エンジェルナンバー0(家族)
一時間弱で 夫婦漫才師が愛娘を連れて戻って来た
「英ちゃ〜〜ん!」
こいつらの愛娘も俺を 英ちゃん と呼んでいる
「おぉ あっちゃんまた大きくなったなぁ」
「あっ おばちゃん」
他の人は おじちゃん おばちゃん
「……あっちゃんどこ行きたい?」
「水族館!」
「水族館か じゃあそこに決まりだね」
子供の意見には敵わない
水族館に着くと
「あっちゃん 走ると危ないよ」
父親が追っている
「英ちゃんありがとね 実を言うとあっちゃんをあまり遊びに連れて行ってあげれないの」
「しょうがないよ あいつも仕事の合間に畑や田んぼやってるんだろ?あっちゃんだってもう小学生になったんだし それくらいわかってるだろ」
「そうだよ 見て あの嬉しそうな顔」
あっちゃんより 父親の方が嬉しそうだった
「ほら お母さんも行ってあげな 親子三人いっぱい楽しまないと」
「うん あっちゃ〜ん」
家族か…
「羨ましいんでしょ」
「馬〜鹿 あいつら大変だなぁって思ってただけだよ」
「でも とっても幸せそう」
「どれ 何も変わってないだろうけど 一通り観ますか?おばちゃん」
「おばちゃん言うな!もう」
「行くぞ お姉さん」
「よろしい!」
小学生の頃に遠足に来た水族館
あの頃のまま
「ほら アシカショー始まるって」
「俺いいよ」
「ダメだよ 先生に言われたでしょ!班毎に団体行動しなさいって」
あの時 こいつは学級委員長
伯父の家が近く 小さい時から何度も来ている水族館
アシカショーなんて腐るほど見ていた
「あっ 居た」
同じ班のやつらは 最前列に陣取っている
「おい ここでいいだろ」
「でも」
「あんなとこに居たら」
バシャン
水しぶきを浴びて大喜びしている
「な あれじゃ風邪ひくだろ」
「本当だ…」
「なんだこんなとこに居たの?見て 俺こんなにビショビショ」
それが何かの勲章のように自慢している
小学生の男子とはそんなものかもしれない
多分俺が冷めていたのだろう
この遠足は 小学生最後の秋の遠足
その為 遠足とは言わず 修学旅行 と銘打ってお小遣い持参で良かったのだ
「何買おうかなぁ」
「おい そこから出たら入れなくなるぞ」
お土産屋の中にも 出口 があった
「そうなの?」
そう 経験者は語る
「これカッコよくねぇ!」
「本当だ!俺買おお」
帰りのバス狭くなるぞ…
そんなデカいサメのぬいぐるみ買ったら
「もうないね あのぬいぐるみ」
その時の話をしているのだ
「全く馬鹿だよなぁ あれ買って小遣い無くなってたもんな おかげで帰りのバスの中狭くなってな」
「それは失礼しました」
あっ…
普通の貸切バスだと 俺達は人数が少ない為 一人で悠々座れたのだが
馬鹿デカいぬいぐるみを買った男子が五人も居て それが席を乗っ取ったのだ
ある意味 ぬいぐるみにバスジャックされた…
そして こいつが俺の隣を占拠した
「あんなぬいぐるみ 多分誰も持ってないからな」
「私は持ってるよ」
「あれ?おまえも買ったの?」
「買ってないよ」
何言ってんだ?
「あんたが買ってくれたキーホルダーのぬいぐるみ」
あぁ〜〜 300円の小さいやつか…
俺は買うものがなく それを二つ買った
何故二つ買ったのか?
それをこいつに一つ取られたのだ
取られた?やったんだっけかなぁ…
「御守りとして車に付けてるよ」
物持ちいいなぁ…
俺なんか中学に上がる前 失くしたぞ
「英ちゃん」
「どうした あっちゃん」
「あれ買って」
「どれだ?」
「あれ!」
蛙の子は蛙だな
あの時あっちゃんの父親も デカいサメのぬいぐるみを買った一人
「どの色がいいんだ?」
「ピンク!」
父親はデカいサメ
その娘は デカいピンクのイルカ
「あっちゃん!どうしたのそれ!」
「英ちゃんに買ってもらった!」
「またぁ 何か欲しいと英ちゃんに言うんだから…」
「たまにしか買ってやれないもんな いいんだってあんなサメよりこっちの方が可愛いだろ」
「サメ?」
忘れてるな…
「英ちゃんごめんねぇ」
「いいんだって 俺が言い出しっぺなんだから こういう所に来たら子供ってのは 何か欲しくなるもんなんだよ」
「ちゃんと英ちゃんにお礼言ったの?」
「ちゃんと言ったよな」
「英ちゃん 俺にも買って」
おい!目をキラキラさせて言うな
「何が欲しいんだ?」
「冗談だよ」
「いや ならこれ三つください」
俺は お菓子を三箱買った
「帰る時忘れるなよ 一つずつ持って帰れ」
「えっ?」
「お袋さん達にだよ」
「何から何まで…」
俺からのほんのお礼の気持ちだった
こいつらのおかげで笑う事が出来た
その親への感謝
「あっちゃん 船乗るか?」
「乗りたい!」
俺達は遊覧船乗り場へ
「あっちゃん 海好き?」
あっちゃんは俺と おばちゃん に挟まれ手を繋いでいる
「大好きだよ」
「でもな 海は怖いんだから一人で行っちゃダメだよ」
「うん!」
親に似て素直に育っている
「英ちゃん ここは俺らが払うよ」
「いいの あっちゃんの為に使ってあげて」
何故おまえが言う
「そういう事だよ 誘ったのは俺 いい格好させてよ」
「英ちゃん…」
「今日はいっぱい甘えちゃえ!この人嬉しいんだよ」
やっぱり見透かされてるか…
「ほら あっちゃんと一緒に乗ってやれ 落とすなよ」
「あっちゃん お父さん落ちないように手を引いてあげて」
「うん!」
「寝てないのに疲れてないか?」
「あんたに言われたくないよ あんたこそ運転大丈夫?」
「寝ないのなんか慣れてるから 全然大丈夫だ」
デッキでは 親子三人でカモメに餌をやっている
「まだ思い出すの?あんたが寝てないのはやっぱり…」
「もう七年だぞ 寝てないのは仕事の事を考えてだ」
「それならいいけど…いいってわけじゃないけど…」
どっちなんだよ?
