エンジェルナンバー0(愚か者)
俺達も高校を卒業する時期が近づいていた
「英ちゃん 卒業式終わったら卒業パーティーどっかでやらない?」
「それいいねぇ あそこの喫茶店なんかどうだ?」
「悪い 俺パス」
「なんで?」
「なんでもだ 俺抜きでやってくれ」
俺には約束があった
「なんだおまえ何かあるのか?」
「ん あぁ…」
卒業式まで後半年
「舐めてんじゃねぇよ!」
声のする方を見ると
「英ちゃん 喧嘩だよ それも女同士の」
ペシ!
「痛ぇ…なんで俺が叩かれたんだ?」
「女って言うな」
「あっ…」
「なんで今 おまえが叩かれた?」
「英ちゃん 女って言う言葉嫌いなんだよ」
ペシ!
「今 説明しただけなのに…」
「ふ〜〜ん」
龍也が俺を見て何か言いたそうな顔をしている
「なんだよ 変か?」
「いや…おめぇらしいって思っただけだ」
「それよりさ なんとかしないと」
喧嘩の事を言っている
「はぁ…俺ら喧嘩するか 仲裁するかばっかだな」
「俺が止めてくる」
「いい 俺が行く 龍だと一緒に喧嘩しそうだからな」
まぁ 龍也は弱い者に手を出さない事は知っていたが
「お〜い 何やってんのかなぁ?」
お互い頭に血が上ってるに違いない
やんわりと声をかける
「あぁ!」
鋭い眼光を無理に作り 振り返る
「こんなとこでデケェ声出してると おまわりさん来るぞ」
「あ…英ちゃん先輩…」
俺を先輩と呼ぶって事は 後輩?
四人居た 三人が軽く頭を下げて消えて行った
残されたのは一人
って事は 三対一だったのか?
「なんか悪かったな…こっちの後輩だったみたいで…」
その残された一人に軽く頭を下げた
「余計な事してんじゃねぇよ!」
ありゃりゃ…完璧に頭に血が上ってるな
「三人相手にしようとしたのか?」
意地の悪い質問をしてみる
そいつは 俺をひと睨みして黙って去ろうとする
「お礼は?」
「馬鹿じゃねぇ…」
「一応 春から大学生なんだけど」
何故か 俺はちょいちょいトゲのある言い方をした
「英ちゃん 帰ろう!」
「悪い 先帰ってて」
「えぇ…」
俺が一緒じゃないと龍也に気を使うみたいなのは知っていた
「ほら 帰るぞ」
龍也は俺に何も言わず そいつらを連れて帰った
俺は この彼女が気になったのだ
ナンパとかそう言うものではない
助けてやったから あわよくばとかでもない
この彼女は 俺くらいに見えるが 私服だったのだ
不良だから学校を休んだ そんな感じでもない
「なぁ 学校どこ?名前は?」
「うるせぇなぁ 着いてくんな!」
明らかにさっきとは違う
無理してツッパってる そんな感じがした
「あっ 英ちゃん先輩 さよならっす!」
すれ違う後輩が挨拶をして行く
その時だった
少し笑ったように見えた
「今 笑った?」
「なんだその 英ちゃん先輩って」
「あぁ それか!俺は みんなに英ちゃんって呼ばれてんだけど 後輩の中には 英ちゃんに先輩を付けて呼ぶ奴らが居るんだよ」
「馬鹿じゃねぇ…」
言葉は一緒でも さっきとは違う表情
「俺は英ちゃん 名前は?」
「えいちゃんって中国人か!私は 真希」
やっと名前を言った
「へぇ 真希か…」
「全く…しつけぇから…」
「そうか?ここら辺じゃないよな?」
「最近来たばかり…」
「そっか 歳は?学校行ってないのか?」
「今日会ったばかりのやつにそこまで教えねぇよ」
「あっ そっか…んじゃ明日 またここで」
「はぁ?」
馬鹿じゃねぇ…その言葉がなかった
「とりあえず さっきみたいな事があったら 俺の知り合いだって言っておけ 大体のやつなら 俺の事知ってると思うから」
俺は 印籠を渡した
その後 毎日のように会うようになったのは年が明けてからだった
俺達三年は 二月に入ると卒業式まで授業はない
一部を除いては…
「あれ?英ちゃん補習ないよね?」
次の日の朝 電車の中で 補習組の連中と一緒になった
「おまえらな 龍でさえ補習ねぇんだぞ」
「そうなんだよなぁ…龍也くん 補習ないんだよなぁ」
龍也は 毎回ギリギリで赤点なるものをクリアしていた
「ところで英ちゃんどこ行くの?」
「どこだっていいだろ」
はぐらかし同じ駅で降りる
「んじゃ 卒業くらい出来るようにしろよ」
「補習さえ受ければ卒業出来るから…」
日本の教育は簡単だよなぁ…
これで大丈夫か?
