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自神喪失  作者: こしょ
3
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戦いの響き

 朝っぱらから街路を走り汗だくになりながら叫ぶ男が一人。


「布告が来た。宣戦布告だ。戦争がやってきたぞ。戦争だ!」


 当然だが、彼は別にただ単にニュースを知らせるのが趣味な人というわけではではない。アルゴス政府が公に開戦を発表したということだろう。借りた部屋の窓からそれを見下ろして、私は振り返る。レナス様は早くも出る準備をしていた。


 これまで二日あって、その間に私も士官の端くれとして軍に混ざることになったが、お互いどう接していいかの戸惑いがなくもない。ほとんど客分待遇のようなもので気楽といえば気楽ではある。


 そもそもパトラ出身のものをどれだけ信じられるのかという話である。ただ同じように新しく兵士になる人たちで、主に漁師連中の中にレナス様のことを憶えているものがいて、その縁から信用をもらうことができた。


 志願と徴兵によってこの国の兵隊は集められるが、これが例えばパトラだと大半が傭兵になる。レナス様は完全に自由である。女が前線に出る制度は今のところない。


 レナス様の武器は、いったいどこで拾ったのか、今までずっと安物の剣の形をしてるだけのただの鉄の棒だったので、ここでもうちょっといいものを揃えた。最初は私が使っているくらいの大きさの剣がほしかったそうだが、さすがに力がいくらあってもサイズ差はいかんともしがたい。体に合った剣と短剣を装備し、嬉しげに笑う姿はちょっと怖かった。「今なら一人でもこの町を落とせるな」とウキウキしながら言われて「いや……全然冗談に聞こえないです……」と私は答えた。



 兵営に行くと誰もおらず、かと思って周りを見るとそれぞれ兵舎や周りの建物の屋根に登って海を見ている。私も、適当な建物に先にレナス様を持ち上げてから、引っ張り上げてもらい登った。


「おお……来てますねえー……」


 と私は場にそぐわないほどののんびりした声を出してしまった。眼下には絵のように美しい海の景色があって、その絵に浮かんでいる船が、四隻いるだろうか。数こそそうでもないが、大きさたるや、まさに城が動いているようなものである。アルゴスは漁業は盛んに行っているものの、海軍はいなかった。あれは金持ちだけが持てる軍だ。故にあれに見える船は間違いなくパトラが寄越した船だろう。


 私がのんきな声を出したせいで緊張していた周りの男連中が笑い声をあげた。


「さすがは名高いヘクトル殿、肝が太い」


「いやいや、そんなつもりはなかったんですよ、逆にびっくりしすぎて声の調節がうまくいかなくってつい」


 それは本音であって、内心冷や汗をかいた。だいたい名高いとかいいつつ、ほとんどの人が私のことなんか知らなかったくせに……。



 しかし敵の船はどうするつもりなのだろうか。陸軍が来ているという報告はない。こちらは海側にもともとあった防波堤を伸ばしたり、陸にも急ごしらえながら壁を築いている。船に乗っているのが何人いるか知らないが、さすがにこの町を落とすほどの数ではないだろう。こちらから攻撃するにも遠い距離でもある。


 などと思っていると、奇妙なものに気がついた。一隻だけだが、丸い穴の開いた筒状のものが設置してあるようなのだ。数は……よく見えないが六つだろうか。それらがこちらを向いている。


「あれはなんだ?」


 と周りでもガヤガヤ騒ぎ始める中、それが一斉に炎を吐き、激しい雷の落下音か、火山が噴火したかというような音を立てた。と思うと黒くて丸い塊が飛んできた。小さな球のようなそれが耳障りな飛翔音を出しながら放物線をえがいて近づいてくる。どんどん大きくなるように見えるのがそれこそのんきなほどに面白く感じた。


「飛べ! 飛び降りろ!」


 と女の声が叫んだ。私はとっさに屋根から飛び降り、動けなかったものはレナス様によって突き落とされた。ひどく重い音がして、私は感覚がいくつか麻痺したような気がした。さしあたって耳に何も聞こえないのと、立ち上がることができない。腰が抜けたのかもしれない。周りがホコリだらけで何も見えないし目が痛い。が、なんとか立ち直れそうだ。


「いてえ、足が! 足の骨が折れた!」


「落ち着け! 骨の一本や二本で暴れるんじゃない! 余計に悪くなるぞ!」


 そんな悲鳴も聞こえる中、とにかく俺の腰よがんばれ、とどうにか体に命令してその場所から距離を取ってみると、今までいた建物の屋根が潰れてしまっていることがわかった。


 船は当然洋上に浮かんだままであり、そこからの距離を考えても信じられないくらいでもあり、敵はそんなことができるのかと驚きでいっぱいだった。未だに立ち上がれないものや、隣の当たってもない建物から転がり落ちてしまったものもいた。


