様が姉様を想う気持ちをずっと持ち続けてくれれば、姉様は許してくれるだろうか?そんなことを考えるようになった。


 それはきっと茨の道だ。大樹様が姉様をずっと想い続けるのを一番近くて見ていなければならない。


 だから私は仮面を被る。感情を押し殺し、誰にもこの気持ちを悟られないようにする。

 胸の奥に押し込んだ感情が、そのまま風化して無くなってしまえば楽になれるのにと何度もそう思ったが、想いはそう簡単には消えてくれず、今でもくすぶり続けている。


「天音お嬢様」


 芳江さんに声を掛けられて、顔を上げた。窓の外を見ると、もう既に真っ暗だった。

 外出から戻ってきた後、居間で長い時間ぼんやりと過ごしていたようだ。


「ごめんなさい。ボーッとしていたわ。何かあったの?」


  芳江さんが目の前に手紙の束を差し出してくる。


「旦那様と奥様からお手紙が届いておりますよ」

「ありがとう」


 手紙を受け取り宛名を見ると、私の名前が見慣れた文字で書かれている。

 両親は今この国にいない。仕事の関係で外つ国に出張中だ。忙しくしていると思うがひと月に一度は手紙を書いて送ってきてくれている。


「読んだら直ぐに返事を書くわ」


 芳江さんにそう伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「旦那様も奥様もお喜びになられますよ」

「そうね。ありがとう」


 両親は姉様が亡くなってから以前にも増して過保護になった。

 彼女の病気が発覚してから亡くなるまで、私をあまり構えなかったことが理由のようだ。

 あの頃にはそこそこの年齢になっていたので、構われないのは仕方がないと理解していたが、二人は罪悪感を覚えていたらしい。

 だから仕事でこの国を離れることを二人はとても渋っていた。それでも行った方がいいと勧めた。


「今日はお嬢様の大好物をたくさん用意しましたから、夕食は楽しみにしておいてくださいね」


 芳江さんはいつも優しい。彼女と唯香が側にいてくれるから、私は両親が近くにいない淋しさをあまり感じることはない。


「ありがとう、芳江さん」


 彼女は満足そうな笑みを浮かべて、部屋を出て行った。

 芳江さんが夕食の準備をしている間に両親の手紙を開封し読み始める。

 内容はいつものように、元気にしているか?そちらの様子はどうだという質問から始まり、自分たちが今どうしているかやこんなことがあった、などが書かれている。


 手紙を読む限り、両親は元気にやってるようでホッとした。

 元気でいてくれれば、それだけで充分だ。




 ーーーーーーーーーーー




 その日は朝からずっと曇りがちだった。神城様に呼び出され、再び彼が待つ屋敷へと向かった。


 いつものように執務室に案内されて中に入ると、神城様とは別に見覚えのない男性が立っていた。


 男は品定めをするような視線を向けてきた。

 褐色の肌に短く刈り上げた髪、背が高く筋肉質だが細身、黒のスーツを着てる。

 眼鏡の奥に見える瞳は鋭く、全てを見透されているような錯覚に陥ってしまう。


 彼は音もなく私に近付いてくると、手を差し出してきた。


「初めまして、識術師の赤津 俊人(あかつ としひと)といいます。以後お見知り置きを……」


 そう名乗った男は、なにかを渇望(かつぼう)している飢えた獣のように見えた。

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