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自神喪失  作者: こしょ
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顕現

 今、自分は神でありながら人間として顕現する。それはいいんだが、私は女じゃないのにこの身体は女だ。ここが選べないのが非常に非常に困っている。


 私は数千年前に人間として生まれ、八面六臂の活躍をした。どのくらいかっていうと、英雄を超え、神話になるほどだ。当時は人間っていうのは弱いのが当然で、他の種族に追いやられて、まあ毛の生えてない猿みたいなものだった。その状態を突然変異の如く現れた私が自らの武力でもって切り開いて、初めて人間のための国を作るに至った。人間の歴史はすべてそこから始まった。


 もともとこの世界の生き物には協調性というものがなく、常に争ったり、争ってないかと思えば雑多に集まってひとつのどこかが強いということはない。そういう中にあって、最も弱いひとつの種族をひとつにまとめたというだけでも私の特異性というか功績は大なのである……。


 いや、それも今話したいことの重要な部分ではなく、ただどういうわけだかそれらの活躍によって私は死後神になった。人間たちが私を崇めた、その行為こそが私を神に持ち上げる要因になってしまった……ということのようだ。


 神界には主神と呼ばれる絶対的存在がいて、その周りに幾人もの小さな神がいる。この世界は主神が作り、現在も秩序の源はその存在であるが、いったいどんな姿をしているのか、神ですら誰も知ることはないし、現世にも伝わっていないため、今小さな神が行ったとされ、神話になっているものはほとんど主神の力である。それはすなわち天地創造とか、生命を誕生させたとか、そういう話だ。現在なぜか私も神話になってはいるが、これは所詮、実際には誇張を除けば人間にできる程度のこと、要は奇蹟ではないのだ(念のためにいうともちろん普通の人間には到底できないことだが)。


 小さな神はそれぞれめったに会うことはない。彼らは生み出された概念とか、法則のようなもので、人格はほとんどない。必要に応じて主神から分け与えられた、力の一部、それが小さな神そのものといってもいいかもしれない。かくいう私も、私の存在意義は、実際に私が作り出した人間集団のための守り神として人類を見守り道をぼんやりと指し示してやるというだけであってそこに私の意思はない。そうあるものをそうしているだけのこと。


 ただ、私は元人間であるということがちょっと他と違うのだ。と思う。多分。他の連中がどうやって生まれたものなのか実際知らないが、少なくとも私には意思がある。人間を導きたいという意思が。人間を見守りながらも、やきもきしたり悲しんだり喜んだりする心が実はあるのだ。そして最近になって不満があってどうしても我慢できないことがあった。私は女神じゃねえよってことだ。


 なぜだ! なぜ女ということになってるんだ。あれだけ男らしかったろうが! 同時代のやつらはなぜきちんと史料を残さなかった! ほっといたらどんどん美化されるし、どんどん何か愛の化身みたいになっていってるじゃないか。私はすでに人々の精神によって立つ存在であり、はっきりと形がないせいで、人々のイメージにつられて姿も変わってしまうし、私という本質にも影響が入ってきかねない。本質? 本質とはなんだ? 神にだってわからないことぐらいある……わからないことだらけだ。



 とにかく私は、いや俺は小さな町に顕現することにした。今、俺が持つ現世での能力は……人間として生きていた時に持っていたそのままの圧倒的な戦闘能力と、女神として備わった、まあ、主に癒やし系の不思議パワーなんだが、これじゃお互い真逆の力じゃないか……それも、後者の方が圧倒的に強いのだ。


 あともうひとつ、あんまり使いたくない能力……とすら言えないようなものだが、俺の本体はあくまでも神界にあるわけで、この体は……自分の分身というか……自意識という完全に余計な部分をちぎったようなもので、なおかつ、これはいくらでもちぎることができる。要するに何回死んでも生き返ることができるのだが、これは実際にどうでもいい。飽きたら帰り、気が向いたら来る、という程度のものでしかない。何しろ自分は一回しか死んだことがないから、殺されるなんてありえないことだな。それより人間どもの集団的イメージの方が俺の本体にはダメージが大きい。


