エンジェルナンバー0(優しさとは…)
「あんた何も食べてないでしょ?」
そういえば いつ食ったかなぁ…
ってか こいつも食ってないはず
「飯食って帰るか?」
「そうだね もちろん奢りだよね?」
ちゃっかりしてるなぁ…
「何食いたい?」
「任せるよ」
それが一番困る答え
「マックか?」
「えぇ〜 もっといいもの」
ほら なんでも良くない…
結局 あの喫茶店に
カランカラン…
「いらっしゃい!」
「ほ〜ら 来た!」
ん?またこいつらか…
葬式終わったら さっさと帰れよ…
まぁ そう言う俺もだけど…
「大変だったな」
「みんなのおかげでなんとか…」
「これ少しだけど…」
「そんな いいよ!」
「おまえにやるんじゃない 少ししか入ってないから」
「ありがとうございます」
初恋の人が受け取った
「あれ?初めてだよね?なんだ?もうこんな可愛い彼女見つけたのか?」
マスター…洒落になんねぇって…
このマスターはなかなかの天然
違うところに連れて行けば良かったと後悔した
「ん?おまえら何やってんだ?」
他の奴らは身振り手振りでマスターに合図をしている
こいつらは馬鹿か…丸見えだっての…
「私は…」
「俺の大事な仲間だよ」
こいつを救うには これが一番だと思った
「あ…あぁ…そうか!はは…そうかそうか…」
罰が悪そうなマスター
「いつもの 二つ」
「お…おぉ…いつものな…」
マスターが厨房に入って行く
「ごめんな…」
「ううん いい店だね!みんなは何食べてるの?」
テーブル席の方を見て明るく話している
「ここなんでも美味しいよ」
「へぇ〜 ねぇ何頼んだの?」
「出て来たらわかるよ ここで一番美味いやつだ」
「ふ〜ん 楽しみ!」
「英ちゃんが一番美味いやつって事は…」
テーブル席では推理が始まった
「ホットサンドじゃない?」
「いや 英ちゃんパン好きだけど ここのホットサンドは食べないよ」
それ以上言うな…
「どうして?」
答えるな…
「なんか 一回食べたけど」
黙れ…
「中学の時食べたサンドウィッチの方が美味かったって」
はぁ…
チラッと隣を見るとニコニコしてこっちを見てる…
「はいよ!うちより美味いサンドウィッチ 俺も今度食ってみたいなぁ」
マスターが料理を運んで来た
「だってさ…」
その一言で確信したみたいだった
「あれ?何これ?」
テーブルに座ってたやつらが覗き込む
「ドリア?」
「あぁ うざ!食えねぇだろ」
「えぇ マスター!これ何?」
全く…
「俺だけのメニューだ ほら食ってみ サンドウィッチは負けてるけど これはマスターの勝ちだから」
「えっ!いいの!いただきま〜す」
「おまえに言ったんじゃねぇ!」
俺のツナスパドリアはテーブル席に持って行かれた…
「美味!マスター今度俺にもこれ作って!」
「今日だけだぞ!俺が考えたメニューなんだから」
今日だけ…こいつらもいろいろやってくれたんだ…今も俺に気を遣ってるのが伝わってきていた
「マスター ミルクティー」
「私も!もうお腹いっぱいだから あんた食べて」
「半分しか食ってないじゃん」
「もう大丈夫 お腹いっぱい 味も覚えたし」
味覚えた?
「マスター!おかわり!」
全くこいつらは…
数日後行ったらメニューに追加されていた…
「あれ?」
こいつが何かに気付く
「これって」
「あっ それ英ちゃん達のライブのポスターだよ」
「もしかしてここでやったの?」
「そうだよ!すごかったんだから」
俺を見て話してるいのだが 答えはテーブル席から聞こえてくる
「私も来たかったなぁ…」
「歌ってもらえば?」
「歌えるの?」
「カラオケも有るんだよ」
おいおい…だから何故そっちから…
「どうする?歌うか?」
マスターまで…
「いい?」
「いいよ!」
だから何故背中から即答する…
「本当!」
「本当本当」
「おまえが歌うんだな」
「違うよ 英ちゃんだよ」
あぁ…思い切り殴りたい…
「いいんじゃないか?若くして亡くなった彼女の供養 若者らしく明るく送ってやっても」
「そうだよ!英ちゃん歌っちゃえ」
「おまえからだかんな」
「えぇ!なんで俺」
「んじゃ 俺も歌わない」
こいつが絶対歌わないのを俺は知っていた
「わかった…俺が歌ったら英ちゃん歌うんだね」
えっ…歌うの?
