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自神喪失  作者: こしょ
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目指した場所へ

 俺は子供好きなのかもしれない。もうひとつの自分が自分なだけに当然なのだろうか。ただ話を合わせるふりをしていただけなのになぜかアレクシスさんの息子、テオくんに懐かれてしまった。そして奥さんはフローラさんというのだが、彼女は俺に感謝してくれる。


「この子がこんなになつくなんて、あなたが初めてです。手間がかかることで、申し訳ないのですが、お願いします」


 というのも彼女は多少、旅に疲れていたようだったので、その日はその町に泊まって休息することとなった。その間は俺がテオの面倒を見てあげるというわけだ。子守まで引き受けたつもりはなかったのに……アレクシスさんはやはり女性に声をかけて良かったと非常に喜んでくれた。そう言われては断れない。いや待て待てよそれでいいのか?


 内心の葛藤はともかく、そういうわけでテオと手をつないで散歩している。この町は酒場が少ない。自分はそんなに飲むわけではないが、最初に元の街で飲んだ酒にはちょっと感動してしまったものだ。昔の酒は何しろ薄くて水みたいなもんだったから。そのせいで、初めてのその酒で一瞬で酔いつぶれてしまったのは一生の不覚だった。


 おもちゃ屋があって、テオがその店先に駆け寄っていった。積み木とか、コロコロ転がる車のおもちゃに夢中になっている。そうだな、これぐらいなら買ってもいいだろう、と思って、その積み木を買ったら彼は大喜びしてくれた。これでしばらくは遊んでいるだろう。彼がそうしている間にちょっと乗馬の練習をしてみたが、すぐに勘を思い出すことができた。


 食事はあまりうまくない。今までいた町はやはり海が近かったから魚が特においしかったし、色んなものが入ってきた。ここはちょっと質も種類もどうしても落ちる。まあ、旅をする身としては贅沢になってしまってはいけないだろう。



 翌朝に、ちょうど昨日の朝入った店でまた朝食を取った。今日は時間帯が微妙に違うのか、昨日と違って混雑していたが、同じ店員と目があって、特別な言葉はかわさなかったが、軽く手を上げ挨拶をした。料理はやはりそんなにおいしくはないが、気分は悪くない。


 食事も終え、俺たちは馬にいっぱい荷物を積んで出発した。奥さんと子供も含め徒歩であるためにゆっくりとした足取りになるが、馬が疲れない程度にほどほどに背に乗せたりすることもある。と普通ならそんなものだろうが、俺がいるのにこれはちょっと遅すぎる。


「馬の荷物を自分が持ちますよ、これ。それで奥さん方が馬に乗っておいてくださいよ」


「え、何を言ってるんですか。何十キロもありますよ、無理でしょう」


「余裕余裕、馬ごと担いだって平気なぐらいですから、ま、この袋二つぐらい持ちましょう」


 とこともなげにそれを両手に抱えた。実際、重さなどよりも手に持てる量というのが問題なのである。


「ちょっと、本当ですか、その袋貸してみてもらっていいですか?」


 とアレクシスがいうのでひとつ気軽に渡してみたが、彼はそれをつかみそこねて落としてしまった。


「なんだこれ」と彼は乾いた笑い声をあげた。「どう見ても華奢な女性が、軽そうに持ってるのに、やっぱり重い……いや、そりゃ重いに決まってるんだ……なのに」


「俺が特別なんですよ」と言いながらひょいと拾い上げた。「俺は神ですから、別に誇大妄想というわけではなくね。戦いの神、レナスですよ。忘れないでください」


「どうしてお姉ちゃんは、お姉ちゃんなのに、男みたいに自分のこと俺って言うの?」


 と馬に乗ったテオが、隣を歩く私の髪をいじりながらそう尋ねる。テオと一緒に乗って抱きかかえているフローラが、「こらっ」と、そのいじるのを止めさせた。


「レナスというのはもともと男なんだよ。本当はね。俺のこの姿や人格の一部は人々のイメージから作られたものなんだ。今は完全にこの肉体は女だけど、どれだけかかるかわからないが、そのイメージを変えてしまえば少しずつそちらに近づくはずなんだ」