「英ちゃん達もおいでよ!」
「ほら呼んでるぞ」
「うん」
俺達もデッキに出る
「あっちゃん楽しいか?」
「うん!カモメがいっぱい!」
いい笑顔だ
「もっと楽しい事してやろうか?」
「もっと楽しい事?」
俺はシ〜って仕草をして カモメの餌をあっちゃんの父親の頭に乗せた
気づいて居ないのはただ一人
みんな目をキラキラさせて見ている
「痛ぇ〜〜〜〜!」
「あははは」
「なんで?なんで頭突かれたんだ?」
「あっちゃん 楽しいか?」
もう一回 そうジェスチャーしている
いいか 見てろよ
そう言うように目で合図すると
ニコニコして見ている
しかし 父親の頭から目を離さないあっちゃん
「ん!英ちゃんか!」
バレてしまった…
「おかしいと思ったんだよなぁ」
「あっちゃん お父さん面白いな」
「うん お父さん大好き!」
「だってよ 良かったなぁ」
「えへへ 始めて言われた」
嬉しそうな笑顔を浮かべる
その笑顔で こっちも微笑ましくなる
「あっちゃん楽しそうで良かったね…ねぇ!」
「ん?あぁ そうだな」
「また考え事?」
遊覧船を降り あっちゃんとその親は公園で遊んでいた
「全く…起伏激しいよ」
「そうか?」
実際 俺は考え事をしていた
あいつも本当なら…まともな体で まともな恋愛をし あの時授かった子供を産んでいれば…
あっちゃんより少し大きな子供が居て 幸せになって居たのかもしれない
そうすれば 俺は…
「またぁ!今は今 今を楽しまないと」
「ごめんな…」
「謝らない!あんたは何も悪いことしてないの だから謝っちゃダメだよ」
「うん…ごめん…あっ…」
「全く…あぁ お腹空いたぁ そろそろ行ってみない」
「そうだな お〜〜い!そろそろ帰るぞ!」
途中 早めの晩御飯を食べ 帰路についた
後ろの座席では あっちゃんと歯ぎしりが熟睡している
「英ちゃん 今日は本当にありがとね」
「楽しかったか?」
「久しぶりにいっぱい楽しんだよ」
「なら良かった」
「あっちゃんもいっぱい楽しんだみたいだもんね」
「水族館に来たがってたの なかなか時間作ってやれなくてね…この人の親 休みだとこの人も連れて畑に行くから」
「今日は大丈夫だったの?」
「英ちゃん達と遊びに行ってくるって言ったら大丈夫だった」
「あんたも役に立つんじゃん」
何言ってんだよ
「たまには 息抜きも必要だろ?俺の名前使っていいから 親子三人で出掛けるようにしな」
「うん そうする」
「でもどうして あんたって私達の親から信用されてんだろう?」
それは俺も気になるとこだなぁ
「思い当たる事は…よくウチで英ちゃんの話しになると必ず出て来るんだけど…」
なんで俺の話しになる?
「ほら 作文書かされたじゃん 授業参観で発表する為に」
「あったね!あの先生嫌いだったなぁ…」
どの先生で いつの授業参観だ?
全然思い出せない…
「あの時さ なんて言ったっけ?転校して来て すぐ転校して行った子」
そんなの居たか?
「あぁ!なんて言ったっけ?女子だったよね?」
「そう なんか複雑な家庭環境でお父さんの実家に来て 転校して来たんだけど…すぐお母さんのところに行くって事になって転校して行った…ような?逆だったかなぁ?」
思い出せん…
「確か あの子が転校して来る前に書かされた作文だったんだよね」
「そう!それなのに先生 その子にあててさ 父兄の前で思いっきり怒ったんだよね」
ん……全然思い出せないぞ…
「お母さん達もざわざわしたのに 先生なかなか止まらなくてね」
「そうそう そしたら英ちゃんが」
俺?俺何したんだ…
「カッコよかったよね」
内容は?
