おしまい
町に戻りはしたがまだ日は昇っておらず、港に戻った時、見張りの者と目が合ったようだが、レナス様が手を振ると振り返してきた。のんきなやつだ。
着替えが最優先だったため、まずは我々の部屋に戻った。ティモスさんも自分の家に戻るため、私は本当に百回もお礼を言った。レナス様はそっけないような態度ではあったが、また会いに行くからと言っていた。
翌朝になり、一人で部屋を出て海を見ると洋上の船が消えていた。天気が良くて石が降ってこない日というのは久しぶりな気がする。レナス様は疲れていたのか気が抜けたのかわからないが、部屋でずっと眠っていた。私はいつも通り決められた警戒の仕事についた。
昨日喧嘩になった漁師の男と顔を合わせて、私はカヌーを使わせてもらってありがとう、と礼を言った。
「本当に使ったのか。で、どうだった? 途中で諦めて帰ったか?」
「いいえ、うまくいきました。レナス様を連れて帰りましたよ」
隣にいたまた別の男がヒューッ、と歓声を上げて話に割り込んできた。
「すごいじゃないか、それであの船が今日はいなくなったのか?」
「さあ、それはわかりませんが。でもそうですね、もう来ないといいんですが」
「それなら俺も船を貸した男としてヒーローになれるかな?」
私たちは大笑いしてずいぶん仲良くなった。
その後、パトラの軍艦が来ることはなかった。戦争の行く末だが、レナス様を奪うことができなかったために、開戦の大義名分だったこのアルゴスを得ることができないし、かといって他の国同士も今は戦争する余裕がなくて(パトラが意図してそのようなタイミングを作り出していたわけだが)、そうするともうこの戦争の意味も実質もなくなってしまった。
そんなわけでこのバカバカしい戦争の和平交渉を行うことになり、それはパトラがアルゴスに使者を送ることで始まった。ほとんど白紙和平で、パトラから見舞金という名の賠償金をいくらかアルゴスへ送ることにはなった。
ただ、往生際の悪さというのか、返礼の使者としてレナス様をパトラに来るようにしてほしいと頼んだようだ。神であり英雄である存在をこちらでも迎え、称えたいというのだ。領主としては戦争が終わるならレナス様なんてどうでもいいし、むしろ彼にとってはまったく縁のない存在だったから、安請け合いしてしまった。
その話はカヌアの休憩所で私たちが勝利の酒盃を重ねている時に、アルゴス政府の使者として持ちこまれた。レナス様や私、ティモスさんたち一家や、この店の常連の仲間や、ソーニャたち、みんなが聞く中で、いかにも堅物というような役人が淡々と話をした。
「これは、もしも断ったらまた戦争かな?」
とレナス様が、確認するように私に尋ねた。
「いや、パトラも和平を結びたいのは同じですから、これは最後のあがきみたいなもんでしょう。手に入れられたらいいなーって感じの」
と私は調べていた情報も合わせてそう答えを出した。これは間違いのないところだ。
「そっか……じゃあ、みんな、酒盛りの途中だけどいいかな?」
とレナス様がいうと、しょうがないなとかやっちまえとか、ヤンヤヤンヤとみんなが煽り立てた。
レナス様はその役人にニコリと笑顔を見せた。相手もその雰囲気がよくわからず、愛想笑いを返した。そうして、彼女がそいつをぶん殴り、店の外までまっすぐ吹っ飛んで、怪我一つない。
「じゃあ、俺はまた旅に出るよ。みんな元気で。また会おうな!」
と彼女はみんなに元気いっぱい大きく手を振った。彼女が上機嫌で、自然と、踊るように歩くので、当然のようにその旅に同行した私は追いつくだけで必死だった。
「ヘクトル、お前もいい加減どこかに落ち着いた方がいいんじゃないか?」
真面目に心配そうに彼女は私に言った。私はもうそれだけで十分嬉しいような気持ちで答えた。
「いいんですよ、レナス様一人じゃいつまで経っても神のイメージを書き換えられないでしょう。私が一緒なら、はるか未来で混同されてどうにかなるかもしれないじゃないですか。それを期待しましょうよ」
そう、これからまだまだどうなるかわからないのだ! と私は楽しげな未来を思い描いているのである。
本当に本当にありがとうございました。
一ヶ月……以上かかってしまいましたがどうにか終わりとさせていただきます。
穴も欠点も多かったけど、読んでくださってるのが嬉しかったです。