 レナス様が彼らを手早く治療してまわっていた。幸い即死者はいないようで、彼女にしてみれば即死でなければ完全に無事も同然であった。建物はさすがにそうはいかないが。


 被害は一つではなく、他の飛んできた石も町のあちこちに落ちたようで、その範囲はそれほど広くないが道に穴を開けたり民家を壊したりしているようであった。これが領主の館に落ちていたら一撃でこの戦争は終わっていたかもしれないが、さすがに高台までは届かないだろうか。だが、そうでなくてもこれをどんどんやられたとしたら。こちらからは何も手出しできない。何もできないということこそ一番恐ろしいことだ。


 そう思ったが、次はなかなか飛んでこなかった。レナス様はすでにこの近くにはおらず、あちこちの様子を見て回っているようだ。さすがと感心する他ない。私はわけもわからずただ周りのものと足並みをそろえ、海沿いの防衛線へと急いでいた。



 アルゴスの全軍はおよそ六千人であった。その総司令官であるレオ氏が下級指揮官以上の全員(300人はいただろうか)を集めた。彼は平均よりも小さい身長の割に通りの良い大きな声で我々に向け鼓舞するように言った。


「敵の兵器は、射石砲と言われるものだ。はじめこそ確かに我々に驚きを与えた。見事に兵舎が壊されてしまった。だが、その後はさほどでもない。三十分に一発が飛んでくるのみである。被害もまったく問題ない程度だ。ただ、市民の動揺は大きい。諸君らはそれに釣られてしまわないように、ことさらに落ち着いた姿を見せることだ」


 要するに過剰に敵を恐れるな。可能な限りいつもどおりに過ごせ。敵はまだすぐには攻めてこない。持久戦と思って耐え忍べ、与えられた仕事を果たせと。少なくとも攻めてこないというのは私も同感だった。


 先程、他の士官と一緒の昼食を取りながら聞いた情報によると、パトラの町の行動は強い反発もあって、内陸の方の都市はほとんどが敵対的ということだ。逆に海に面した商業色の強い都市はほとんどが味方している。制海権は敵が圧倒的だが、陸軍の強さではその逆である。


 それでも、あえて陸軍を動かしてパトラを攻撃するという都市はない。内陸部は逆に異種族と接する場所が多く、異種族からの備えのためにこそ陸軍はあった。人間側を攻めるための常備軍はさほど用意されていないのだ。人間同士が大規模な戦争をするというのはそれほど異例なことであったし、自分勝手となじられても仕方ないことなのである。



 私は緊張の中で皆と共に警戒を続けた。敵の砲が定期的に強烈な音を出す中で、我々は微動だにせずに直立し続けた。それが戦いだった。その姿を市民に見せることが。


 夜になって宿に戻った。今日は昼の間ずっとだったが、三日に一度は夜警につくことになる。レナス様はいなかった。彼女は敵の球が飛んでくる限り休むことがないかもしれないし、そうしようとする彼女を止めることは誰にも不可能であろう。


 射石砲は夜になっても大きな音を定期的に立て続けていた。被害はほとんどない。そもそも石を飛ばしてすらいないこともあったようだが、それがどうでもよくなるぐらい恐ろしいのがその音で、特に海に近い住人は恐怖でほとんど眠れなくなってしまった。そんな人たちや何より運悪く家を無くした住人のために、領主の館近くにあった政府の建物が開放されてそこに泊まる者もいた。


 そして私自身もベッドの中で眠れない時間を送っていた。レナス様は帰ってこない。おそらく今も怪我人が出たらその治療をして、戦う人々を励まして、そして不安で泣き出した子供がいればそれを慰めているのだろうと思った。なんと偉大で、それにひきかえ自分のなんと無力なことかと。


 とはいえ今度は寝るのが私の使命なのだ。戦いは何があるのかわからない。私も明日はまた砲弾と敵襲に備えなければならないのだから。怖いのは敵の弾ではなく、我々が恐怖で過敏になって戦えなくなることである。あえていうと、スパイがいてもおかしくない。どころか間違いなくいるだろう。

 考えてみると私自身がそれを疑われてもおかしくないのである。それを避けるには必死で戦う以外に道はないのかもしれない。そのような戦いがあればの話だが……。


 いつの間にか天気が雨になっていた。雨が静かに心地よい音を立て始めると、代わりになり続けていた砲撃の音が止んだ。後で聞いた話によれば、湿気があると使えないらしい。


 そしてそのおかげでレナス様が帰ってきた。「おかえりなさい」と私は起きて満面の笑みで迎えたが、彼女は歯牙にもかけず「早く寝なさい」と言ってさっさと隣のベッドで眠ってしまった。さすがに疲れていたのだろうが、その様子を見て私も安心して(これはいくらなんでも依存しすぎだと強く反省しなければならなかったのだが)眠ったのである。

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