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自神喪失  作者: こしょ
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病気の娘

 昼間に眠っていたせいか、なかなか眠気が来ない。そもそも眠らなくても自分の力を使えば疲労なんてないのだが、かといって夜中に時間を持て余すのもつらいことだ。もよおしたわけでもないけど、お手洗いに行こうと思って自分に与えられた部屋を出た。それにしても狭い、物置を開けただけというような寝るだけの部屋だ。家具はベッドと古い机しかないし、窓もないぐらいなんだが、そこは贅沢はいえない。建物全体は平屋で、ここが角にあたる。


 廊下を見ると、深夜だというのに明かりが漏れている部屋があった。さらにいうと苦しげな、おそらく若い女性の咳が聞こえてくる。ギシギシと音がなる廊下を、なるべく音を立てないよう慎重に歩き、静かにその部屋の前まで来てドアをノックした。


「誰?」


 と女性の怯えるような声が返ってきた。


「今日からここにご厄介になります、レナスというものです。苦しそうな咳が聞こえたもので。大丈夫ですか?」


「あ、レナスさんですか、両親から聞いてます。……ごめんなさい、うるさかったでしょうか」


「いいえ、そんなことはありませんよ。ただ私も眠れなくて、よかったら、話し相手になっていただけませんか?」


「……ちょっと待ってください」


 室内でちょっと慌てたような感じがした。申し訳なかっただろうか……気を使わせるだろうか……とも思わないでもないが、まあ、相手から拒否されていないのだから、いいでしょう。


「すみません、お待たせしました」


 とドアが開かれ、顔色の青ざめた少女が現れた。年齢は十代半ばぐらいだろうか。本来は元気がよくて笑顔が似合う看板娘だったのだろうに、今、私が見るところ、これは死病に侵されているようだ。私ならずとも誰が見ても長くなさそうだと思ってしまうかもしれないが。


「ああ、苦しそうですね……ごめんなさい、無理して立たせてしまいましたか」


 彼女は私の声が聞こえているのかどうなのか、ぼーっと立ちつくしている。


「どうされましたか?」


 と言って私は彼女のひどく熱を持った腕にそっと触れると、彼女は激しく動揺したようだった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、なんでかな。レナス様……があまりにもお綺麗で。まるで神様……みたい、に、見えて……」


 ふっ、と私は微笑んだ。多分、死に近い存在だからこそ真実が見えるのだろう。ともかく、私は彼女を支え、ベッドに横にさせた。


「まあ、体を冷やしてはいけませんよ。この季節といっても夜は冷えますからね。……本を読んでいらっしゃったのですか」


「はい、これ、今流行りの恋愛小説なんです。ご存知ですか? ある貴族のお姫様と平民の若者の、許されない恋なんですけど」


「いいえ、読んだことがありませんね。でも、ロマンチックなお話ですね」


 ソーニャ、という名の幸薄そうな彼女の言葉は熱を帯びた。普段話し相手がいないのだろうか。もともと、この病気は死病なだけでなく、人にうつることがあるから、避けられているのかもしれない。本人はそれを知っているだろうか……そもそも医者にどれだけ見てもらっているのだろうか……。本を持つ彼女の手を私は上からそっと握り、その熱を散らしてやった。私の力を持ってすればこの病なら瞬時に治すのはたやすい。


 しかし、私はこの力を乱用したくなかった。こんなことを誰も彼もとやっていれば、世の中に死ぬ人間がいなくなってしまう。いったい、死のない世界で誰が神を信じるだろうか? そうなれば結局は神の力がなくなる。暗黒時代に戻ってしまうだろう。


 そういうわけだから、私はなるべくゆっくりと治していくことに決めた。こっそりこっそりと、いかにも自然に治ったみたいに。まあ、ここだけの、内緒ということです。この子はいい子みたいですから。



 わずかに咳が楽になったからか、彼女はあくびをひとつ漏らして赤面した。


「あ、ごめんなさい、ずっと寝てるものだから、変な時間に眠くなったり眠れなかったりしちゃうんです」


「あははっ、今日は私もそうだったんですよ。お昼寝をしちゃったから。ご存知かもしれないけど、はしたないことをしちゃいまして。せっかく眠くなったんですもの、もうお休みしましょうか。私もそろそろ眠くなりましたから」


「はい……そうですね。今日はありがとうございました……おやすみなさい……」


 彼女は布団を深くかぶり、顔だけ出してニコッと笑ったかと思うと、目を閉じてすぐ、ほとんど気絶するように眠りについた。今までよほど苦しかっただろうことは想像できた。ろうそくの火を吹き消して、私は彼女の部屋を出た。自分の部屋に戻るのに灯りは必要ない。



