エンジェルナンバー0(秋のにおい)
「一応 干してはいるけど…におうか?」
「ううん あんたのにおいがする」
それはくさいと言ってるのか?
どう取ればいいんだ…
とりあえず 笑顔だからくさいわけではなさそうだな
一部屋を夫婦漫才に もう一部屋をこいつに提供し 俺はソファに
秋とは 日中は暖かくても朝晩はかなり冷えるものだ
コタツ早めに出せば良かった…
東向きの出窓から見える空が 紫色へと変わっていくのが見えた
隣の部屋からは どっちかわからないが歯ぎしりが聞こえてくる
スゥ……
静かにドアが開く
「どうした?」
隣の夫婦漫才師を起こさないように小声で言う
「寝れない…」
あいつが掛け布団を持って立っている
「あんな何もない部屋寂しくて…」
確かに…俺もあまり入らない部屋
「そっか…」
黙って俺の隣に座り 掛け布団をかけてくれた
「あんた冷たいよ…」
「この時期だからな…」
「全く…ほら 間開けると冷たい空気が入ってくるよ…」
そう言って寄り沿ってくる
「暖かいでしょ…私は…生きてるよ」
「ごめんな…」
何故か謝る俺
「ううん…自分の考えを曲げないとこ…そこに…」
そこで止めた
「もうすぐ朝だぞ…少し寝な」
「うん…好き(?)…」
それは俺に言ったのか それとも俺に聞いたのか…
「うん…」
そう答えた
「……ありがとう」
こいつは知っている
俺に 好きという言葉が存在しない事を
いや 存在はするが そう言う時に使う言葉ではないという事だ
中学生の頃
「あの人 私の事どう思ってるのかなぁ…」
「俺が聞いてやるか?」
「無理無理無理無理…」
「聞いてもらえばいいじゃん」
女子数名と会話していた時
「自分で確かめるから…」
「じゃあ あんたついて行ってあげな」
「馬〜鹿 俺行ってどうする 相手が断り辛くなるだろ」
「ひど〜い 断られる事前提じゃん」
「いや そうじゃなくて…何て聞くんだ?」
「なんてって…私の事好き?って…」
中学生になると 恋 と言うものを覚える
「ふ〜〜〜ん」
「ふ〜〜んって どういうこと?」
「好きってさ いろんな意味あるじゃん」
「例えば?」
「好きな教科とか好きな食べ物とか 好きってのは何にでも代用が出来る便利な言葉であって」
「なるほどねぇ…」
「それでそれで」
「英ちゃんがもし告白する時はなんて言うの?」
俺?
薮蛇だった…
「あんたならなんて言う?」
そんなみんなで詰め寄るなよ…
「わかった!愛してるよとかって言うんでしょ!」
「絶対言わない」
「なんで?」
「その言葉は 生涯一度きりしか使わない 本当にそういう人に出会えた時 一度だけ」
女子達が俺の事を見ている
「なんだよ…俺なんか変な事言ったか?」
「ううん らしいなぁって思って」
「英ちゃんのその言葉 誰が聞くようになるんだろうね」
知らねぇよ…
「でっ?その言葉の前に 普通の告白をする時はなんて言うの?」
続いてたか…
「俺は言わないかなぁ」
「なんで?」
おい…何故俺が質問攻めに合わなければならない
「照れ臭いし 口に出して言えば安っぽくなるっていうか お互いが大切に思ってるなら言葉にする必要ないんじゃないかなぁ」
「じゃあもし 相手の人から 私の事どう思ってる?って聞かれたら?」
「大切に思ってるって言うかなぁ…」
俺…恋愛相談にのってもらってんのか?
「大切にか…」
「変かなぁ?」
「ううん わかった」
わかったって…答えになってないんだけど…
そんなやりとりをした事を多分覚えているだろう
こいつは物覚えがずば抜けていたから
「好きより 大切 だもんね…」
やっぱり…
「もう一度頑張ろうかなぁ…」
「何を?」
「教えない…それよりさ ここに一人で居て寂しくないの?一人ならワンルームとかでよくない?」
「寂しくないって言えば嘘になるかもしれないけど 俺 基本一人だから」
「どうして?仲間が沢山いるじゃん」
「俺…自分が嫌いなのかも」
「どうして?」
「なんでなんだろう…」
わがまま?自分勝手?
いや…それ以前の問題だな…
「シャツは?」
「シワになるから脱いで来た」
俺の体半分に伝わる温もり
「少し寝な…」
小さく頷き目を閉じた
「あははは」
ペシッ!