「英ちゃんの彼女の供養なら 俺歌う」
「おい…大丈夫か?」
「大丈夫」
「いや…買ったばかりのスピーカー壊すなよ」
「ひどいなぁ…」
テーブル席ではそんな会話が
「何歌うんだ?」
マスターがカラオケの用意をしている
「天城越え…」
「えっ?なんて?」
みんなには聞こえなかったみたいだが 俺には聞こえた
ここで天城越えって…何故それを選曲する…
「何歌うって?」
「天城越え!」
「天城越えな…天城越え!」
マスターならず みんなが驚く
そりゃ驚くわな…
「だって 俺あまり歌聴かないもん…」
でも天城越えは聴くんだ…
「いいんじゃねぇ こいつの歌なんか滅多に聞けないんだから」
若い人の供養だからと始まろうとしているカラオケ大会
演目一曲目の天城越えの
♪テケテンテケテンテケテンテンテン…♪
大正琴が静かに流れてくるが
こいつの体は 16ビート
「♪隠しきれない移り香が…♪」
初めて聴いた…棒読みの天城越え…
でも 一生懸命歌っている
「英ちゃんの彼女の供養になるなら」
そう言って震えながら一生懸命歌っている
誰も笑っていない
それだけ真剣さが伝わってきたのだ
「♪天城〜越ぉえ〜〜♪」
最後まで歌いきった
棒読みに感情を込めて
「どうだった?」
どうだったって…
「よくやった おまえ根性あるな…」
嫌味で言ったわけではない
「緊張したぁ…」
その緊張…充分伝わった…
「次 英ちゃんだよ」
「何歌うんだ?」
「カラオケはいい マイクだけ貸して」
「おっ アカペラだ」
俺はカラオケが苦手だった
リズムが遅かったり早かったり…
自分の調子で歌えない
「何歌うんだろう…」
「バラード系?」
全く…気が散るったらありゃしない…
「ふぅ…」
「ほら歌うよ」
あぁ うっせぇ…
俺には癖が…歌う前必ず一つ息を吐く
それを知ってるこいつらがうるさいのなんの…
「♪淡い紅を 軽くのせて…♪」
「伝わりますか だ」
本当に…イントロクイズじゃねぇ!
「この歌いいよねぇ」
俺の歌はバックミュージックか?
聴かないならやめるぞ
そう思った時 隣で黙って聴いているのに気づいた
急に恥ずかしくなる
「いい歌だよねぇ…」
雑音入れるな…
ライブにない緊張でガチガチになり歌い切った
「初めて聴いた…」
だから中学の時歌ったって…
「♪なりふりかまわぬ恋を もう一度 もう一度 全てをなくす愛なら あなたしかない♪…か…」
一回聴いただけで覚えたのか?
「次 誰歌う?」
こいつら…本気でカラオケ大会やろうとしてるのか?
「私…そろそろ帰らないと…」
「えぇ!そうなの じゃあ英ちゃんも帰るのか…」
「また今度な おまえらはどうするんだ?」
「じゃあ帰ろうか…」
みんなが席を立つ
「マスター お勘定」
「9800円だ」
ん〜と…俺が頼んだのは いつもの二つにミルクティー二つ…こいつらの分まで入れたな…
ってか こいつらどれだけ食ったんだ…
200円のお悔やみにお礼を言って店を出る
空はすっかり秋の夜長
まん丸に出た月が明るく輝いていた
俺は初恋の人を乗せ 車を走らせた
「すっかり遅くなったな」
「あの人達 変わんないよね」
「あの頃のままだな」
「変わったのはあんただけか…」
ぼそっと言った
確か…さっきは変わってないって…
「ねぇ 海行こう」
「今から?」
「もちろん きっと月明かりで綺麗だよ」
「だって…そろそろ帰らないとって…」
そう言ったから お開きになったのに…
「あの後 誰かが歌ったら あんたまた歌った?」
「いや…」
「でしょ」
?
