エンジェルナンバー0(逝く人 蘇(く)る人)
そして二日後…
「あら…」
「おはようございます」
「来てくれたんだ…」
空港にこいつは母親と来ていた
「暇だったからな」
「ありがとう」
「あんた 英ちゃんには言ってたんだ…」
って事は他には言ってないんだ…
「この人が来てくれれば…」
「あら ご馳走さま じゃあお母さんはちょっとお手洗いに行って来ようかなぁ」
じゃあって何?
「来年…命日に来れないかも…」
「しょうがないさ それより自分の人生を大事にしな」
「このまま帰ろうかなぁ…」
「何言ってんだよ 夢 掴めそうなんだろ?」
俺はわかっていた
こいつはデザイナーの仕事をしている
その為フランスへ行くのだ
あの夜 俺にぼそっと言った
こんな田舎から世界に挑戦しようとしている
「私の夢は…」
「話は終わった?そろそろ搭乗しないと」
じゃあでトイレに行った母親が戻って来た
「英ちゃんも一緒に成田まで行く?」
「いや…俺はちょっと…」
飛行機ほど怖い乗り物はない
その時
こいつが抱きついて来て
「ハッピーバースデー」
そう言ってほっぺにキスをされた
今日は俺の誕生日
その日を自分の船出としたのか?
「まぁ…」
母親は呆れたような顔で微笑んでいる
「お母さん…行こう」
搭乗口に消えるまであいつは一度も振り返らなかった…
そして二年後
あいつは結婚した…
「しかし驚いたぁ…てっきり英ちゃんと結婚すると思ってた…」
今日はあいつの結婚式
俺達も友人としてよばれていた
「あんた!」
「でも…」
「勝手に俺の結婚相手決めんなよ それに俺にあいつは勿体ないよ」
あいつはフランスで頑張ったみたいだが…
世界の壁は高く 志し半ばで挫折したみたいだった
その後 地元には帰らず 東京で再度勉強をしている時に結婚相手と知り合ったみたいだ
「英ちゃん…」
夫婦漫才師の 婦 の方が俺に声をかけて来た
「なんだよみんなでそんな顔して 今日はあいつの結婚式だぞ 盛り上げてやってくれ」
俺はなんとも思っていない…
そう言えば嘘になるかもしれないが…
あいつが選んだ事なのだから
「英ちゃん!」
今度は誰?
俺が振り返ると
「英ちゃん何やってるの!早く着替えて」
あいつのお姉ちゃんだった
「えっ?俺が何に着替えるの?」
「タキシードに」
「はぁ?」
「私…あんなのを弟とは思えない」
だからって俺にタキシードを着せてどうしようと…
「はぁ…なんで英ちゃんじゃなかったのかなぁ…」
俺に言われても
それにこのお姉ちゃんがこんな事を言うなんて…
あいつが電話で言ってたのは 優しい人 だと
「英ちゃんそろそろ始まるよ」
「おぅ 今行く」
「お姉さん なんだって?」
「なんでもないよ」
「しかしいつ見ても綺麗だなぁ」
「何言ってんだ?ほら行くぞ」
こいつが言うように あいつのお姉ちゃんは誰が見ても綺麗な類いに入るほどの人だった
結婚式は 終始明るいムードで進んだ
「さすがだね やっぱり妹なんだなぁ」
何が言いたいかわかった
あいつのウェディングドレス姿は見事なほどに綺麗そのもの
式は進みキャンドルサービス
「おい 何やってんだ?」
「すぐに点いちゃ面白くないでしょ」
全く…子供みたいな事してんなよ…
俺達にスポットライトがあたる
俺達というより 俺達のテーブルに新郎新婦がやって来たのだ
「どうよ」
ドレス姿を自慢するように俺に言った
「綺麗だよ」
ニコッと笑い
「失敗したと思ってるでしょ」
何言ってんだか
「この人が 私がずっと思ってた人」
「あなたでしたか 話しはこいつから聞いています」
おいおい 結婚式でする話しじゃないだろ…
それに こいつって呼ぶなよ…
「いいから早く点けな」
ジジ…ジジ…
さっきイタズラをしたキャンドルは 火を嫌っている
その時
「チッ」
舌打ちが聞こえた…
俺の聞き間違いか?
