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自神喪失  作者: こしょ
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目が覚めて

 どこかの布団の中で目を覚ました。起き上がると頭痛がして、つい、こめかみを押さえた。自分の能力の癒やしの力を使うと、痛みが原因から完全に消える。周りの様子を見ると、すでに夜のようだ。自分が今いるのは民家の狭い一室のようで、遠くから喧騒が聞こえてくる。立ち上がると自分が着替えているのに気がついた。あの半ば露出狂のような服ではなく、ごく一般的な庶民が着るようなシャツに動きやすいズボン。一応女物のようだが、色合いも地味でこっちの方が私はいい。というか元の服は考えれば考えるほどありえない。もし今度顕現する時はもう少しどうにかしてほしいところだが……。


 ともかく立ち上がって部屋を出た。暗くて、手探り状態になるが、いくつか他にも部屋があったのを無視してまっすぐ外を目指すと、どうやら裏口に出てしまったようだ。表にまわると見覚えのあるあの昼間の酒場で、これを察するに気を失った私はここの人にご厄介になってしまっていたということなんだろう。悪いことをした。反省しなくちゃいけない。が、さしあたっては人目を避け、こそこそ隠れながら私は改めて裏口から入り直した。おそらくはどこか店の内部に通じる道があるはずで、そこでここの従業員の人に挨拶ができればと思った。


 うまいこと調理場に出てくることができた。入り口から覗き込むと、中では中年の親父さんが一人忙しげに大鍋を振り上げている。一度に何人前もの料理を作っているのだろう。お客さんも十数人いるようだし……大変だろうな。声をかけづらいな……。


「おや、あんた、起きたのね!」


 迷っていると不意に後ろから声をかけられ、私はビクリと震えてしまった。今度は奥さんだろうか、少しふくよかな体型で元気がよく、声の大きい彼女も同じように忙しそうで空になった皿を両手にいっぱい抱えている。


「あんた、ぐっすり寝てたけど体の調子はもう大丈夫? ほら、水飲みな」


  と彼女が言いながらよどみない動きで水を汲んだコップを渡され私はありがたく受け取りゆっくりと飲んだ。彼女は話を続ける。


「私がちょうど買い出しから帰ったところであんたが倒れててねえ。まあそういうお客さんはたまにいるけど、仲間もいなくて女の子ひとりっていうのは初めて見たし放って置くのも気が引けたから、私が勝手に着替えさせてもらったし、布団に寝かせておいたけど」


「あ、あの……それは大変ご迷惑をおかけしました。介抱して頂いた上に、布団も着替えも……」


 料理をしていた親父さんがちらっとこちらを見たが何も言わなかった。


「まあまあ、それはいいんだけど、ただあんたお金持ってなかったね。というよりなんにも持ってなかったけど、いったいどうやってここの勘定をするつもりだったの?」


「えっ、ええ……そうなんです……ごめんなさい……」


 何も答えられず、謝ることしかできない。まったくどう言われても仕方のない暴挙であった。


「まっ、話は後で、もし元気ならそこで顔と手を洗って、この料理を運ぶの手伝ってちょうだい! 一緒についてきてくれればいいから!」


 こんなたくさんの皿を私は持ったことがない。けど幸い腕力はあるから、大きいのを両手で二皿持って、恐る恐る奥さんについていった。店内は大きな笑い声がしてちょっと逃げ腰になってしまう。ほぼ男性だが、女性もちらほらいる。みんな楽しそうだな……楽しそうなのはいいことだ。私も嬉しくなる。


「おっ、なんだ、その美人さんは。新しい店員さんかい?」


 と常連っぽい中年の男性が声をはずませる。


「そうだよ。手を出すんじゃないよ」


 と奥さんも朗らかに笑った。えっ、私は店員なのか?と驚いた。おばさんの後に続き、慎重に料理を置くと、ずいぶん緊張してるじゃないか、と笑われてしまった。初々しくてかわいいじゃない、と酔いすぎて笑顔の止まらなくなっている女性客に言われて、そんなこと……と照れてしまった。我ながらいったい何をしてるんだろう?


 料理場に戻ると、大量の汚れた皿があって、今度はこれを洗っているようにと言われた。こっちの方が楽かも……と思える。汚れを綺麗にするなんて得意中の得意というか自分の神様としての不思議パワーで一瞬で片がつく。手をかざし、光が一瞬眩しく差し、それで終わった。


「あら、もう終わったの? すごい……ピカピカじゃないか……」奥さんは驚いて積んだ皿を横から覗き込んだりいくつか持ち上げてひっくり返したりしていたものの、すぐに次の仕事を思い出して私に指示する。「あっ、またお皿を持っていってね、今度はあの真ん中の机だよ!」


 そのように仕事を繰り返し、しばらくすると忙しさも落ち着いて、ようやくちょっと腰を下ろすことができた。ずっと料理をしていたご主人も一息ついて私の隣にわざわざ椅子を運んできて座った。


「嬢ちゃん、疲れたか?」


「は、はい。慣れないことでしたから」


 なんとなくはにかみながら答える。


「昼間はずいぶん豪傑だったが、今はずいぶん……別人みたいにおとなしいな」


 とボソボソと喋って彼は薄く笑った。その言葉は皮肉などではなく、どことなく人の良さを感じさせるようだった。


「え、ええ……おはずかしいことでご迷惑をおかけしました……見てらっしゃったんですね」


「そりゃあ奥にいたから、騒いでるのが心配になって、見てたよ」


 まあ、そうでしょうとも。そして別人のようというのもまったくその通りだ。入れ替わったというのがわかりやすい言い方ではある。私に備わってしまった二面性が人格に現れたため、同一人物ではあるし記憶も体も共有しているが、性格がちょっと変わるがどちらも自分である。はて、しかし、いったい本当の自分というのは何者なのだろうか……。