 しかしそもそも俺以外の一般的な小さな神(という言い方もおかしいようだが)という存在からしてみれば、忘れ去られるのが最も困ることで、むしろどんなに変節しようが変貌してしまおうが、それで信仰が増えるなら良いことですらあるはずだ。気にしてるのは俺だけみたいなんだ。まあ人間性を持った神なんてほとんどいないはずだから、自分が多少変わってるのはしょうがない、はずだ。



 真っ昼間なせいで人もまばらな町を歩き回ってみる。おそらく住人はそれぞれ漁をしたり町の外周にある畑で働いている。たまに、商人に雇われているのだろうが、大きな箱等を持って走り回っているものもいるし、荷物をいっぱいに積んだロバも発見した。そして彼らを見ているのと同様に彼らもこちらを見ている。


 当然というか幸いというべきか、顕現した瞬間からすでに服は着てはいるのだが、なんていうか……過剰にひらひらしたドレスのような格好で、しかも、なぜか露出度が高い。理由はわかっていて、愚かな人間が空想上の女神に対する性欲をやたらとぶつけるからこうなってしまう。絵画になったり彫像にされたりするのは数知れずである。腹が立つことだが、俺は客観的に……あくまで客観的に見てだが、外見はかわいいのだ。ものすごく。だが、バカめ、お前らが的にしてる相手は男だ。それも男の中の男だ(自称)。ただ固定したイメージがないせいかなんとなく美人すぎるというか、欠点のない平均的な、体格も含めて均整の取れた、人形のような、という形容がピッタリのようになっている。ところがそれがまた中の人のせいで、とにかく黙ってさえいれば美人なのに何か表情はちぐはぐな印象を受ける。


 変な話にはなったが、とにかくそういう完璧美人が美しい黒髪をなびかせて歩いていると、人々から視線を集めてしまうが、俺はいちいち睨み返す。そうすると連中は目をそらしてしまう。うーん、昔はこうじゃなかったような気がする。目があえばすぐに喧嘩沙汰って感じだったような気がする。それとも喧嘩を売ってたのは自分だったっけ……? いや、そもそも女に喧嘩を売るようなことはしなかった気もするし、かといって昔の女というのは今と違って体格も男に負けず性質も凶暴だった。取っ組み合いで屈服させていうことをきかすのが半ば当たり前で、とにかくすべてが今の文明社会とは違ったから。


 言い忘れていたが、レナスというのが俺の名なんだが、今では女神の名前として定着してしまった。昔は別に女神につけるような名ではなかったんだ……。


 俺はただ歩いてたわけじゃない。酒場を発見した。いいぞ、これはいい。久しぶりに酒を飲もう。ついでに、昼間っから酔っ払ってるクズどもがいるだろうから、それをぶちのめして頂いた金を酒代に当てるとしよう。


 バンッ!とドアを蹴り開けて、つかつかと店内へ進み、こっちによって来た店員に「酒だ」と俺は言う。くそ、発声して初めて自分の声が予想以上に高いことに気がつくし、カウンターの椅子もこの体には高すぎるせいで座るのにジャンプしないといけない。


「お、お客さん、酒はなんの酒にします?」


 俺の奇行を見てかなり緊張した様子で、メモとペンを持ちながら彼は聞いてくる。


「なんの酒? 麦でもぶどうでもなんでもいいだろ。銘柄なんか知らん。高いのでいい。あと肉ももらおうか」


 若い男の店員が慌てて奥に引っ込み注文を伝えた。他の客どもの好奇の視線が俺に向かう。俺は余裕ぶって周囲を睥睨した。


「お嬢ちゃん、いくつだい? もう酔っ払ってんのか? こんなところに一人で来ちゃあ危ないぜ」


「お前、よく俺に声をかける勇気があったな。お前が第一号だ。褒美はないが痛めつけてから酒代を頂いてやるよ」


「いやいや、そりゃどういうことだよ。女の子がそんなこと言っちゃいけないよ。見たところいいとこのお嬢様じゃないのか。どうしてこんなところに一人で。嫁入り前に思い出でも作ろうっていうのか?」