「痛っ!」
「寝ぼけないの…」
かなりびっくりした…
「寝ぼけて笑うか…」
「びっくりしたねぇ…」
こいつもかなりびっくりしたみたいで 俺にしがみついて来た感触が…
「目が覚め…ん…」
こいつの口を塞ぐ
「起きてる…」
耳元で小声で囁くと
?って顔をする
「今ので気付かないか?」
あっ って顔をした
寝ぼけて笑ってからツッコむまで早かったのだ
全く…何を期待してるのか…
多分 寝られないのかもしれないが
俺達はしばらく黙って起きていた
出窓から陽が差し込んで来る
スゥ……
寝室のドアが静かに開いた
「もうダメ!ごめんあそばせ」
婦漫才師が俺達にそう言ってトイレへ
「トイレ行きたかったみたいだね?」
俺達に気を遣って出て来れなかったみたいだった
「起きるか?」
「寝てないけどね」
考えてみると 急に可笑しくなり笑うしかなかった
トイレから出て来て 俺達の方をちらっと見て
「オホ オホ オホホホ」
そう奇妙な笑い方をして 寝室に消えていった…
「ん?なんだ今の?」
「あっ…」
ソファで寄り添い布団をかけたままだった…
「絶対何か勘違いしたよね…」
「どうだろう?」
「まぁ いっか」
別に何もないのだから…
「俺 コンビニ行って朝飯でも買ってくるよ」
「いいよ 私が作るから」
「作ってもらいたいのは山々なんだけど…何もないんだよ」
「自炊してるわけじゃないの?」
「ほとんど外食 朝は食わないし」
「もう 偏った食事になっちゃうぞ」
偏るも何も 食わない方が多いんだから…
「じゃあ 私も行く ちょっと着替えるから待ってて」
「外寒いぞ 俺一人で…っておい!」
目の前で着替えてるし…
「あっ…そっち見てなさい!」
本気で間違ったな…顔真っ赤にして…
「ほら これ着ろ 男っぽい服だけど寒いよりいいだろ」
「ありがとう」
もうすぐ冬
「寒いねぇ」
「車に乗ればすぐ暖かくなるよ」
「歩いていこう」
コンビニまで1キロ弱
「歩けば体温まるよ きっと」
「んじゃ歩くか…」
ここに来てから初めての散歩
朝靄の中 いつも通る道が違う景色に見える
「ちょっと…歩くの早いよ」
ゆっくり歩くと疲れる…
「ほら 金木犀のいい香り」
こんなとこに金木犀あったんだ…
「あんた花言葉得意だったよねぇ」
「そうだっけ?」
そうだっけ?って言うのもおかしいか?
自分の事なのに
「あんたは金木犀みたいだよね」
「謙遜しなければ 謙虚でもないぞ」
「ほら!やっぱり得意じゃん」
その為に言ったのか…
「私も調べたんだから かすみ草は無垢の愛 白い薔薇は相思相愛 そして赤い薔薇は…あなたを愛します」
「違うよ」
「えっ?違うの?」
「違うくはないけど…薔薇の花言葉は本数で変わるんだ」
「そうなんだ」
「それに 花言葉なんか誰かがこじつけで考えたもの 贈る相手が喜べばそれでいいんだよ」
「誰かに花束贈ったことあるの?」
「ないよ 花は残らない」
「そうだけど…」
「花なんか 亡くなった人にあげるものだよ…」
本当はそうは思っていないが…
花とは 季節の訪れを告げ 観る者の心を暖かく そして優しくするもの
「何買ってんだ?おにぎりとかパンでよくないか?」
「それじゃいつもと変わらないでしょ?特別に私が作ってあげるから有り難く頂きなさい あっ…そうだ…」
何かを探している
「あった…」
「な〜んだ パンツか…」
「もう!見ないで!恥ずかしい…」
だって…陳列されてるやつだろ?