 翌朝、起きた時は自己の認識を取り戻していた。俺だよ、俺。って、なんとめんどくさいわかりづらいことか。結局どっちも同じなのに。だがもはやこんな心配をすることはない。レナスといったら今後は俺しかもう出てこない。どっちがどっちだとしても、結局、自分そのものなのだから、切り替わる必要もなかったのだ。ただ、ちょっと、こっちに出てきたばかりであまりに醜態を晒してしまったから、臨時措置を取ることになっただけで……ましてあいつが人の社会になれてるなんてことはなくて、人当たりがいいだけなんだ。


 改めて俺の目的を確認するが、あくまでこの人間の社会で男らしさと強さをアピールし、神のイメージそのものを覆すこと。期限はない。何年かかっても構わない。いけるはずだろ?



 部屋を出て窓を見ると、店のご主人が朝から菜園の手入れをしているのが見える。俺も住み込ませてもらってる身だ、手伝おうと思い、とるものもとりあえず外へ出た。


「おはようございます、朝から大変ですね。なにか手伝うことはないですか? 力仕事とかあったら、やりますよ」


「おお、おはよう、って力仕事って本当に? その細い腕で? そんなことさせたら、未来のお婿さんに怒られちゃうよ。それに水やりしてるだけだから、もう終わるよ。今日はいい天気だね」


 とにかく、小さなとこからでもどうにかして、このイメージを変えないといけないのだが……。結局何もすることができず、奥さんの作った朝食をいただきながら、話をする。


「買い出しとか、いつもされてるんですよね? 重い物とか持ちますから、一緒に行かせてくださいよ。どんなに重くたって平気です」


「その腕で……?」奥さんはおかしげに笑った。「まあ、手伝ってもらいたいけど、そんなに気負わなくても大丈夫だよ。重い物はまとめて届けてもらうから」


「それだと余分にお金がかかるんじゃないですか。まあ、俺ひとりで下手な馬なんかより運べますから」


「そういえば昨日、みんなの前で変なこと言ってたんだったわね……今のあんたは乱暴な方なのかしら? あのね、そんなことよりも、あんたはお客さんに愛想よくしてくれればいいの。それだけでみんな喜んでくれるから」


 そう言われてもそれじゃだめなんです……!と俺は突っ伏して泣きたい気持ちだった。まったくどうやったらみんなに俺の強さをわからせれるんだろうなああーもう、平和が、平和が憎い! いいことだけど!


 とはいえ、朝の市場にひっついていくことができた。今日来たところでは見事な野菜や果物が売られている。といってもどれを選ぶのかは自分にはわからないのですべて奥さんが決めるのを見ているだけ。店に必要なものを全部わかっているんだろうな……さすがは長年二人で切り盛りしているだけのことはある。と褒めると奥さんは頭をかいて笑った。


「肉とか魚だと旦那が選ぶんだけどね」


 そろそろ選び終わって、持ってきた袋に食品が山盛りになった。見ろと言わんばかりに俺はそれを両手で軽々と持ち上げる。おお、と周囲がどよめいた。


「すごいな、お嬢ちゃん、女だてらによくやるじゃないか」


「こっ、このぐらい、軽い軽い」


 実際軽いもんなんだが、前が見えないのが困る。隙間から覗き覗きしながらかろうじて歩く。


「大丈夫かい? なんだか無理させてる気がするんだけど……」と帰り道に、奥さんから心配される。


「無理なんて全然してませんよ。ぜーんぜん! いいですか、俺はもともと戦いの神なんです。だからこの程度のこと簡単なんだということをお願いだから理解してください。力持ちの神じゃなくて戦いの神ですからね!」


 こちらから奥さんの顔は見えないが、どうも気の毒な人を見る目で見られてるような感覚がしなくもない。



 店に帰り着き、荷物を置いた。すでに客が昼飯を食いに来ていた。昨日と同じ客がいたようで、


「昨日のお嬢ちゃんじゃないか? 酔っ払って倒れたから心配してたんだぞ? ここで働くことになったのか。そりゃあ通わないとなぁ」と声をかけられた。


 こっちとしてはあまり覚えてなくて、曖昧な笑顔で返さざるを得なかった。若い男の店員もここでまた会ったが、かなりこちらを警戒……どころか怯えているようだった。小心者め。だが、こういうやつこそ、俺の恐ろしさを伝えてくれる存在かもしれないと思い返し、仲良くしようと思った。いや、目的からするとむしろ仲良くしないで適度に恐れさせる方がよい、か?


 まだ俺は注文が取れるほどメニューを憶えていないし、接客も上手ではないし、まあ練習期間ということで、ほとんど料理運びと片付け専門である。時間でいうと三時前ぐらいには昼の営業時間は終了して、雇われの書生は帰っていった。彼はこれから勉強だろう……おそらく。

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