「あー、いてて」とご主人が腰を押さえる。あれだけの仕事を一人でずっとやっていたら大変だろうと思う。私はそっと彼の背に手を当ててさすった。


「ん、んっ? 痛みがなくなった……」


「相当お疲れみたいだったから、癒やしましたよ。私、神ですから、そのぐらいちょちょいのちょいです」


「ははは……ありがとう」


 おそらく信じてもらえてないし、マッサージが上手なのかと思われてでもいるかもしれない。それでもいい。その後、店は無事閉店時間を迎え、眠りこけてしまった一人客を、奥さんが起こして無理矢理に帰らせた。足元を見るとかなりふらついてて不安だったが、家が近くでもありいつものことのようだ。



 改めて店内の机に私たち三人が集まる。ご主人はもうかなり眠たそうにしているが、奥さんは真面目な顔をして口を開いた。


「それで、あなたはどこから来たんだね? この辺の子じゃないね。お客さんにも知ってる人もいなかったし。お金も持ってない……勝手にあの変わったドレスを着替えさせてもらったけど……あれは安物じゃないね……見たこともない手触りだった」


「あのドレスは確かによくあるようなものじゃないですけど、別に高価なものじゃありません。探せばどこかに同じ生地があると思います。いや、ないかもしれないけど、とにかく特別な能力はないものです。私は、皆さんご存知かと思いますけど、レナスです。女神として崇めて頂いてるあのレナス、そのものです。ああ、そのものとはちょっと違いますね……本体は空の上にありますから……」


 しばし沈黙があった……頭がおかしいと思われても無理はないのだろうか……。


「いい子だよこの子は」とご主人がかばうように言ってくれた。「なんだかわからないが、背中をさすってもらったらすごく体が楽になったんだ。今日は久しぶりにぐっすり眠るかもしれないなあ」


「お前さんはすぐにそうやって、根拠もないことを言う」と奥さんが舌打ちする。「それで、レナスちゃん、でいいのかね? 女神様と同じ名前なんてなんだか妙な感じだけど(あくまで信じてもらっていないのである)。あんたは……その……ご家族とかはどうされてるんだい?」


「家族ですか。家族はずっと昔にみんな死にました。あまり、昔のことは憶えていません」


 もちろんこれは事実だが、おそらくは昔という数字が想像されているのと3桁ぐらい違うだろう。


「そう……」彼女はちょっと暗い表情になったが、改めて顔を上げる。「私が不思議なのは、昼間のことさ。あれだけ暴れたとかって、お客さんのひとりなんかずいぶんおびえちまってたさ。あれはいったいどういうことなの? 酒乱なのかね?」


「あれは、そのぉ……私のもう一つの性格がやったことでして……二重人格のようなものといえばわかっていただけるでしょうか……」


「二重人格! そんなことが本当にあるのかしら……信じられないねえ……それに、もしそうだとしたらまた暴れだすこともあるってことじゃないの?」


「それは、少なくとも無軌道に暴れることはないと思いますから。ちょっとその……あっちは文化が違うものでして……乱暴な時代に生きていたもので……だけど、決して悪人というわけじゃないんです。こっちに来たばかりでついはしゃいじゃっただけで、ちゃんとわかれば余計なことはしませんので……」


 本当にすみませんでした。といって私は頭を下げた。自分がやったことだ、仕方がない。


「それと……」とそのまま話を続ける。「お代金のことなんですが……お金を今持っていないんですが、きっと用意しますから待っていてもらえないでしょうか」


「ああ、そのことなんだけど……」奥さんが一瞬言いよどむ。


「もともと大した額じゃないし、結局みんなで分けて食べたから損害は全然出てないよ」


 とご主人が口を挟んだ。それに頷いた奥さんがさらに話を続ける。


「まあ、今日働いてくれたし、その分が迷惑料ということで、もうチャラにしてもいいんだけど。あんた、もし行くとこがなかったら、ここを手伝ってくれない? 昼間は手伝ってくれる書生さんがいるんだけど、ああ、あなたも会ったでしょ、その子は夜いないからね。正直人手が足りないのよ……娘がいるんだけど……今、病気でふせっているから……」


「それは大変ですね……わかりました。この運命の導きに従います。ぜひお手伝いさせてください」


 私の返事を聞いて、良かったわー、と奥さんが喜んでくれた。こちらもとても良い人なのだ。


「それにしても、あんたは不思議な子だ。わからないことだらけなのに、なんだか信じたくなってくるんだよ。まるで絵に描かれたような美人だし、体のどこにも傷がないし。よくもここまで何事もなく生きてこれたものだね」


「それはまあ、生まれたばかりですから……」


「お貴族様なのかもしれないけど、そのわけのわからないことを言うのだけがどうにかなればどこのお坊ちゃんにだって紹介できるだろうにねえ」


 そんな話をしている間にいつのまにかご主人は寝息を立てていた。


「まったくこの人は話をしててもどこでも寝るんだから」


 ともはや諦めたように言って、奥さんが彼をどうにか起こして、寝室まで助けながら歩かせ始めた。私も慌てて立ち上がりもう片方の肩を支えながら一緒に運んでいった。


 その後、奥さんが残り物でまかない料理のようなものを簡単に作ってくれたが、これもとてもおいしかった。多分、材料もいいんだと思う。この町の規模は小さいが、海に面し、川もあるし、地面を掘れば井戸が湧く。という具合で水が豊富なおかげでこの店の裏手に小さな菜園があるくらいだし、酒もおいしい。


 ちなみに、この酒場は名前を『カノアの休憩所』、というそうだ。昔ご主人も川を下ってこの町に住み着いたという話が、あるとかないとか。

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