なんとか火を灯し 次のテーブルへと
新郎友人の席では馬鹿騒ぎ
「なんだよ 消すなよな」
息を吹きかけ火を消されても 笑っている新郎
さっきのは聞き間違いだな…
気になるととことん気になるのが俺の悪い癖
新婦席と新郎席に行った時の態度が違うのに気づいた
「英ちゃん見たでしょ…」
式が終わり またお姉ちゃんが俺の所に来た
「何を?」
「英ちゃんなら見てると思ったんだけどなぁ」
見たよ
態度が変わる新郎
「はぁ…どうしてあんなのを好きになったんだろう…」
まだ言ってる…
今日は妹の結婚式だぞ
「こ…こんにちは…」
「こんにちは 今日はありがとね」
「い…いえ…」
こいつら何緊張してんだ?
「英ちゃん 二次会行く?新郎友人から誘われたんだけど」
「俺はパス」
「えぇ なら俺らもパスしようかなぁ」
新郎友人は俺らを誘いに来たんじゃないだろ?
新婦友人の女友達を誘いに来たに違いない
下心丸出しで
「英ちゃん達はうちに来る?」
「えっ!俺もいいんですか?」
ここにも下心が居たか…
「いや 俺はいいです あいつによろしく言ってください」
「そっか…わかった じゃあ気をつけて帰ってね」
「失礼します」
「えっ…あのぉ…」
「ほら 帰るぞ」
俺はそれから仕事だけに集中した
「龍 今度仙台の現場行って来るからこっち頼むな」
「俺が行くか?」
心強い申し出だが…
「いや 俺が行ってくる」
信じてない訳ではないのだが…
会社はそれなりの軌道に乗って仕事が増えていった
「社長」
「どうした?」
「私 こんなに貰っていいんですか?」
この頃になると 事務員を雇えるくらいになっていた
「いいんだ それだけやってるって事なんだから これからもよろしくな」
「ありがとうございます」
人を動かすにはお金
それが俺の考え方
なんでもお金で解決できるわけではないのは知っている
ただ 一緒に働いている者達には頑張ってもらいたい
そいつらが頑張れば自ずと仕事も入ってくる
要は 需要と供給なのだ
しかし お金の有難さもこいつらに知ってもらいたい
そこで俺は 銀行振り込みにはせず
給料は手渡しにしていた
「お疲れ様 んじゃ!乾杯!」
給料を渡すのはいつも居酒屋
労をねぎらってと銘打ち 毎月居酒屋で手渡すのだ
乾杯が終わり みんなが飲み始まると一人一人に手渡す
何故そんな事をするのかと言うと
「はい お疲れ様 ちゃんとカミさんに持って行くんだぞ」
「英ちゃん…酔えないって…」
そう いくら飲んでも大金を持っては酔えない
落としたらどうしよう
忘れたらどうしよう
それを見るのが面白い…
いや こいつらの酒癖を治す一つの手段として…
これが俺の唯一の楽しみだった
そしてその頃…俺の父親は病魔に襲われていた…
「父どうなんだ?」
「覚悟しておけって言われた…」
母親のこんな顔を初めて見た
「そうか…」
誰にでもいずれやって来る事とは知りつつも…
心臓に病いを抱えて居たのは知って居たが それでも仕事をしていた父親は朝 仕事に出かけそのまま病院へ運ばれたのだ
「龍 悪ぃ…ちょっと仕事行けねぇわ…うん…んじゃ頼んだぞ」
俺は龍也に現場を頼んで 父親についている事にした
ガタイが良く 迫力があった父親の姿はそこにはない
「手術して治るもんじゃないのか?」
母親は黙って首を振る
「胃からの出血が止まらない状態なんです」
医者の説明によると 心臓病の薬により 止血機能が働いていないとのこと
「なんとかならないんですか?」
「胃を取れば…でも成功する確率は50%…いや30%かと…」
「でも30%あるんだよな?このままだったら死んじまうんだよな?」
「しかし…危険なオペになりますよ」
「早いか遅いかって事か?でもこのまま指を加えてみてたら確実に死んじまうんだろ 30%の確率があるなら…お願いします いいよな?」
俺は母親に聞いた
「先生 お願いします…」
「わかりました…」
こうして父親の緊急手術が始まった
手術時間は九時間に及んだ
「どうなんだ?」
仕事帰りに龍也が見舞ってくれた
「わざわざ悪ぃな…確率はかなり低いみたいだ」
「そうか…」
「英ちゃん!」
「馬鹿 ここは病院だぞ」
