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自神喪失  作者: こしょ
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断絶

 さて、オリビアちゃんのお父さんは、ほぼ体の方は良くなったといっても、今の今まで半死人だったわけで。まだ意識も戻っていないし、水だけはなんとか飲ませてから、担架に乗せて彼の家まで漁師仲間たちがエッサホイサと運んでいった。


 よかったよかった、もう大丈夫だろう。じゃ、あばよ……。なんつって内心で照れ隠ししながら俺もさり気なく帰ろうとしたが見知らぬ男に捕まってしまった。


「ちょっと、お待ちください。あなたは医者ではありませんよね? 今見ていたんですが、なにをやったのか全然わかりませんでした。詳しく聞かせていただいて、よろしいですか?」


「あんた、誰だ?」


 格好を見てみると、漁師にも見えない。おそらくはかなり高価な、シワひとつないような服を着こなして、顔もなかなかの男前で人好きのしそうな笑顔を浮かべている。


「私はこの港の取り仕切りをやっている、マティ・リシエというものです。今回のこと、私も心配していて、様子を見に来たんですよ。あなたがなにか不思議なことをするのも見ました。まったく比喩ですらなく神々しく……輝いていました。できれば私の方から、お礼をしたい。とりあえず、お食事でも」


「悪いが、個人的な感情でやっただけで、礼も食事も結構だ。失礼するよ」


 マティは驚いたようだった。本当にずいぶん失礼なやつだと思われたかもしれないが、どうでもいいことだ。


「お待ち下さい、お願いします。どうかお名前だけでも」


 無視して俺は歩き続けるが、それでも後ろから声が聞こえ続ける。


「あなたのその力が使われないのは、人類にとっての大きな損失だ!」


 他の人間たちは俺たちに関わるのを避けるように足早に自分たちの仕事へ戻り、俺も立ち去ってマティだけがその場に残された。



 今日はカノアが開くので俺も仕事をするために給仕服に着替える。それにしても、この格好は慣れない。客観的に見ると自分のことながら、なんだか、言いたくないがかわいくて、無意味にくるりと回ったりしてしまう。それをソーニャに見られた時は本当にもう、自分の首を絞めたくなった。残念ながら、死んだとしてもなんの解決にもならないが。


 客として来た、潮風で固まった大ひげを生やした漁師が嫌なことを話した。


「レナスちゃん、今日マティさんに追っかけられてたろ。あの人は、しつこいから絶対にここまで来るよ。レナスちゃんは有名人だから、聞けばすぐに分かるだろうしね」


「えっ、まじですか。なんの用があるっていうんだろうなあ。というか、お前は話したりなんてしてないよな?」


「まあ……どっちかっていうと、秘密にしたいよなぁ。俺たちのレナスちゃんが有名になってほしくない……みたいな感じで?」


「誰が俺たちのだ、誰が」


 とは言うものの、実際彼らの好意は感謝してもいるし、逆にいえばその好意でもってこのように言ってくれるというほどに、マティという男がどれほど面倒な人物かということでもあるかもしれない。



 昼の営業が終わり、私はオリビアちゃんの家にお見舞いに行くことにした。少し道に迷ってしまって、一度教会に行ってから記憶をたどりながら近くまではなんとかついて、後は通りすがりに場所を聞いた。


 ドアをノックすると、薄い唇をした幸薄そうな若い女性が出てきた。おそらくはオリビアの母だろう。


「こんにちは。私は教会の方でオリビアちゃんと少し縁があったものなんですが……お父さんが無事に見つかったというのを聞いて、お見舞いに来たんです。オリビアちゃんはどうしていますか? 彼女すごく心配していたから」


 彼女は私の顔を知らず、少し戸惑った様子だったが、部屋の奥からオリビアが顔を出し、「あっ、昨日のお姉ちゃん!」と嬉しそうに呼びかけたので、ホッとした笑顔を見せた。


「や、良かったね、お父さんが無事で」


 うん!と元気よく答えたので、少し嬉しくなった。少ないながらお見舞金ということでオリビアの母にいくらかの金を渡した。


「えっ、そんな、どうしてこんなによくしてくださるんですか?」


「大したことはないですよ、私は別に、お金に困ってるわけでもないし、船をなくして生活が大変でしょうから、まあ、家族でおいしいもの食べて元気つけてください。お父さんもすぐ動けるようになるだろうから、よかったらカノアの休憩所って店がおすすめだよ。っていっても夜は完全にお酒を飲むところだから、昼間に来なよ」