 テオはよくわからないという表情をした。


 少し前を歩きながら聞いていたアレクシスは「頭がおかしくなりそうだ」とこっちに聞こえないようにひとりつぶやき、こちらを振り向いて言葉を続けた。


「あなたが神様であるとしたら、私たちはあなたのために何をすればいいのでしょうか?」


「俺の言葉を信じてくれればそれでいいんですよ、別に。それに俺はお世話になった人とか気に入った人にはすっごい親切ですよ、ほんと。何も特別なことなんてしなくても」



 それでも残念ながらその日は町にはたどり着けず、みんな疲れてしまって夜になった。一応、旅人用に昔から誰かが建てていった小屋が点在していて、それは共有管理で自由に使っていいことになっている。それなら野生動物はある程度安心できるのだが、逆に怖いのは人間だ。だから少人数の旅だとそれを使わず隠れるように眠るものもいる。


「今晩はどうしましょうか」


 アレクシスは、私どもはこういう時は野宿にしているのです、と言った。


「いえ、今回は、小屋に泊まりましょう。私が見張りますから、心配しないでいいです。ここは土地が開けているから、仮に敵が来て逃げるにしてもどうとでもなりますよ」


「では、そういたしますが、私も交代で見張ります」


「いいんですよ、私はそういうの平気ですから、休んでくれても」


「いいえ、それじゃ気が済まないというか……何もしないのも不安なんです。少しでいいですから、私にも見晴らせてください」


「そう言われると断りにくいですね……まあ、なにかあったらいつでも起こしてください」


 先に彼が見張り、次に俺が起きて見張るということになった。確かに休息は必要なのであるが、そもそも敵は来ない予感のようなものがすでにあったから、実際安心していた。そういう第六感は戦いには極めて重要な要素であって、私も自然に備えていたのだ。それにしても、残念なことでもあった。守らなくてはならないものがいる故に十分には戦えないということだ。まあその敵もいないわけで。まさに思ったとおり、何事もなく朝を迎え、俺たちは旅を続けた。



 そうしておよそ一週間以上かかった旅の果てに、ようやくパトラまでたどり着いた。幸いにも野宿になったのは一日だけでそれは良かったものの、その後が関所に次ぐ関所で時間と金が非常にかかったのには実に参った。自分一人なら堂々と街道を通らずに山を越えていただろうというぐらいのものだった。


 ただアレクシス氏はなかなかやり手で、この街ではたとえ僅かな量でも非常に価値が高いとされる、最上質なオリーブの油を抱えていた。この分と道すがらに行商で稼いでいた分を合わせれば十分すぎる儲けになるはずだということだ。


 しかし、最後の検問がまた大きな街なだけに厳しいかと思われたが、アレクシスがなにか見覚えのある感じの金色で丸いものを係官に握らせると、あっさりと入ることができたのだった。



「レナス様、大変お世話になりました。これだけ安心して旅ができたのはあなたのおかげです」


「いいえ、こちらこそ、アレクさん。おかげで楽しい旅になりました。皆さんと一緒じゃなければ俺は毎日野宿だったでしょう。いや、冗談じゃなく」


「私たちは実家に一度戻りますが、レナス様はどうされるおつもりでしょうか?」


「そこがまったく何も計画がありませんでね……。まあ、ここならいくらでも仕事もあるでしょう。適当に生きていきながら、コロシアムを目指しますよ。まだ今のところ何も知らないのでね」


「コロシアムですか……」アレクシスはやや苦い顔をした。「もしかしたら、いや、レナス様の出るような場所ではないかもしれませんよ。私も長いこと実際には見ていないのですが」


「それはどういうことですか?」


「確かに勝ち続ける剣闘士というのは英雄でありスターなのですが……あの場所はあまりにも下品であるように私には映ります。人間の悪徳を詰め込んだような場所ではないかとすら感じますよ」


「ふむ、なるほどね。ですが問題はありません。そういうところなら俺が勝ち続けてそれを変えてみせましょう」


「あなたならできると思います。よかったら、気が向いたらどうかうちを訪ねてきてください。テオも喜びますから」


「そうですね、じゃあ、テオ、これでお別れだけど、バイバイ。フローラさんも」


「はい、大変、お世話になりました。私たち神様と接することができて、光栄でしたわ」


 フローラは深々と頭を下げ、テオが不思議そうにそれを見つめた。


「あっ、そうだったすっかり忘れてた。私が男で戦いの神ってことは絶対に忘れないように。協会に行くときは男の神の顔を……想像しながら……お祈りをしてくれ。難しいかもしれないけど……頼むぞ」


 急に重々しく私は言った。これから新しい土地で自分を変えていかねばならぬ。

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