「あっ そうだった…お父様はどうなの?」
「来てくれたのか?ありがとな」
「龍也くんから連絡もらって…で お父様は?」
「大丈夫だ」
龍也とこいつには返答を変えた
「そっか…良かったぁ…」
「おい 電気が消えたぞ」
手術室から医者が出て来る
「とりあえず 手術は成功しました」
「本当に!お父様は大丈夫なの?」
「は…はぁ…」
医者は不意を突かれ驚いている
それだけこいつも心配してくれたのだろう
「ありがとうございました」
「しかし…危険な状態に変わりはありません」
「えっ?だって成功したって…」
「いいからおまえはこっちに来てろ」
龍也が連れて行く
「でも出血は止まったんですよね?」
「止まりはしました 後は患者さん次第です」
「なら大丈夫だ お父様なら大丈夫だ」
「いいから 黙ってろ」
龍也が手を焼いているのを見て少しおかしかった
そして父親はその四日後に旅立っていった
「英ちゃん…」
「なんだ また泣いてんのか?」
「だって…お父様が…」
こいつは 俺の父親を面と向かって お父様 と呼び
父親もこいつの事を可愛がっているように見えていた
「父は泣き虫嫌いだぞ」
「そうなの?でも…」
全く…人ん家の父親が亡くなってこんなに泣くか?
「おまえ寝てるか?」
龍也も俺を心配してくれている
「あぁ あの時よりはな」
「そうか ならいい」
実際は あの時より大変だった
あの時は みんなが手伝ってくれたが
今回は 俺が喪主という事もあり 葬儀屋から伯父伯母まで俺に全てを投げかけてくる
そこで知ったのだが
葬儀にはいろいろな手続きがあるという事
死亡届やら埋葬なんちゃらetc…
真希の時はそんな事は知らなかった
全て父親が用意してくれたのを 父親の葬儀で知ったのだ
「市役所には言ってあるから こいつとこいつを出して来い」
言われるがままにやった事を思い出していた
父親が居なかったら…
あんな立派な葬式は出来なかったろう
そんな事が頭をよぎり涙が溢れた
葬式が終わり
「みんなありがとうな」
「とうとう来なかったね…」
「あんた!」
「でも…」
「あいつには連絡してないからいいんだ」
「どうして?」
「あいつは今 妊娠してるんだ…」
「えっ そうなの?」
この地域の言い伝えなのか 全国共通なのかは知らないが 妊婦さんは葬式に出てはならないという習わしがあった
「だから言わなかったんだ でもなあいつに困った事が有ったら助けてやってくれよ」
「なんだ?その言い方だとあんたは助けてくれないのかな?」
振り向くと…
「なんで来た」
あいつがそこに居た
「全く 知らないの?妊婦さんでも葬式には出れるの お腹に鏡を入れてね」
「そうなのか?」
「中途半端に知識を持たないの わかった?」
「誰から連絡行ったんだ?」
「英ちゃんごめん…私が…」
お父様のカミさんか…
「別に謝る事じゃないよ わざわざありがとな」
「それよりお父さんに線香あげさせてもらってもいい?」
「お…おぉ あげてやって…」
って言う前に家へと入っていた
「あら!わざわざありがとね」
「いいえ 遅くなってすいません」
家の中から 明るい会話が聞こえて来る
「んじゃ 英ちゃん俺らは帰るね」
「気をつけてな 龍 後二、三日頼むな」
「おぅ 無理はするなよ」
龍也も変わって来た事に気づく
俺がみんなを見送り家に入ると
「おい 何やってんだ?」
「片付けの手伝いだよ」
「馬鹿 おまえ妊婦さんだろ そんな事しなくていいんだって」
「また浅い知識を 妊婦さんは動いた方がいいんですよ〜」
小憎たらしい言い方…
「後で私が怒られるからもう座ってて」
「は〜い」
ったく…
「何ヶ月なの?」
「はい 五ヶ月に入りました」
「あらそう 楽しみだねぇ」
もうすっかり母親の顔になっている
「おまえ何で来たんだ?」
「車だよ」
「おまえなぁ 妊婦さんなんだから車運転すんなよ」
「ご心配ありがとうございます」
「お父さんに似て心配性だから…」
「知ってます 昔からそうだったから 自分の事より周りばっかり気にして」
「そこくらいかねぇ こいつのいいところは」
母親が自分の息子褒めるのそこだけか?
