冒険者ギルドにて
説明回になります。
路地を抜けると、そこは私が入ってきた通りとは違った雰囲気になっていた。
武器屋、防具屋、アイテム屋さんなど、RPGらしい冒険者用の商店街。
行き交う人々も、鎧を装備して、剣や槍を持っている。冒険者って感じ。
そして街道の中心に建っているのが、冒険者ギルド。
なるほど、確かに正面の壁にドラゴンの紋章が入った旗が垂れかかっている。
あの男、嘘は言ってなかったみたいね。
「あら、見かけない方ですね」
ホールに足を踏み入れると、入口の横に立っていた女性に声を掛けられた。
全身から漂うきっちりとした雰囲気は、いかにも出来るキャリアウーマンって感じね。
「仕事のことで聞きたいことがあって、ここは始めてなんですが」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
お姉さんについて歩いた先は、ホールの中央に設置された受け付けと思わしきカウンター。
多種多様な見た目の冒険者達が、紙切れを持って列を作っている。
依頼の受付、とかかしら。
私が連れられたのはその隣、仕切りで簡単に区切られた空いているカウンターだった。
途中で何人かにジロジロ見られたけど、私が可愛いから仕方がないわね。
私を案内してくれたお姉さんは、受付に座っているお姉さんと会釈を交わすと、そのまま元の場所へと戻っていった。
「始めまして、受付のユリアと申します。本日はどのようなご用件でしょう?」
さっきのお姉さんも美人だったけど、ユリアさんもとても美人。
このギルド、絶対顔採用してるでしょ。
「えっと、ここを利用したいと考えているのですが、始めてなもので……」
「そうでしたか、ではまずこちらに記入をお願いしたいのですが……文字の読み書きは出来ますか?」
「大丈夫です」
読めたんだから大丈夫よね?言ってから不安になる。
「ではお願いします。わからない箇所は開けておくか、遠慮なく聞いてくださいね」
そう言って、羽ペンとインク瓶、記入用紙を渡された。
用紙には名前、性別、誕生日、出身地、特技等を記入する欄がある。
ふんふん、つまりエントリーシートみたいなものね。
大体は私でも記入出来るけど、出身地や魔法属性とか、どうしたらいいのよ……
「出来ました」
「ありがとうございます。確認しますので、少々お待ちください」
一応、埋められる部分は埋め尽くしたので、ユリアさんに記入用紙を返す。
用紙を受け取ったユリアさんは、端から端まで目を通すと、カウンターの下から小さいカードを取り出した。
「《複製》」
ユリアさんが用紙とカードに手をかざし、呪文を唱えると、小さな発光と共にカードに文字が刻まれていく。
今の、魔法よね。
この世界に来て始めて見た魔法、凄い!地味だけど凄いわ!
「続いて個人認証のため、血を頂きたいのですが大丈夫でしょうか?」
「わかりました」
そう言って渡された小さな針を指に軽く突き刺し、ユリアさんに返す。
彼女はそれを受け取ると、私の血が付いた部分の針をカードに押さえつけた。
すると今度は赤い発光が起き、カードに緑色の縁取りが加わった。
「ではアンさん、こちらが貴女のギルドカードになります。
身分証明書になる大事なものなので、無くさないようにお気をつけください。
なお、再発行の際には、手数料が必要になってきますのでご了承ください」
完成したギルドカードを受け取る。
アン、これがこの世界での私の名前だ。
元の世界での名前を弄っただけだけど、なんとなく異世界感を意識して名前を変えてみた。
こういう渾名で呼ぶ人もいたし、慣れない名前でもないから良いんじゃないかしら。
「登録に関しては以上で終わりになります。
続いてギルドの説明に移ります。こちらの冊子をどうぞ」
ユリアさんの説明と、冊子の内容をかいつまんで確認しましょう。
冒険者ギルド。
国が運営している国営施設であり、冒険者達に仕事を斡旋する職業安定所。
大体、どの町にも一箇所は存在していて、ギルドカードを持っている限り、どの町のギルドでも依頼の受注、発注が出来る。
依頼内容はその町のギルドによって内容やランクが変化するが、依頼達成の報告や報酬の受け取りは、依頼を受けたギルド以外でも可能らしい。
依頼のランクについては下からE、D、C……と上がっていって、一番上がSランク。稀にEXランクが存在するらしいが、そんなものは勇者様でもない限り無理らしい、とユリアさんは苦笑いした。
ちなみに、ギルドの象徴となっている竜の旗は、その昔ギルドに所属していた勇者がEXランクのドラゴンを討伐した証のようなものらしい。
また、冒険者にも階級分けがされいて、ギルドカードの縁取りによって判別出来る。
私のような駆け出しは一番下の緑色、大体慣れてくると青、一人立ち出来るレベルだと赤。ここまでが一般的な冒険者のランクになる。それより上、銅、銀、金色になると、凶暴な魔物や凶悪な犯罪者に太刀打ち出来る上級者になってくる。
「ここまでで何かご質問はありますか?」
「あ、はい。実は歌手に関わる仕事をしたいのですが、そういった依頼とかもありますか?」
「え……」
ユリアさんが真顔のまま固まってしまった。
何、やっぱり歌手になりたいってなんか変なの?
「ちょっと来なさい」
「へ?」
再び言葉を発したユリアさんの顔からは笑顔が消え、冷め視線が私を射抜く。
態度が一変した彼女の雰囲気に逆らえず、大人しくついて行くと、カウンターとは別の事務室のような場所に通された。
「あなたねえ、歌手だなんて、娼婦になりたいって言っているようなものでしょ。何考えてるの?」
「しょ……!?」
バタンと扉を閉めるなり、ユリアさんの呆れたような言葉が私を絶句させた。
何考えてるのって、こっちが聞きたいんですけど?
「あなた、世間知らずみたいだから教えてあげる。
女が歌うのは貴族様に見初められるためよ。つまり身体を売って豪華な暮らしを手に入れる仕事ってわけ。
あなたもそこそこ可愛いけれど、貴族様を相手にするには貧相すぎるわ。
悪いこと言わないから、冒険者から始めなさい。その方が真っ当な人生を送れるわ」
な、な、何よそれ……
怒りと驚きで身体が震える。
アイドルの概念がないのは仕方なかったけれど、まさかそこまで前時代的な世界だったなんて……
いいえ、そんなの認めないわよ……
アイドルっていうのはもっと身近な存在。そこらの地下アイドルから始まって、毎日毎日努力してファンを掴み、彼らと共に駆け上がって最後には紅白出場!は私の願望だったけど!
とにかく、そんな金とコネだけで得られる名声には何の価値もないわ!
でも、この世界ではそんな価値観は通用しないのよね……
決めたわ、私は私のやり方でこの世界にアイドルを広めていく。
私のなりたいトップアイドルを目指すにはそれしかないもの。
そのための資金稼ぎとして、冒険者はいい足掛かりにはなるわ。
そういえば私、無一文だし。
「あの……アンさん、大丈夫?」
しばらく下を向いて黙り込んでいた私が心配になったのか、ユリアさんが顔を覗き込んできた。
「はい、どうも親切に教えて頂いて、ありがとうございます」
辛いけど、精一杯の笑顔を向けると、ユリアさんも安堵の笑みを浮かべる。
「よかったわ、ごめんなさいね。
あなたみたいな若い女の子が危なかっしいことを言うものだから、心配になって」
そうよね、彼女も悪気があって言ったんじゃない。
悪いのはこの世界よ。
……別に滅ぼしたりしないけど。
大丈夫。障害が多いほど人は燃えるものよ、頑張ってやろうじゃない。