そんな事を考えながら俺はいつもの場所へと向かった
公園に着くと そこに彼女は居た
「ごめん 遅くなった」
待ちわびたと言うように振り返った…
そう思ったのは俺の勘違い?
「あれ?今日も?」
それはこっちの台詞
今日も補習か?
それを口には出さなかった
「あっ!もしかしてあのおん…」
ペシ!
「まだ最後まで言ってないのに…付き合ってんの?」
どうだろう?
どう言えば正解かわからず答えなかった
気にはなる
気になると言うより ほっとけなかったのかも
その彼女は 会うたびに変わっていくのがわかった
徐々に俺に心を開いてくれたのだ
「俺が払うって」
「いいよ あんたまだ学生でしょ 毎日毎日馬鹿にならないよ」
「いいって!クリスマスに何もやれなかったんだから クリスマスプレゼントだと思って」
「それなら あんたの誕生日に何もやらなかったんだから」
喫茶店での会計の話
「全く…あんた変わってるよね…」
「よく言われる ってか あんたって言うのなんか…」
「いいじゃん みんなと同じじゃ嫌だし」
俺結構気に入ってんだけどなぁ…英ちゃんって呼ばれるの…
その日 真希と別れた後 電車を降りると
「英ちゃん先輩」
後輩の女子に声を掛けられた
「英ちゃん先輩 あの人と付き合ってるんですか?」
唐突に始まった
「あの人やめた方がいいですよ」
「何故?」
「噂なんですけど…あの人 ここら辺の人じゃないみたいで 最近こっちに来たみたいで…」
それは本人から聞いたから知ってる
「噂ですよ…噂だと こっちで…見た人の話だと 産婦人科から出て来たのを見たって…もしかすると中絶したんじゃないかって…」
それは初耳だった
「噂だろ?」
「でも…」
「あのなぁ…」
俺はそれ以上は言わなかった
それから数日が過ぎ
「付き合ってんのか?」
龍也が聞いて来た
「誰と?」
ちょっと惚けた感じで聞き返す
「この前のと」
真希の事を言ってるのは 最初の言葉で分かっていた
「どうなんだろう?」
また惚ける
実際 告白っていうのもしてはいない
「そうか」
それ以上は聞いて来なかった
二月も半ばになり 卒業まであと二週間
「そっかぁ 大学は東京なんだ…」
ただ…俺は迷っていた
日本の大学は 入るのは難しいが単位さえあれば卒業は簡単だと思っていた
それよりも 大学四年を無駄に過ごしていいのか?