 と言葉の後半はオリビアに向かって言った。


「よかったら、夫に会っていってください」


 と促されたが、そこは断って、帰ることにした。オリビア以外のことは正直なところどうでもよかった。



 戻ってくると、ソーニャがこわばった顔で店の前で待っていた。


「レナスさん、今、中にお客さんが来られてるんです」


「あ、もしかして、マティとかいう……」


「そうですよ、お知り合いですか? すごくえらい人みたいなんですけど……」


 知り合いなんかではあるものかだが、会わないわけにはいかないようだ。中に入ると聞いた通り、テーブルの席に居心地悪げな感じで今朝会った男が座っていた。


「よくもここまで来たものだな。こういうのは、しつこい男は嫌われるってやつだぞ」


「それは困ります。でも待たせて頂いてましたよ。良さそうなお店ですね。今度は個人的に来てみたいものです」


「今は個人的じゃないのか?」


「極めて大きな話です、ええ、重大な」とマティは噛んで含めるように言った。「ご存知でしょうか、この町の領主には一人息子がいますが、それが今、ずっと病にかかっているのです。肺の病気です。こちらの、ソーニャさんも同じ病気だったそうですが、今ではお元気そうですね」


「……なぜそんなことを知っているんだ?」


「あなたのことを調べさせていただいた時にね、たまたまですよ、耳に挟んだだけです」


「へっ」よく調べたものだ、と俺は悪意のこもった薄笑いを浮かべた。「それで、それが俺にどういう関係があると?」


「お礼はたっぷりできます。どうか彼を救ってあげてください。唯一の後継者がいなくなれば、どんな混乱をもたらすかわかりません。人が何人も死ぬかもしれないし、隣の領主の介入もありうることです」


「一向に構わない。そうしたら戦いが始まるってことか。全然構わないどころか、望むところだ。先頭に立って平和のために戦ってやるよ」


「あなたはそれでもレナス様なんですか!」


「そうだよ、知らなかったのか?」


 マティは興奮して立ち上がり、こちらはあくまで冷然と答えた。


「所詮、本心は俺を出しにして自分が取り入るためだろうが、残念だったな。真実のレナスというのは慈愛の女神なんかではない。荒々しい戦いの男神なんだ。いやまあ……できないわけじゃないし現にこんな姿になってはいるが……とにかく、そういうことだ。死ぬも生きるも運命だよ。俺が人を救ったことがあったとしたら、それはただの気まぐれにすぎない」


「……それでは、もはや神を信じられない」と彼は言い返すというふうでもなくボソリとつぶやいた。


「神の恩恵というのは人間にはわからないところにあるんだ。もし一人が助かったところで、それが結果的にもっと大きな悲惨を招かないとも限らないだろ?」


「では、なぜ戦いでなら協力するとおっしゃられるのです」


「俺自身を取り戻すためのことになるからだ」


「とすればもしも私がその御自分を宣伝することに協力すると言ったらどうですか?」


 俺は意表を突かれて戸惑ってしまった。考えたこともなかった。


「えっ……いや、ん……?」


「今の信仰を塗り替えるのであればそういうことでよいのではないですか? 協力関係になれると思うのですが」


「いや、やっぱりだめだ」少し考え込んでしまったが、きっぱりと言った。「馬鹿なやつめ、俺は神だぞ。人間と組むことなんてはしない。馬鹿なことを考えたもんだな、ああ?」


 俺は立ち上がり、マティの襟首をぐいっと掴んで引き下ろし、そして聞こえるか聞こえないかほどの小さく、低い声で言った。


「これほどの不遜、ひねり殺されても文句は言えないってことを胸に刻みつけておけ」


 マティは魂が吹き飛んだかのように恐怖し動けなくなっていたが、俺が手を離すとまるで別人になったと思うほどにただただ必死に逃げ出していった。あれならもう関わろうとは思うまい。


 外はもう薄暗くなりつつある。まずいな、開店準備が遅れてしまう、店に迷惑がかかるじゃないか……。


「おじさーん、ごめん、早く準備しないといけないですよね」


 ご主人ら家族三人は奥に揃っていたが、私が来たことに対し激しく動揺し始めた。私は少し悲しくなってしまった。


「あ、ああ……レナス様、どうして私たちは今まで普通にあなたと接していられたのでしょう。今までの無礼をどうかお許しください」


 と奥さんがもはやこちらを正視することもできずに震える声で言った。ご主人は青ざめた顔でこちらを見ていた。


「無礼なんてとんでもない、ずっととても居心地が良くて嬉しかったです……でも、こうなってはもう長くはいられないようですね……私はここを出ます。そうそう、ソーニャちゃんの病気は、もう完全に大丈夫ですよ」


 と私は姿勢を彼女らより低くして言った。そして立ち上がろうとすると、ソーニャが顔を上げて私の手を取った。


「待ってください、レナス様。私も、感謝しています。私の病気を良くしてくださって。レナス様、どうか希望されるだけここにいてください。もっといてほしいんです」


「いいえ、ソーニャちゃん。残念だけど私もちょうど潮時だと思っていたのですから。私が言うことではありませんが、後はよろしくお願いします。……神様ってのは、勝手なものですね(私だけかもしれないが)」


 私が三人の手をそれぞれ取って立ち上がらせると、彼らは店のことを思い出して、忙しく動き出した。忙しさこそ必要なことであって、私はただ消え去るのみ、だ。

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