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幸福観の制御と規格化
幸福観を遷移させることは、本来難しい。幸福のあり方は本質的に、歴史的進化により生物学的に定義されているからだ。
しかし、人間にはいくつかの好ましい属性がある。
一つには、人間が社会的な動物であって、人間の幸福の大半が、理性によって認知される社会的な幸福であること。
そしてさらに、人間が主観する理性は、権力による恐怖によって、感情から制御できることである。
よって、巧妙な尊厳と恥辱とによって、人間が主観する幸福は実態幸福と乖離して制御できる。
例えば、虐げ蔑んで笑うことをさせれば、いかなる不幸の主観的な認知もキャンセルできる。
例えば、権力にまさる多数者から嘲笑させれば、いかなる幸福の主観的な認知もキャンセルできる。
つまり、実は見すぼらしい人々に自らを誇らせることもできるし、実は足りている人に不安と恐怖を流し込むこともできる。
よって、人間が主観する幸福観を、技術合理的に規格化できる。