若い内にしか出来ない苦労もある
その方が人生の財産になるのでは…
年寄りくさい考え方かもしれないが そんな事を考えていたのだ
「どうしようかは迷ってんだ…」
「どうして?せっかく受かったんでしょ」
「日本の大学なんて 受かれば勲章なんだって 海外の大学は 入るのには苦労しないけど 入ってから卒業出来るのは 極一部なんだから」
「ふ〜〜ん そうなんだ…私にはわからない 高校も行ってないからね」
真希は 高校には行けなかった
両親がいない為 中学卒業後 仕事をしていたのだ
それは最近知った
そして俺より一つ上
「私さ…」
急に深刻な顔になる
「どうした?」
「私…人殺しなんだ…」
さすがに動揺した
「人…殺したの?」
まさか…そんな事はないだろう…
「自分の子供をね…」
その言葉ですぐにピンと来た
電車を降りた時 後輩の女子が言ってた事を思い出す
「それを人殺しとは言わないんじゃない?」
「知ってたんだ…あの時…あんたに初めて会った時 あの時に…」
「なんで?相手は?」
恐る恐る聞いてみた
「相手とは 別れてから分かった事で…それに私は…」
それ以上は話さなかった
「そっか…」
俺もそれ以上は言えなかった
「馬鹿なやつだって思ったでしょ?そう言う事だから…」
「でも…好きだったんだろ?そいつの事を…」
真希は小さく頷き そして泣いた…
少しショックで そして少し嬉しかった
行きずりの恋で そうなったのではなかった
それが嬉しかったのかも…
「じゃあ そう言う事だから…」
そう言う事とは 別れ とすぐにわかった
「好きだったんならしょうがないじゃん」
真希は黙って次の言葉を待っているみたいだった
「人それぞれだけど…俺は その時 好きになった人が どんな過去を持っていようと 関係ないけどなぁ」
まだ高校生
でも そんな思考を持っていたのだ
それからも真希とは毎日のように会った
ただ会って話しをして別れるだけ
「へぇ バンドやってんだ」
「遊びでな」
「みんなの前で歌ったりするの?」
「たまにな」
「今度聴きたいなぁ」
「緊張して歌えなくなるからヤダ」
「なんでよ みんなの前で歌ってるんでしょ?」
最高千人の観客が入った大会で歌った事はある
でも…
千人<特別な一人
変な話 この方が緊張する
そして卒業式当日
「あ〜ぁ…仕事始まると夏休みとかないのか…」
「俺も大学行けば良かったなぁ…」
補習でなんとか卒業に辿り着いた奴の台詞
「英ちゃんいいよなぁ 後四年は自由だもんなぁ」
「そう思うよなぁ…」
俺はまだ迷っていた
これで本当にいいのか?
大卒でも東京の駅に寝泊まりしている人もいる
中卒でも日本のトップに立った人もいる
「へっくしゅん!寒っ…」
「英ちゃん…風邪ひくよ…」
俺は ワイシャツの上にカーディガン一つ
他にも 学ランをはだけて来てる奴が数名
今日は卒業式
ボタンマニアが大勢居たのだ
「なぁ 英ちゃん やっぱり来ないの?」
「悪いな」
「英ちゃんの名前で場所取ったのに…」
初耳…
俺は最初から断っていたはず
「帰りにちょっと顔出してマスターに言っておくから 迷惑はかけるなよ」
「わかった…」
いつもの待ち合わせ場所に行くと 真希が待っていた
「どうしたの?そんな薄着で…あっ 今日は卒業式か…」
「ボタン屋の娘がいっぱい居る学校だったみたい…」
ボタン屋とはなんだろう?
「制服屋も居たみたいだね」
学ランは 後輩の追い剥ぎに合ったのだ
真希は自分のマフラーを俺に掛けてくれた
「寒くないのか?」
「あんたよりはマシだよ」
そう言って笑った
「いつ東京へ?」
「二週間後…」
「そっかぁ 体に気をつけるんだよ」
「そっちもな」
そんな会話をしながら駅へと向かった
田舎町の小さな駅
いつもは駅の前で別れていたが その日は駅の中まで一緒に入る
駅の待合室は 高校生でいっぱいだった
その中にキョロキョロしている女子高生
その女子高生と目が合う
一瞬笑顔になり俺に近寄って来ようとした時
「ほら ちゃんとマフラー巻かないと…」
真希が俺に巻いたマフラーを直した
それに気付いた女子高生は 軽く頭を下げて駅から出て行った
その人は俺の初恋の人
中学の卒業式の時 お互いいい人が居なかったら…と約束をした人だった