俺 覚えてないんだけど…
おまえら二人 同じ夢見たんじゃないのか?
「お母さん 英ちゃんの事褒めてたもん」
「ウチも」
内容教えて…
「自分の意見をちゃんと言える子だって」
だから内容を…
「ところでさ…」
話が変わった…
「英ちゃん 今日はありがとね」
「いいって あっちゃん楽しかったか?」
「うん!」
「今度はお父さんに連れて行ってもらえな」
「わかった!英ちゃんありがとう」
「どういたしまして あっほら!お土産忘れてるぞ」
「えっ?一つ貰ったよ」
「それはおまえん家の これは奥様の実家に持って行け」
「私ん家の分?英ちゃん家のじゃないの?」
おまえらがいるのは 親御さんのおかげ
だから その親御さんへの心ばかりの感謝の気持ちだった
「お母さんきっと喜ぶよ 英ちゃんからって言ったら」
「よろしく言っておいてな」
「じゃあね また電話するね」
「あんた嬉しかったんでしょ」
なんでもかんでも俺の心の中読むなよ…
「よく言ってたもんね こうして居られるのは親のおかげだって 親に感謝しないとなって」
「自分の親だけじゃなく こうして出会えた連中の親にもな」
「そんな事 考えた事もなかったけど…言われて納得したもんなぁ」
「詩人だろ?」
「何言ってんの 絵のない本読まないくせに」
漫画本しか読まない
「だって 絵がないと表情わからないだろ?」
「そんな事ないよ 作者がどんな事を思って書いたか それも小説を読む楽しみなんだから」
「ふ〜〜ん そんなもんかなぁ…」
そうこうしてるうちにこいつの家の前
「あっ お姉ちゃん来てる 今日は降りないの?」
だって俺 信用されてるんだろ?
「ちょっとお茶でも飲んで行きなよ お姉ちゃんもあんたに会いたがってたんだから」
お姉ちゃんとは俺らより三つ上
小学生の頃 何かとお世話になった
「結婚したんだよな?」
「二年前にね」
「じゃあ ちょっとだけ」
「そうしな お姉ちゃん喜ぶよ」
「ただいま ほら上がって」
茶の間へ通され
「どうもすいません 遅くまで連れ回しちゃって」
遅くまでというより 日を跨いだのだが…
「英ちゃん?英ちゃんだよね!大きくなったねぇ」
このお姉ちゃんが 俺の名付けの親
もちろん名前は親に付けられたのだが
英ちゃん と最初に言い出したのは このお姉ちゃんだった
「どうもご無沙汰してます」
「何?あんたら付き合ってんの?」
返事に困る…
「そんなんじゃないよ」
こいつが返事した
「ちょっと待ってて 今 紅茶用意してくるから」
一人にしないで…
一人じゃないけど…
これなら一人の方がまし…
「こんな小さかったのにねぇ 本当大きくなったねぇ」
このお姉ちゃんは 間違いなく母親似だな…
近い…近過ぎる…
帰れば良かった…
「なんの話してんの?はい お砂糖は?」
「いらない…」
早く飲んで帰らねば…
しかし それは甘かった…
飲めば飲むだけ注ぎ足す母親…
「お姉ちゃん そこ私の場所」
「はいはい あんたらはいつも一緒だったもんねぇ」
おっと…これは早目にお暇せねば…
「集団登校の時は よく手を繋いでね」
幼稚園の時の話だろ
「英ちゃんはね 必ず車道の方歩いてたんだよねぇ」
そうだったか?
なにせ幼稚園の時の話
二十年前だもんなぁ
「へぇ そうなんだ!そういえば 授業参観の時…」
ん?さっきの話か
「作文書かなかった子を先生が怒った時」
うん そこまでは聞いた
「英ちゃんが先生に」
うんうん それから?
「『先生!先生は親の前で怒られたら恥ずかしくないのか?自分がやられて嫌なことはやっちゃダメなんだぞ!』って言ったんだよね」
ダメだ…思い出せない…
俺 そんな事言ったか?
「へぇ それ何年生の時?」
お姉ちゃんと母親が盛り上がっている
俺も何年の頃か気になっていた
「何年だったろう?」
「小一の時だよ」
こいつも参加し始まった
「小一で先生に…やるぅ〜」
いや…全然思い出せない
モヤモヤが取れずに終わった
「あっ これ少しだけど」
水族館のお土産を出す
「あら あんた達水族館行って来たの?お母さんも行きたかったなぁ」
あの時着替えに送らなくて良かった…
「じゃあ俺そろそろ帰るな」
「まだいいじゃない 明日日曜日なんだし」
「なんなら泊まっていったら?」
この母親とお姉ちゃん 苦手だ…
「いや…帰ります」
「ちょっと待って 送るから」
「ゆっくりしてきな」
ちょっと待って…
見送るじゃなく 送る?
ゆっくりしてきな?
何言ってんだ?
「英ちゃん」
「はい?」
「妹 よろしくね」
はぁ?何言ってんだ?