履いたとこを見てるわけじゃないのに…
「はい」
おい…女性物下着が入ってるカゴ寄越すなよ…
「お金払うから側に居ろよな」
「あっ…そっか」
そっかって…
俺 毎日来てるコンビニなんだから 変な目で見られるだろ
「あっ 後タバコも」
「はい 2つですね」
「あんた吸い過ぎだよ」
「俺の栄養源だよ」
そんなわけはない
「タバコなんかやめな」
「やめられない タバコの匂い嫌いか?」
「慣れたけど…煙吸って美味しい?」
「美味いっていうか…」
「喉にも悪いんじゃない?歌歌えなくなるよ」
「その時はその時だよ」
「そんな事言って 肺癌になっても知らないから」
そんな会話をしながら帰ると
ゴォ〜〜
ギリギリ…
いびきと歯ぎしりのデュエットが聴こえてくる
「スゲェな…」
「疲れたんでしょ すぐご飯の用意するから出来るまで寝かせておこう」
「何か手伝うか?」
「いいよ 座ってて」
座っててって…騒音を聞きながらか?
寝室から聞こえるいびきと歯ぎしり
台所から聞こえる 包丁の音
いびきが止まった
「おはよう…あれ?」
なんだその あれ? とは…
「うるさくなかったか?」
「大丈夫 何も聞こえなかったから」
ちょっと待て…何も聞こえなかったってどういう意味だ?
こっちはうるさくなんかしてないっての…
「あっ おはよう!もうすぐご飯出来るからね」
「ごめんね 私も手伝うよ」
女性陣は台所へ
俺は寝室へ
ギリギリ…
「ムニャムニャ…」
やっぱり歯ぎしりはこいつか…
しかし 気持ち良さそうに寝てるなぁ…
俺のいたずら心に火がついた
足元の布団をめくり ドライヤーをその足めがけてスイッチオン
「ん…熱い…」
笑いを堪える俺
足の指が器用に動いている
「食べないで…」
何の夢見てんだ?
なおも攻撃の手を緩めない
「あ…熱い…」
「あんた何やってるの?」
「あっ…」
「呆れた…」
「英ちゃんも茶目っ気見せる時あるんだ」
「みんな騙されてんだよ…英ちゃんは昔からこうだよ」
こいつも昔からこうだよ
学生の頃 誰かん家に泊まるたびにイタズラされてた
多分 だから最後まで起きてたのかも…
最後まで起きてて 最後まで寝てるから…
「全く…男っていつまでも子供なんだから」
「何に喰われそうになったんだ?」
さっきの夢でうなされたのを聞いてみた
「なんかね 急にバーベキューの場面になって 俺…何故か足を焼かれてんの…」
ドライヤーでか?
「そしたら こいつが食おうとして…」
多分 こんなに笑ったのは久しぶりだった
「笑い事じゃないよ…怖かったぁ…」
「久しぶりに笑ったね」
「そっか?」
「英ちゃんの笑った顔何年振りに見たろう」
涙が出そうになった…
そんなに心配させてたのか…
「どっか行くか?」
「どっかって?」
「どこでもいい あっちゃんも連れてさ もちろんみんなが暇ならだけど」
「もちろん暇だよ!なぁ」
「じゃあ 私お弁当作る」
「私も手伝うから あんたはあっちゃん連れて来て」
「いいよ お弁当は私一人でいいから お母さんもあっちゃん迎えに行ってやって それにお買い物行かないと何もないし」
って…この時間にスーパーまだ開いてないぞ
「んじゃ 英ちゃん車一台借りるよ」
「おぅ 気をつけて行けよ」
夫婦漫才師は急いで迎えに行った
「あんた嬉しかったんでしょ」
「なんでも見透かすな」
「顔見れば誰でもわかるよ」
「あいつの言葉…俺 心配ばかりさせてたんだなぁって思って」
「いい人に恵まれてんだよ 人の心配ばかりじゃなく たまには甘えないと…疲れちゃうよ」
確かにそうかもしれない
「さてと 買い物行くか」
「どこもやってないよ」
「だよなぁ 弁当どうする?」
「行った先で美味しいの食べよう」
最初から作る気なかったな
「そうだな」
「紅茶でもどう?」
「もらおかな」
あいつらが戻って来るまでしばしのティータイム
「うん…笑った」
「なんだよ おまえまで」
「笑う事を忘れたと思ってた」
「たまには笑ってたろ?」
「表面上はね だからみんなが心配してたんでしょ?」
そっか…
「おまえどうする?着替えに一回帰るか?」
「ううん いい さっきの服貸して」
「男物だぞ」
俺のだから…
「いいよ 誰も私なんか見ないって」
「そっか…」
「いやいや 何納得してんの?」
「いや何となく…」
「これ 何つけてるの?」
「何が?」
「コロンか何か?」
服のにおいを嗅いでいる
「何もつけてないぞ くさいか?」
「ううん いいにおい」
自分で嗅いでみるが…なんのにおいもしない