「そんな事ないですよ」
見てるやつは見てるんだ!
言ってやれ!
「でも それくらいかなぁ…」
………
「でもそれだけでいいんじゃないかなぁ?私はそう思いますよ」
何言ってんだか…
「そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「うん 今日は実家に泊まるから…」
「送って行って来い」
話し聞いてたか?こいつは車で来たんだって
「そうしてもらおうかなぁ」
はぁ?
「後歩いて帰って来い」
ったく…
確かに こいつん家は500mくらいだけど…
「んじゃ行くぞ」
狭い軽自動車で送る事に
「狭いでしょ」
「俺には向かないな…今日旦那は?」
「仕事だよ なかなか家には帰って来ないの」
「忙しいならいいじゃん」
「忙しいんだか…」
俺はそれ以上聞かなかった
こいつん家まで二分とかからない
「車どこにとめてもいいのか?」
「いいよ 空いてるとこにとめて」
車を降りて
「んじゃな」
帰ろうとした時
「英ちゃん 何黙って帰ろうとしてんの?」
こいつのお姉ちゃんが声をかけてきた
「あれ?」
お姉ちゃんの車はない
「お姉ちゃん…別れたの…」
「そうなの?」
小声で教えられた
「上がってお茶でも飲んで行きな」
はぁ…厄介なのに捕まったなぁ…
「はい どうぞ」
いつもの紅茶
母親の姿が見えない
早く飲んでお暇しよう…
「英ちゃん 私離婚したんだ…」
「はぁ」
何故俺に言う
「三つ歳上はダメ?」
何を言ってんだ?
「お姉ちゃん!」
「だって あんたは結婚したでしょ」
「この人はもっといい人と結婚するの お姉ちゃんはバツ付いたでしょ」
おいおい…
「バツ付いたって子供は居ないよ」
「全く…どこまで本気で言ってんだか…」
「ねぇ 英ちゃんバツはダメ?」
本当にどこまで本気なんだか…
「俺は 好きになった人がバツ1だろうと関係ないけど…」
何故本気で答えたのか…
「ほら〜 英ちゃんはそういう人なの」
どういう人?
「ダメだかんね!この人が私の兄さんなんて」
さて帰るか…
「いいじゃん!親戚で集まった時あんたも英ちゃんに会えるんだよ」
はぁ…俺の気持ちはまるっきり無視か…
「あのぉ…俺は 風俗嬢だろうと飲み屋のお姉ちゃんだろうと 自分が好きになったらその人を全力で守るけど…」
何言ってんだ?俺
「でも今は…」
「あ〜ぁ フラれちゃった」
「そういう事 この人はそういう人なの」
だからどういう人?
「英ちゃんならいいと思ったんだけどなぁ」
「すいません」
何謝ってんだ?
「んじゃ 俺帰るな」
「うん 気をつけて」
「英ちゃん また遊びにおいでね」
二度と来ません