 子供もいそうな年齢のガッチリした体格の男だが、そいつに言われた女の子とかいう言葉で俺は頭を抱えてしまった。


(もう、やめろやめろ、そのイメージをぶっ壊すために俺は来たんだ)


 俺は怒ったふうで立ち上がり、そいつの胸ぐらをつかみ持ち上げた。つもりだったが、身長が違いすぎて持ち上がらなかった。


「ちょっと待て……」


 と言って、俺は服をつかんだまま悠長に椅子に登り、改めて持ち上げた。


「な……なんだ……この力は!」


 俺のその奇っ怪な動作をおとなしく(半ば呆れて)待ってた義理堅い男が青ざめる。俺はニッと笑った。


「酔っ払い共、お前たちにはわからないか。俺はお前たちの神、レナスだ。レナス様本人だ。崇め奉れ。今からてめえらをボッコボコにするが、そういうのが俺の本性だ。俺は男で戦いの神なんだよ。というのをよく記憶して周りに伝えろ」


 しかしどうにも反応が鈍い。酔っ払いだからだろうか。と思って周りを見回すが、半分くらい埋まった席は実際のところあんまり酒を飲んでる人はいなくて、どうやら飯を食いに来てるようだ。まあ、まだ昼だからな……じゃあなんで騒がないんだ、やっぱりこの外見が悪いのか? それとも場の雰囲気に酔ってるのか? と考えている間も、持ち上げたままの男が必死に足をばたつかせている。


「お嬢ちゃん、注文が来たよ」


 とその中では珍しくのんきに酔っ払ってたハゲ親父が指さした。俺が振り向くと店員がビールグラスとソーセージを持って立ち尽くしている。今の様子にビビってしまってるのかなにか言わないといけないとでも思っているのか。しかしそのどちらもせずに立っているだけだ。


「ああ、悪いな。そこに置いといてくれ」


 と顎で示すと同時に腹が鳴った。その音を聞いて、店が爆笑に包まれた。ああかっこ悪いと自分でも感じたが、逆にこんな芸当が品のいい娘っ子にできるか?となぜか誇らしくも思った。


「お、お嬢ちゃん……後生だからおろして……くれ」


 と一人だけ空中なんかにいて苦しげにしている男が息も絶え絶えにそう言う。こいつのことがめんどくさくなってきて、なんかもう消し去りたい気分になったが、とにかくその場に投げ捨てるように、ところが実はそっと置いた。


「ゴホッ、なんて馬鹿力なんだ……!」


「いやいや、お前が弱いよ、なんだあんな女の子なんかに」


 と持ち上げられてた男を冷やかすように周囲がからかう。


「いやいや、物理的におかしいから! 普通あんな持ち上がるわけないだろ! 冗談じゃないって!」


 こいつらあの宙吊りを冗談か手品とでも思っているのか……?


「お前たち、見た目で判断するな」と俺は可能な限り冷たく釘を刺すように言った。「俺は……その……女のように見えてるかもしれないが、実際はそうじゃないんだ」


 大きなグラスをぐびっと飲んだ。うまい。なんだこれは。俺の時代の酒とは全然違う。


「へーえ、じゃあ、本当は男だってえのか?」


「そーだよ。ああなんだこれうまい。このソーセージもうまいなぁ」


 といった途端、頭が極端に重くなってテーブルにふせって、そのまま意識が遠くなるのを感じた。なんということだ。酒の回りが異常だ。昔の感覚と体が違うせいか……酒が違うせいか……。


「なんなんだよこのお嬢ちゃんは」


 と最後にそんな呆れたような声が聞こえた。ちくしょう……俺は……。


「俺は男だぁ!」


 と最後の力で顔を上げ叫んで、今度こそがたんと倒れた。

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