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1.最期の言葉

「私達はお互い愛し合っているのに、何故あなたが彼と結婚するの……?」


 姉が最期に残した言葉は私にとって呪いになった。


 私には大好きな姉がいた。

 二歳上の姉は、雪のような白い肌と艶やかな胡桃くるみ色の真っ直ぐな長い髪。そして栗色の大きくて丸い瞳は、好奇心旺盛で明るい彼女の性格をよく表していた。


 一方で私はカラスのような真っ黒な髪、腰まで伸びた髪は元々癖っ毛で巻き縮れている。肌も姉ほど白くなく、瞳も姉ほど大きくはない。誰が見ても似ていない姉妹だった。


 私と姉は両親に比べられて、差別されて育ってきた……などということはなく、父も母も分け隔てなく大切に育ててくれた。

 確かに私達を比べる人もいたが、両親や姉のお陰で屈折することなく過ごすことができた。


 そんな大好きな姉が十五歳の時、幼馴染と婚約した。

 姉と幼馴染はとても仲が良く二人は相思相愛でお似合いだった。

 仲睦なかむつまじく過ごしているのを見ていると嬉しかったし、とても羨ましかった。


 姉の婚約者は、私にとっても大切な幼馴染でずっと兄のように慕っていた。

 将来、家を継ぐ二人は理想の夫婦になると思っていたし、そう信じていた。


 ところが私が十五歳の時、姉が大きな病を患った。

 日に日に身体が弱り、痩せ細ろえていく姉を見るのは辛かった。

 両親も姉の婚約者も同じように悲しみに暮れていたが、姉はいつも笑顔で病になんて絶対に負けないわと笑顔を見せていた。

 今思えば、そう言葉にしていないと負けそうで辛かったのかもしれない。


 月日は流れ、ある日父からこう伝えられた。

 姉と幼馴染の婚約を解消して、彼と私が婚約するということ。


 いつかこんな日が来るんじゃないかという予感はあった。

 姉はもう長くないと診断されていたし、彼以上に婿に入り我が家を継ぐに相応しい男性はいなかったからだ。


 私を含め誰もこの残酷な事実を姉に話すことができなかった。

 姉には秘密のまま二人の婚約は解消され、姉の婚約者が私の婚約者になった。


 婚約解消のことは姉に秘密だったので、婚約者は今まで通り姉の元に通い婚約者としてふるまっていた。

 そんな二人を見ているのはとても辛かった。

 二人は愛し合っている。なのに、病のせいで二人は引き裂かれてしまう。

 姉は好きな人と結婚ができず、婚約者は好きな人の好きでもない妹と結婚しなければならない。

 こんな不幸な事があっていいわけがないと思うが、姉を救う手立てを誰も見つけることはできなかった。


 姉が十九歳になった頃、容体が悪化した。

 身体を起こすのも辛そうで、ほとんどの時間を寝て過ごし、夜は痛みにうなされる毎日。

 たまにボンヤリと窓の外を見つめる姉の瞳は、私が好きだった姉の瞳とかけ離れていき、それがひどく悲しかった。


 そんな日々が過ぎていったある日の夜、私は姉に呼び出された。

 夜中に訪れた彼女の部屋は、とても静かで重苦しく感じた。

 闇夜の月の光に照らされた彼女は、儚く今にも消えてしまいそうで思わず手を伸ばしたい衝動に駆られる。


 彼女の美しかった艶やかな髪は輝きを失い、肌の色もくすんでおり、好奇心旺盛で明るい性格を表していた大きな瞳も今は濁っている。


「お姉様、何かご用ですか?」


 黙ったまま私の顔をジッと見つめる姉に、声をかけた。

 彼女の瞳は何も映しておらず、口元だけを楽しげに歪めた。


「……ねぇ、あなたが私の婚約者を奪ったの?」


 歌うように放たれた突然の言葉に私は絶句した。この言葉は決して彼女の口から出てはいけないものだった。

 困惑してなにも返事ができずにいると、姉は憎しみに囚われた鋭い目つきで睨んできた。


「私達はお互いに愛し合っているのに、何故あなたが彼と結婚をするの……?」


 その表情にゾクリと恐怖を覚えた。

 

 一体誰が婚約のことを姉に教えてしまったのか。そしてそれを知った彼女にこれだけの恨みがこもった目で見られたことにショックを受けた。

 いつも優しくどんな時でも笑顔を絶やさなかった姉が、今は私を憎み恨んでいる。

 このままではいけない、なにか言わなくてはと焦った。


「お、お姉様……。違うの、私」


 その瞬間、姉は呻き声を上げて苦しみだした。発作だ。


「姉様!!」


 慌てて姉に駆け寄ったが、彼女は胸をおさえて倒れ込んだ。私が伸ばした手は彼女に届かない。


「誰か!!姉様が!!誰か来て、お姉様を助けて!!」


 助けを求めて必死に叫ぶと、足音が聞こえてくる。


 父と母が慌てて部屋に入ってきて、姉の側に駆け寄った。

 母は泣きながら姉にすがりつき、父は医者を呼ぶために慌てた様子で部屋を出て行った。

 私はどうすることもできず、姉が苦しんでいるのをただ見つめていただけだった。


 お医者様の懸命の治療も虚しく、明け方近くに姉は息を引き取った。


 姉が亡くなり、我が家は日が落ちたように暗くなった。

 彼女の葬儀は恙無つつがなく終わったが、その日は皆の心を表したかのようにしとしとと雨が降り続いていた。


 二度と彼女の美しい髪も光り輝く大きな瞳を見ることができなくなった。

 私は姉に何も伝えることができなかった。言い訳も謝罪も何もかも。


 それでも二年も経つ頃には、少しずつ悲しみも薄れていき、姉との時間が思い出となり、日常が戻りつつあった。


 私は姉が亡くなった年齢と同じ十九歳になった。そう遠くない日に婚約者と婚姻を結ぶことになるだろう。


 けれど私は幸せにならない。いや、なってはならないのだ。


 姉の最期の言葉は私にとって呪いになった。

 彼女が最期に見せた瞳を決して忘れることはないだろう。


 彼と幸せになることは決して許されない。

 それは、姉様への裏切りだから……。

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