「海行こう」
いろいろやってもらったからなぁ…
こいつん家と海はそう遠くない
俺ん家も
「ちょっとだけだぞ」
そう言って 砂浜に車をとめた
「終わったね…」
「終わったな…」
しばらく黙って海を眺めていた
「♪淡い紅を 軽くのせて 思い出追えば 娘にかえる 恋を知れば夜が長く 待ち人の名を呟いた頃…♪」
海を眺めながら隣で歌っている
そこで止まった
「♪一人の為に女は 時を旅して綺麗になる♪」
俺が続きを歌う
「私…綺麗になった?」
何を急に…
「♪一人の為に女は 時を旅して綺麗になる♪でしょ?」
そう言う事か…
「素敵な女性になったと思うよ」
「そっか ありがとう」
そう言ってまた無口になる
「そろそろ帰るか?」
「あんたさ 高校行ってからモテたでしょ」
ブッブ〜〜!
問いかけた答えになってない
「女子校でも凄かったんだよ あんたの写真頂戴とかこれ渡してとかって」
「どうせ あれだろ?」
当時の人気俳優に似てたって事
俺は それでかなり迷惑を受けた
「そんなのモテたって言わないよ」
「私は全然似てないと思ったけどなぁ」
「だろ!俺もドラマ観てみたけど 全然似てないよな」
「似てるとは思うよ」
今 全然似てないって…
「テレビは性格まで映してくれないからね」
何言ってんだ?
「あんたはね 優し過ぎるんだよ」
「俺が?優し過ぎる?」
「そう 優し過ぎて 自分の事は後回し もっと自分を出さないとダメだよ」
意味がわからない
「今日 お葬式終わったばかりでこんな事言っていいかわからないけど…今度いい人が出来たら 素直になるんだよ」
前にも言われたなぁ…
俺 素直じゃないのか?
「このままじゃダメなのか?」
「私はいいと思うけど…みんながみんなじゃないから その人に合わせてやらないとね」
一体なんの話をしてるんだろう…
初恋の人が車から降りた
真っ直ぐ月夜に輝く海に向かって歩いて行く
「まさか…」
俺も車から降りて 追いかける
波打ち際まで行き 俺の方を向く
「あんたは優し過ぎるんだよ!私は…あんたより長生きするんだから…だから…心配しないで…」
そう言って泣いた…
それから一年
真希の一周忌
「ここかぁ!」
「来てくれたのか?」
「当たり前でしょ しかし…ここお墓?」
「さっき こっ酷く坊さんに叱られたよ」
「だろうね…でもこのままって事は」
「大目に見てもらえた」
と言うのは 生前真希が俺に約束させた事
「もし…もし私にその時が来たら…」
「何言ってんだよ」
「だからもしって言ったじゃん その時はお墓をお花で埋め尽くしてくれない?」
「全く…何言ってんだか…」
「だから もしもの時だよ」
「わかったよ」
あれは遺言だったのだろうか?
それとも 俺が馬鹿正直過ぎるのか…
「これでいくらするの?」
聞かずにはいられなかったのだろう…
お墓を埋め尽くすだけの花
「大したことはないよ」
ちょっと見栄を張る
「私の時もこれしてくれる?」
「馬鹿な事言ってんじゃ…」
「嘘だよ 私は死にません あんたより長生きするって言ったでしょ」
全く…
「おぉ!すげぇ!なんだこれ」
「なんだおまえ達も来たのか?」
「当たり前だろ 早いねぇ…もう一年か…」
本当に早かった…こいつらはあれから結婚をし 子供を連れてきていた
「何ヶ月?」
「後三日で五ヶ月だよ」
計算合わねぇぞ
俗に言う 授かり婚
あの時 既に親になって居たのだ
「天城越えで出て来なくて良かったな」
天城越えを歌ったのが父親
「あの時はまだ知らなかったから…」
「ほ〜〜ら 高い高い 笑った!」
子供をあやす初恋の人
「英ちゃん まだまだ来るよ」
「何が?」
「おぉ!すげぇ!」
「あらぁ 綺麗に着飾ってもらって」
仲間達がやって来たのだ
「どうした?みんな揃って」
「どうしたってないだろう」
みんな覚えていてくれたんだ…
「ところで…これいくら?」
みんな そこ気になるのか?